互酬

本条想子

第1話 タイムトラベル

 うっそうとした森にぽつんと佇んでいる。今まで、都会の真ん中に居たはずなのに、何が起こったのか茫然自失状態だった。

「ここは何処だ。飛行機からパラシュートで舞い降りたわけでもないし、瞬間移動したというのか。それとも、別次元か。タイムトンネルにでも迷い込んだのか。そうだ、何か分かるものを探そう。

 人間の足跡がある。しかし、裸足だ。むやみに近づいて良いものか。でも、明るい内に村を探し、様子をみよう」


 この男は、東京に住む30歳の吉田陽斗という。仕事は大学で人類学を研究していた。



 ここにも、立ち尽くす男がいた。この男は、横浜に住む35歳の井上颯太という。仕事は大工をしている。

「意味が分からない。今までいた場所とは明らかに違う。夜になる前に、寝床を探そう」



 また、見知らぬ土地で周りをおどろおどろし気に、見渡している男がいた。この男は、北海道に住む28歳の大場祐樹という。仕事は漁師だった。

「広い海原の中に居たはずなのに、ここは何処だ。釣り竿があるから川で魚を釣って、俺は生き残るぞ」



 そして、大学で部活中に突然、森にタイムスリップした男がいた。この男は、京都に住む22歳の渥美伊織という。理科大の学生で、弓道部に入っていた。

「弓があるので、狩りでもして生き残ろう」



 四人がこの地に、同時期にタイムスリップした。一人一人が、寂しい思いの中、周りを探索しだした。近くにいるらしいが、なかなか会えなかった。みんながみんな、おっかなびっくり進んでいるからだろう。5日目にみんなは、きれいな水を求めて川へやって来た。

 最初から祐樹は川の近くの木陰を住み家にしていた。祐樹が川で魚釣りをしている。それを見ていたのは、ほかの三人だった。同じような雰囲気に、三人は同時に飛び出した。四人は驚くというより、喜びに満ち溢れた様相で駆け寄り、顔を見合わせた。


「僕は吉田陽斗、東京から来ました。年齢は30歳です」

と、落ち着きなく陽斗は言った。


「僕は渥美伊織、京都からです。22歳理科大生です」

伊織は、なきそうな顔で言った。


「俺は大場祐樹、漁師で28歳、北海道からだ。」

祐樹が、大声で言った。


「俺は井上颯太、大工で35歳、横浜から」

颯太が、元気よく言った。


 みんなは、一先ず安堵でその場に膝から崩れ落ちた。しかし、この時代が分からないのが、一番の問題だった。


「僕は人類学を研究しています。この時代は、大型動物がいるところからして、最終氷期が終わろうとしている2万年前か。あるいは、人類も見かけたので、旧石器時代なのか。だとすると1万6千年前ぐらいにタイムスリップして来たのかもしれません」

陽斗は、少し落ち着いて話した。


「俺は、大型の像や鹿、野牛を見た」

祐樹が言った。


「俺も、大型の熊を見た」

颯太が言った。


「像はナウマンゾウで、鹿はヤベオオツノジカ、牛はハナイズミモリウシ、熊はヒグマでしょう」

陽斗は、スラスラと言った。


「じゃあ、マンモスもいるのかな」

颯太は、楽しそうに言った。


「マンモスがいたら、ここは北海道でしょう」

陽斗は、答えた。


「いや、ここは北海道ではない」

祐樹は、自信ありげに言った。


「僕は、野ウサギを見たよ。この弓矢でも仕留めることができると思う」

伊織は、嬉しそうに言った。


「ここは、東北地方かもしれません。たとえば、尻労安部洞窟遺跡があった青森とか、花泉遺跡のあった岩手とかです。ここの森は、針葉樹が多いですが、草原も広がっているので、もうそろそろ絶滅する大型動物が出るかもしれません。そうすると、時代的に海は凍り付いていないかもしれませんね」

と、陽斗が予想した。


「これからどうするか考えよう。まずは、魚を焼いて食べよう」

祐樹が、言った。


「俺は、水を汲んでくる。さっき、湧き水を見付けた」

颯太が、言った。


「じゃあ、この入れ物に入れて来て。瓢箪はないけど」

と祐樹が言って、丸太をくり抜いた容器を渡した。


「僕は、薪を集めて来ます」


「僕は、さっき拾ったウサギを持ってきます。ウサギが切り株にぶつかって、転がったところを捕まえました」


「学者さんも面白い事いうね」

祐樹が言うと、みんな笑い転げた。


「まちぼうけだな」

颯太が言った。


 みんなは、焚き火の周りを囲み、さかなを串に刺して焼き、ウサギの肉も焼いた。串は、鋭い石で木を削った。


「必要なのは、衣食住ですね。住居はまず洞窟が良いと思います。10人は入れるものを見付けてあります。でも、木の家が欲しいですね」


「俺は、小屋ぐらいならお茶の子さいさいさ」


「お茶の子さいさいってなぁに」

伊織が、尋ねた。


「朝飯前ってことだよ」

颯太が、言った。


「食糧は狩りをするしかない。やはり、大型の動物を仕留める道具を作らないと駄目だな」

祐樹が言う。


「僕は弓道部でした。弓をみんなの分まで作ります。ほかに、槍も必要ですね。また大型の動物を仕留められる武器も作りますよ。陽斗さんがウサギを捕まえた仕掛けを教えてください」


「まだ氷期のようなどで、毛皮の衣服を作りましょう。ウサギの皮は、なめして日干にします。なめしに使う薬品はないので、植物の葉や実、樹皮、幹などを砕いたタンニンを使います。それに、陶器も作るつもりです」


「いつ、元の世界に戻れるか分からないので、みんなで協力するしかない。俺は、狩りで力になるぞ。エアガン競技をやっていたんだ。俺、酒が飲みたい。学者さん、何とか作ってくれ。一生恩に着るから」

颯太が言うと、みんなが大声で笑った。


「僕が人類学を学んで大事だと思った事は、狩猟採集民の間で普通に行われていた『互酬』という生活様式です。それは、再配分や交換を均衡にし、相互扶助を行うということです。

 今までの世界は、経済至上主義の考えが横行し、格差社会に悩まされていました。狩猟採集民の縄文時代は、農耕民の弥生時代と違って争いが少なかったと言われています。まだ、縄文時代には入っていないと思われますが、旧石器時代は『互酬』ということで、豊かさよりも平等が重んじられ、分け合う事が普通だったようです。争いを失くすには、それが大事だと思います。狩猟採集民の時代は600万年も続いたようです。人類にも、長い平和な時代がありました。農耕民は1万年です。産業革命からは300年足らずですが、あの有様です」


「僕も、ここで楽しく過ごすために働きます。でも、他の種族との協力も必要ですから、支配というものではなく、優位に立つための武器を作りたいと思います」


「俺も、力を貸すぞ。沢山、家を建ててやる」


「俺は、王様にでもなれると思ったが、本当に平等というか助け合いの世界ができるなら良い事だと思う」

颯太が言った。


「これから、多くのの種族と仲良くする事が大事ですね。でも、まだ近付くのは早いですか」

伊織が聞いた。


「他の種族から羨ましがられる暮らしぶりをしないと」

一番年上の颯太が言った。


 みんなは、陽斗の見付けた洞穴へ向かった。川からは、10分ぐらいのところにあった。3人は、広く頑丈で小綺麗な住み家に、満足した。当初、恐怖に満ちた出来事が、今や希望に満ちたものになった。新天地でどんな世界が始まるのか、人類学者の吉田陽斗は意気揚々と未来へ思いを馳せた。


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