第14話 稽古

 ゴッと如何にも痛々しい音が訓練場に響く。木剣が人間の頭を打ち据えた音だ。


「がぁ……ッ」


 頭頂部に一撃を貰ったロイは、打たれた箇所を押さえてその場に蹲る。


「戦闘の最中に痛がるのは命取りだぞ」

「げふッ!」


 鋭い蹴りが放たれ、爪先がロイの胸に突き刺さった。威力によって少しだけ浮き上がった少年は、痛みに呻くどころか呼吸が出来なくなって倒れ込んだ。


「はぁ。お前、マジで弱いな。正確に言うなら戦う覚悟が無い」


 ゲホゲホとくロイを見下ろして、木剣で自身の肩をトントンと軽く叩きながらジョニーは呆れた様子で言う。


「わ、分がって、まず……ッ。オレは、弱い……ッス」


 痛みに耐えながら、少年は木剣を杖にして立ち上がった。


「ふむ」


 その様を見て、師となった男はほんの少しだけ感心する。剣で打ち据えられ、蹴られ殴られしても、ロイは得物を手放さなかったのだ。口だけではなく、一応は覚悟が本物であったという証拠である。


「よし、それじゃあ」

「はい、続きを―――」

「休憩にするか」

「あれっ?」


 ヤル気を見せていた少年は、ジョニーの予想外の言葉に木剣を落とした。


「ま、まだやれますッ!」

「お前は馬鹿か。さっきから打ち込みが軽すぎる、もう握力無くなってるだろ。無理をすれば良いってモンじゃ無ぇ、何事も適度を見極めるのが重要だ」


 ドスンと長椅子に腰掛け、ジョニーは腕を組んで言う。その言葉を受けて、ロイはその場にへたり込んだ。師匠の言葉通り、彼はもう限界寸前だったのだ。


「さてと、もう昼だ。メシにするか」

「な、何も食えない自信ありまス……」

「そうか。せっかく奢ってやろうと思ったが止めにしよう」

「もう大丈夫ッス!さあ昼飯行きましょう!」

「現金なヤツめ」


 奢りと聞いた瞬間、ロイは勢いよく立ち上がる。限界とはなんだったのか。素早い動作で木剣を片付けて自身の事を急かすロイに、やれやれと肩をすくめながらジョニーは笑ったのだった。






 森の中。

 稽古の次は実践訓練である。


「てやっ!」


 振った剣が空を切った。


「たぁっ!」


 薙いだ刃が無を捉えた。


「でりゃぁっ!」


 振り下ろした煌めきが敵のいない場所を通り過ぎる。


 ロイは魔物相手に奮戦していた。


「どうしたー、カスリもしてねえぞー」

「は、はいっ、ひぃっ!」


 少年は返事をしつつ、飛び掛かってきた敵を何とか躱す。

 ロイが立ち向かっているのは、昨日リーシャが虐殺していた大鼠たち。人間の生活圏に近い所に多く生息する魔物である。戦闘能力を有する冒険者はおろか、作物を荒らされた農家がくわで殴り倒せるような相手だ。


 しかし彼にとっては攻撃が当たらない程に素早くて、飛び掛かってこれられると怖い相手である。毒を持っている訳でも、噛みつかれたら一撃で腕を持っていかれるわけでもない。だがそれはそれとして、殺しにくる相手と対峙すれば恐怖を覚えるのだ。


「わっ、ひっ」


 襲い来る鼠の攻撃をロイはギリギリのところで躱す。剣を盾にして飛び掛かってきた敵を受け止め、体格差でどうにか弾き返した。一撃を貰う事は無いが彼の側から必殺の攻撃を当てる事も無い。


 つまりは森の中で鼠三匹とただ踊っているだけである。


 見かねたジョニーは、手を出す事はせずに口を出した。


「大振りは止めろ、細かく剣を振れ。斬る突くを考えずに、鼠に剣を触れさせるように考えて動け」

「は、はいっ!」


 彼の助言を受けたロイは、それまでの動きを変える。だが言われてすぐにへっぴり腰が治るわけではない、剣をブンブン振り回さなくなっただけだ。


 彼の首を目掛けて、鼠が飛び掛かってくる。


(斬らずに触れるだけ、触れるだけ)


 先程までは大振りして空振り、その勢いで体勢を崩して結果として鼠を躱していた。今度はそうならないように我慢し、スッと横へ身体を動かして回避する。


「今だっ」


 噛みつきが失敗して通り過ぎようとする鼠の身に、ロイは刃を当てる事に成功した。斬るも突くもしていない、切っ先で触れただけだ。しかしそれだけで、鼠はヂッと小さく悲鳴を上げる。


 鉄の長剣によって、鼠の体の側面に赤い線が引かれた。


 そもそもが鉄の剣は頑丈で鋭利な物、人間でも不用意に触れたら怪我をする。つまりは接触だけでも柔らかい物ならば傷を負わせる事は出来るのだ。ロイが戦っている鼠であれば、飛び掛かり動き回る瞬間に刃が触れてさえいれば勝手にダメージを与えられるのである。


「や、やったっ、これならっ」


 こうすればいい、という例を学んだロイはそれを反復する。自身の周囲を旋回するように動く敵に、飛び掛かって来る鼠に。しっかりとその動きを確認して刃を触れさせる。一撃で致命傷を与える事は出来ないが、確実に相手を弱らせる事に成功していた。


 繰り返し繰り返し攻撃とも言えない動きを取り、三匹の鼠の体に幾つもの薄い赤線が生じた頃。ヂヂッと一匹が強めに鳴いた。


「くるっ!?」


 攻撃を警戒して、ロイは身構える。


 が。


「あ、あれ……?」


 鼠たちは一目散に逃走した。ロイは呆気に取られて、剣を構えたまま目を瞬かせる。


「上手くいったな」

「え、でも、倒せてない……」

「そもそも戦闘の経験が少ないお前が、そう簡単にれるワケ無ぇだろが。」

「え、えぇ~……」


 ジョニーから無慈悲な言葉を掛けられ、ロイは構えていた剣を力なく下ろす。紛れもない事実ではあるがもっと優しい言い方をしてほしい、少年は泣きそうになりながら心の底からそう思った。


「んじゃ、次だ」

「は、はい!何と戦えば?」

「馬鹿か、鼠如きに苦戦する奴が他の魔物と戦えるワケがないだろ。野営の準備だよ、野営の。どうせ経験少ないだろ、お前」

「んぐッ。いや、まあ、その通り……ッス」


 完全に見透かされて、ロイは閉口する。

 ジョニーの言う通り、彼は今まで日帰り冒険しかしてこなかった。そもそもどうやって野営をすれば良いのか分からず、それを聞く相手もいなかったのだ。場所の選定も準備する物も何一つ知らないロイは持ち前の臆病さもあって、野営をしなくて済むようにする、という選択をしてきたのである。


「戦闘訓練だけのつもりだったが、お前が予想よりもヘボなせいで中途半端な時間になっちまったからな。ついでに教えてやるよ」

「ありがとう、ございますッス……」


 自分の実力によってより多くの教えを受ける事が出来る、だがしかし決して誇らしくはない。ロイは喜びも悲しみも出来ず、ただ疲れだけを顔に出した。


「まずは乾燥した枝を集めるんだ、それくらいは出来るだろ」

「はい、それは流石に……実家でもやってましたし。行ってきますっ」

「魔物に気を付けろよ~」


 ひらひらと手を振る師匠に見送られ、ロイは木々の間へと消えていった。


 彼の姿が見えなくなった所で、ジョニーは呟く。


「足元に沢山あるのに、アイツどこへ行くんだか」


 そこら中に落ちている枝の一本を拾い上げ、彼は呆れた。

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