第2話 地域で見る 『人の一生』

私の考える事などきっと、とうの昔から話されてきた内容だと思います。しかし、原子力発電所の問題だったり、少子化や環境の問題などと同じように、どこか人ごとにして過ごしてしまって結局大変なのは当事者や、その後を生きる世代の人だったりします。


 そこで、改めてこの考えは古いのか?

それともただ人任せにしてやってこなかっただけなのか? そんなことを真剣に考え実践してみようと構想を膨らませながら、始めてみる事にしました。


 私自身、発達障害と三くだり半を突き付けられ、動揺したり、落ち込んだりしながら、精魂が尽きるまでいろいろとやってみました。


 その結果わかった事は、世の中を暗くダメにしているのはストレスだとよく理解しました。

今まではふつうに働けていたのに、何かがきっかけで立ち直れなくなっている人。世の中にはそのストレスに耐えられず、立ち直れなくなっている人が沢山います。


 治癒できる社会づくりは今の日本社会のモデルとなるはずです。

 そこでゆりかごから墓場まで安心して暮らせるまちづくりに取り組む構想を考えてみた。健康な人づくりと希薄になりがちな社会のこころを豊かにさせる。

この行動の効果として見えるもの。地域コミュニティーの心地の良いまちづくりは地価を上げながら明るい世界が広がっていくと考えます。

 

 不登校の児童が問題になっている今、もっと子供の心の健康を考えるべきではないかと?

かく言う私の息子も不登校です。


 素晴らしい子供の集中力と可能性に目を向けてあげられていない事に申し訳なさを感じています。親の私がそんな感じなのに、もうすぐ社会に放り込まれる。自分の息子を含めた未来を作っていく若者たち・・・


 社会に出たとたんなんだか直ぐに大人になれと手を放され、どうしていいのかわからなくなるのは当たり前のような気がします。 


 そんなにいきなり、変わるわけがないのは私自信が良く知っていて、自身の体験からも想像できます。


 そうした職場や生活環境にさらされているのが現実なのではないでしょうか。

一生懸命やってやっとこさついていく、ついて行ける人いけない人でふりおとされながら・・・



 次の階段、そしてまた次の階段と、ボロボロになりながらなんとか立ち続けている毎日。落とされるのを待っているようなものだと思った。            さて本題は今、日本中にいる働きたいのに働けない人たちには素晴らしい能力が眠っている現実。



 その力の解放が出来ないかと思案してみる事にした。

そこで障害者たちとのマリアージュからミラクルな魔法をかけられるのではないだろうか?

こんな事を思いついたのは去年、燃焼しきって燃えかすみたいになってた私を一瞬で元気にさせてくれたのは知的障害者の仲間たちでした。 近くのB型支援事業所に入り一年間お世話になる中で、生きるために大切な物を沢山もらいました。

職員さんも親切だけど気取らないで素の自分を全面に出しながら生きる彼らを見て、困ったところもあるけどそのくらい受け入れられるだけの社会ってなんかカッコいいと思った。だから社会的に弱い知的障害者をセンターポジションにおいて、社会復帰出来そうな層を受け入れながら正常化を図っていく、地域のお手伝いやら清掃やらしながら自信回復。

 そうゆう事をしていると地域に会話が生まれ、こういう人がいるんだ。落ち込んでた彼はこういう事が出来るんだとか。いろんな交流が生まれ、希薄になりがちだったご近所との関係にちょっとずつ言葉の交流を増やしていく、そうした細かい積み重ねから新しいまちが出来上がり、住みよいまちへと変化していく・・・

 そういう理想をもとめながら、もう一回、進めてみませんかコミュニティー作り。

 少なくとも、私は求めています。賛同者を増やしながら活動へ、そして運動化させていく事は出来ないだろうか?

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社会復帰構想  阿部 四郎 @shift-change

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