第66話 作戦会議

 翌日、組合の一室。

 大きな机の上に地図が広げられていた。探索でジョニーが描いた地図を大きく描き写した物である。町や草原、黒焦げ原に死者の洞。それぞれの位置や距離が事細かに記されている、亡者たちを迎え撃つ作戦を立てるには十分な地形情報である。


 机を四人が囲んでいる。

 冒険者代表のバルガス、死者の洞を良く知るアルベル、アーベン最上級の戦力の一人であるジョニー、そして。


「アーベンは籠城に向かない、草原で迎え撃つ。相手、どれくらいいる?」


 椅子の上に立っているリベルは真剣な表情で地図を見下ろしながら言った。

 彼女こそは騎士団長、いや、本人曰く騎士団長。三角戦争の後に就任し、それから二年間ありとあらゆる事を先達に叩き込まれた。その中には戦略戦術もある、こうして状況の把握と作戦立案も彼女の得手の一つである。


「正確には分からないね。最も数が少ない聖殿で三千人以上が戦死していて、うち一割弱が見つかっていない。その全てが冥府に呑まれたとは思えないとしても、百くらいは十分あり得る人数だと思う」


 顎に手を当ててアルベルは考える。当時の聖殿の総戦力は一万弱、その三分の一が死亡するという地獄のような状況だったのだ。序列上位者も入団したての若者も区別なく戦場に散ったのである。


「帝国と同盟の死者数は……どうなんですかね。公表なんてされてないですが」

「うーん。聖殿領内では確実に二万は死んでる、これは間違いない」

「んん?公表されてねぇのに、なんでそこだけ断言できるんだ?」


 首を傾げるバルガス、そんな彼に対してリベルが手を上げた。


「私がやった」

「は?」

「沢山一杯殺した。帝国一万、同盟一万」


 特に何の感情も無く、少女は言う。あまりにも平然としているために信じられないと思いつつも目の前にいる自身の半分の歳の子が、かの聖殿の騎士団長だったという事を思い出した。一騎当、万夫不当、信じられない逸話を吟遊詩人に謳われる人物なのだ。


「……ジョニーが騎士だってのは前から知ってたが、チビすけが騎士団長とは未だに信じられねぇなぁ。いやまあ、有りえねぇ位にクソ強いのは仕合ったから知ってるが」

「違う。騎士団長」

「騎士団から除名はしてないから今でも騎士団長だよ~」

「名前、抜いておいて」

い~や

「ぶぅ」


 アル爺に笑顔で躱されてリベルは鳴いた。

 危急の状況にあって気の抜けたやり取りにジョニーは溜め息を吐く。


「話を戻そう。聖殿領で二万、帝国と王国同盟の衝突で同数が戦死と仮定する。聖殿の割合から考えて、おおよそ三十分の一が呑まれているとすると……全体で千五百くらい?」

「とりあえず二千と考えておけば良いかなぁ。でも帝国と同盟にとっての主戦線だった地での戦死者はもっと多いかも。二国の考えでは本来、聖殿は通り道ついでに始末する相手だったからね」

「どっちにせよ、アーベンの戦力じゃぁ絶望的だな。なり立ての冒険者まで引っ張り出しても百五十に届くかどうか、衛兵も三百程度だ」


 元よりアーベンは王国北端の小規模な町である、バルガスは肩をすくめた。この状況で衛兵を動かす権限を持つ執政官が不在、つまりは衛兵たちが町から出撃する事は不可能。この地は貴族が治める地ではなく直轄領である、そんな町で勝手な事は出来ないのだ。


「援軍は期待できない、なら別の手を考えれば良い」


 三者の話を聞きながらも、リベルは地図をジッと見ながら思考を加速させる。彼我の戦力差は圧倒的、真正面からの衝突は現実的ではない。


「先生、大魔法で敵をフッ飛ばすのは?」

「亡者は先の戦争の死者、つまり相手にも優れた魔導士は存在するんだ。僕やリベル君の魔法でも止められる可能性は十分にある」

「あの戦い、おっきな魔法は上手くいかなかった」


 リベルは過去の経験を以ってアルベルの想定を肯定する。一人で一軍を相手に戦った彼女だ、これ程に間違いのない言葉も無いだろう。


「じゃあ、どうすんだ?」


 先手を打って大魔法で数を減らすのは不可能。迎え撃つには数の差が大きく、町に籠ってもダメ、逃げるには時間が無さすぎる。どれも選べないではないかとバルガスは腕を組む。


 しかしリベルは地図の一か所を指さした。


「ここ」


 彼女が着目したのは南から北へと流れる川。アーベンから黒焦げ原に一直線に向かえるようにジョニー達が協力して頑丈な橋を架けた場所である。


「川を防衛線にする。周りの木を使って壁を作れば、時間は無いけど簡単な陣にはなる」

「なるほど、川を堀と考えれば守りは易いか。それにヒヨッコ共も壁があれば多少は落ち着いて戦えるだろうな」


 相手は立派な鎧に身を包んだ精鋭の将兵、しかし戦いによる致命傷そのままに向かってくる亡者だ。真っ向から対峙するのは若い冒険者には荷が重い。身を隠せる何かがあれば気休め程度でも安心出来るだろう。そして戦いは攻めよりも守りが易い、足りない戦力を僅かながら補う一手にはなり得るはずだ。


「でもそれだけじゃ足りない」


 リベルはスッと指を動かす。次に指したのは黒焦げ原だ。


「ここで一度迎え撃つ。私やジョニー、アル爺にヒゲ。あとミケーネくらいの強さの冒険者で」

「んん?なんでまた」

「一度足止めすれば相手はそこに集中する。その後に退けば追いかけてくる。何処か別の場所へ逸れない」

「陣を奇襲される可能性を無くすわけか、よく考えてるな」

「それだけじゃない」


 ヒゲの賛辞に対して少女は首を横に振った。


「押してると考えれば油断して前に出る、普通なら。死霊術師の魔力に上限が無くて、魔法が何処までも届くなら別だけど」

「死者の洞、黒焦げ原、川……」


 顎に手を当ててアルベルは三点の距離を考える。


「うん、そうだね。川まで亡者を進めようとすると死者の洞からじゃ流石に魔法は届かないだろう、如何に冥府から現れた術師といえども魔力に限界はあるから」

「なら大丈夫そう」


 リベルは一つ頷いた。


「黒焦げ原で少し耐えて亡者を受け止める。ある程度の数を堰き止めたら川まで下がる。亡者の数が多ければ魔力は沢山必要だから、死霊術師も死者の洞から前に出る必要がある」


 ゆっくりスーッと指を黒焦げ原から川まで動かす。


「ふむ、見通しの悪い草原の中から、何も無い黒焦げ原まで引っ張り出すのか」

「そう。で、奇襲する」


 ジョニーの確認に対して少女は同意する。彼女はトンと黒焦げ原を指で突いた。


「奇襲ったって、どうやって?」

「こっちから」


 首を傾げるバルガスにリベルは別の個所に指を向ける。そこは橋を作る前に使っていた、大きく南へと迂回する道だ。川の中に岩が顔を出しており、それを伝う事でそれほど無理なく川を越えられるのである。


「奇襲は俺とリベルと先生、ってトコか」

「うん、それが一番良いと思う。死霊術師は自分を守るために強力な亡者を身近に置いているはずだから」


 アルベルの言葉にジョニーの眉がピクリと動く。

 もしかしたら居るかもしれないのだ、彼女が。


「……」


 そんな彼の微細な動きに気付きつつも触れる事は無く、リベルはバルガスに目を向ける。


「じゃあ、ヒゲは冒険者を連れて川で大工仕事。あと、アル爺の手伝いも」

「分かった。一先ず、既に戦う事を決めてる奴らを連れて行く。説得が済んだ奴に荷物を持たせれば、無駄に町と川を往復する必要も無いだろう」


 顎に手を当てて少し考えて彼は頷いた。


「クライヴ君が組合から直接依頼を出してくれた事もあって、薬士たちは既に全力で薬作りを始めてくれている。冒険者たちにそうしたように高額報酬を提示していたけれど、それよりも若き薬士の少女の説得が効果的だったみたいだね」

「流石、リーシャだな」


 報酬だけで動くほど人の考えは単純ではない、不可解な依頼に難色を示した人物をリーシャが説得した事で状況の深刻さが広まったのだ。己の知恵と自然の力を使って人を助けるのが薬士の役目、一度動いてしまえば誰もが全力を発揮し始めた。それはリーシャ本人も同じで昨日から不眠不休で調合を行っている。


「ミケーネとロイには俺から話を伝えておく」

「ん、任せる。私とアル爺はすぐに黒焦げ原に行く……あ、秘策の準備は?」

「大丈夫、昨日のうちに全部用意したよ。けど、ちょっと多いからね。リベル君に荷運びをお願いしたい」

「任せて」


 リベルは自身の小さな胸をトンと叩く、これほど頼もしい胸も無いだろう。


「じゃあ」


 元騎士団長が拳を前に突き出した。

 ジョニー達はそれに自分の拳をコツンと合わせる。


「作戦開始」


 その言葉を受けて、それぞれの役目を果たすために彼らは動き始めた。

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