ループの果てに逢いましょう

藤橋峰妙

第一部『第006世界』



 

 

 残り時間は三分。待てば長く感じても、あっという間に過ぎる時間。

 からだの痛みはすでに最高潮を迎えている。けれども、その痛みをどうすることもできないまま、この長くも短い三分間、渚はじぃっと、膝をついて自分を見下ろす男の姿を見ていた。

 

 ――最初の一瞬は困惑だった。そして、鋭い刃物のような表情。面白いくらい、その変化はいつもの彼の様子を表している。


 次は思考を巡らせて、眉間に皺を寄せた顔。その後、珍しくその瞳に焦燥した色が映った。普段の、あの凍てついて変化の乏しい表情は、今までに無いほど面白い変化をと遂げている。

 

 今はどうだろう。

 渚は目を細めて、霞む視界のピントを合せようとした。

 

 顔、ぐしゃぐしゃだ。ぐしゃぐしゃだった。

 

 私の目、もしかしておかしいのかな。渚は呑気にそう考えた。

 

 一瞬見えた歪んだ形は、まさに有り得ない表情で、渚は心の中で否定して口角を上げる。

 きっとあれはみまちがいだろう。この男が持つ表情という名の辞書の中に、そのような感情はないはずだから。


 けれどももし本当に、そんな顔をしていたとしたら――それはなんて、なんて――。

 最初に出会った頃の渚ならきっと、今の状況を想像できていただろうか。

 いまこうして彼の表情を眺めることに嬉しさ感じている状況を思うと、心の奥底の深いところでは、それを望んでいたのかもしれない。

 

 渚は知っている。

 今、この瞬間、この男の目の前で渚が命を落とせば。


 ――この男が、この物語をやり直すことになることを。

 

 あと三分で渚は死ななければならない。それが男の最適解。当然迷う余地すら無いはずの、自明の理。


 そう分かっているのに。でも、なぜ。どうしてそんな顔をしてるの。


 渚には、その理由が分からなかった。




 

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