HOSONO HOUSEの歌

@samuraisan

第1話 That Old Feeling

 僕はアメリカの「愛国的でマッチョな雰囲気」というものが苦手だ。確かに僕はアメリカ人なのかもしれないが、アメリカ人でもビートルズを聴くように、それとこれとは別の話だろう。(ビートルズを聴くアメリカ人は80年代に絶滅したと思うが。)

 先日、僕は友人とスーパーボールを観に行った。2月10日に家のあるサン・ディエゴを出て、乱気流に揺れながら1時間22分のフライトを堪能した。ボーイング747の機体の中で僕は黒澤明の「生きる」を観たのだが、1時間22分では半分ほどしか観れなく、落胆した。フェニックスの空港から出たら、アリゾナの香りがぷんぷんとした。どうも僕の体は西海岸の空気しか受け付けないらしい。(それは僕が4年前にワシントンD.C.で同じ気持ちを感じた時以来の気持ちだった。)スーパーボールまでは2日間あったので、友人と2人で砂漠植物園だったりキャメルバックマウンテンだったりを周った。街がアメフト一色に染まって、正直言って非常に居心地が悪かった。スーパーボールのチケットを買う人の言葉ではないのかもしれないが、僕はアメフトよりもベースボールやサーフィンといったスポーツが好きだ。アメフトのように政治利用されないスポーツが僕の好みだと思う。これを同行した友人に話すと嫌な顔をされた。

「じゃあ君はアメリカン・フットボールが1番好きなのかい?」と僕が口を開くと、

「ああ、俺はお前と違ってアメリカの血がちゃんと入ってるんだ。」と彼が返す。

「君はスパニッシュ系の家系だろ。インディアンじゃなくて。」

僕がそう言葉を発すると、彼はケタケタと笑う。アメリカ人らしくない笑い方だなと思った。

「俺はお前のそういうところ好きだぜ。」

そう言って彼は左手に持ったコロナ・ビールの瓶を飲み干す。アメリカの「ラガー・ビール」ではなく、メキシコの「コロナ・ビール」を飲む姿をみて僕は困惑した。彼はメキシコ人かもしれないってね。彼とこの話をした翌日、僕たちはスーパーボールを観にステートファーム・スタジアムへ向かった。

スタジアムには僕のような人間は誰1人居なく、熱狂的な愛国的アメリカ人しかいなかった。開会式はいかにもアメリカらしく行われた。ヘヴィ・ロック風のアメリカ国歌をガンガンと歪ませたギターで弾き、上空にはP51マスタングからF35ライトニングまでのアメリカの戦闘機が飛んだ。僕にとって、ヘヴィ・ロックは嫌いなジャンルだし、P51マスタング以外のジェット機には一切興味を持てなく、とても退屈な時間を過ごしていた。開会式が順調に進む中、僕は手の紙コップに入ったA&Wルートビアの泡を何も考えずに見つめていた。15歳の少年が恋心を持った相手を見つめるように。その後、僕は2月だというのになんでこんなにも暑いのだろうかと思っていた。きっと周りのアメリカ人の熱気がすごいのだろうとでも僕は考えていた。そんな僕を邪魔するかのように、会場に点々と設置されたフィアットNUOVA500ほどの大きさの黒のスピーカーから、ビー・ジーズの「Stayin Alive」が突如として爆音で流れた。僕はこの曲を4年ぶりに聴いた。そしてそのメロディーは周りのアメリカ人を熱狂的に踊り出させ、そのメロディーは僕の体を破壊した。僕は非常にひどく混乱し、心を取り乱した。手に持ったルートビアをコンクリートの床にぶちまけたところで、僕の隣に座っていた友人が僕の異変に気が付いた。

「お前、ルートビアがもったいないじゃないか。」

彼はそう僕に言葉を投げかけるが、僕の体はその言葉に気が付かなかった。

「おい、、大丈夫か?」

いつも軽い雰囲気の彼がこんなにもシリアスになるのは初めて見た。さすがにそんな彼をみた僕は口を開いた。

「ああ、大丈夫。少しめまいがしただけ。」

実際はもっと酷かった。周りの音や振動が全て脳まで届き、ただでさえ痛い頭をさらにズキズキとさせた。それに今すぐに便座に向かって口から胃の中のもの全てを吐き出したかった。物理的に、感情的に。この曲はたったの数秒で僕を「完璧な絶望」へとつき落としていった。村上春樹は「完璧な文章は存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」と書いていたが、この時僕は「完璧な絶望」の存在を認識していた。曲はその後ビーチボーイズへと変わり、すぐにカンザスシティ・チーフス対フィラデルフィア・イーグルスの試合が始まった。周りがそれに夢中になってる間、僕は赤ワイン色のマルボロ8mmの臭い上品な香りと、牛革でできたブラウンのソファの匂いと、日本から取り寄せた「銀座英國屋」のネイビー色のスーツの感触を思い出し、周りの視界にはワシントンD.C.のホワイトハウスの景色が広がっていた。

「カンザスが3点取ったぞ!!」

そう彼は僕に話しかける。

「そうか。」

「もっと盛り上がらないと損だぜ。スーパーボールのチケットに人生の全ての運を使ったんじゃないのか?」

「ああ。」

僕が曖昧な返事を続けると、彼は一瞬口を閉じ、黙った。何かを察したのか、考えたかのように。

「何を考えてる?」

「昔のことさ。」

「なんだよそれ。」

「昔話さ。1人で少し昔の事を懐かみ、哀れみ、寂しがってるだけさ。俺だってしっかりフットボールを見てるよ。」

「・・・喫煙所に行かないか?ラッキーストライクをくれてやるよ。」

「気にしないでくれ。大丈夫。ありがとう。ちょっと哀しくなっただけだから。(It’s all right now, thank you, I only felt lonely, you know.)」






そう言って僕は微笑んだ。微笑もうとしていたが、彼からはどう見えたのかは知らない。僕が「生きる」の結末をまだ知らないのと同じように。

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