人類は滅びました、なら、私たちは何なのでしょうか?

龍丼

少なくともこうなる前は「吸血鬼」だったんですよ

 私が目を覚ました時、そこは何かの地下室だった。不思議なことに光源はほぼないのに、自分が寝ていた寝床というにはあまりにも異様な物体が足元に広がっているのは見えた。

 それというものは黒く冷たい棺だった。

「これじゃまるで吸血鬼じゃん、私」

 そうつぶやいたところで体にまとわりつくどろりとしつつもさらりとした布の感覚。妖艶に、黒紫のオーラを放つ真っ黒なマント、ご丁寧に裏地はワインレッド、さらに襟も立ったマントが、背筋にゾクゾクと不気味な感触を与えながらまとわりついている。

 まさかと思い口の中を舌でまさぐる。犬歯は……牙になっていた。ああ、まさか。そんなことが……。

「お目覚めのようね、アタシの花嫁さん。その様子だと、無事にしもべになっているようね」

 指先に不気味な紫の火球を灯しおりて来る女性。赤く目を光らせ、不気味にうごめく漆黒マントはじゅるじゅるりと空腹の音のような声を上げ、欲望をむき出しといったご様子。

 「とりあえず、気になることはいろいろあるでしょうけども、まずは落ち着いて聞いて頂戴。……人類は、滅亡したわ」

 気になることの範囲をはるか離れて向こう側に吹き飛んだ内容を拾いきれず、呆然とする私にかまわず、私の体の異変の元凶と思しき女性は続ける。それなりに長い内容だったが、まとめると「人類は異星人の侵攻に屈し、残存人類も異星の感染症で一気に数を減らし、病原体の変異や自分たちへの感染拡大を恐れた異星人は地球を放棄、残存する人類を皆殺しにして去っていった」という。

 私はいったい何を聞かされているのだろうか。促されるままに屋外に出ると、確かに記憶の中にある最後の光景ではそれなりに栄えていた町だったはずだったものは、雑に焼き払われた瓦礫とわずかな雑草。そして静寂の中に響く鳥の鳴き声。

「人間どもがさっさと降伏しようかと言い出していたころに、アタシには既に人間どもと、大多数の私達がたどる末路を思い知った。だったらせめてあなたとアタシだけでも、生き残ってやろうと思ってね。アタシ達が「夜の支配者」たる所以たる闇の魔力で生み出した異空間にあなたを連れ込み、血を吸わせてもらったわ。それはもうたっぷりと、ね」

 こんなことになるとわかっているなら、どうして同族や人間の多数を見捨てて、私一人を救おうとしたのだろう。そんなことを聞こうと思ったが。その答えはなんとなくわかってしまった。というよりも流れ込んできた。それも「夜の支配者」の魔力の一つか。

 結果から言えば、彼女自身、私さえいてくれれば人類も、世界も、自種族もどうでもよかったらしい。そこまでに惚れこまれる理由には心当たりはなかったが、ともかく彼女はそういうことで私を眷属にして、終わった世界を二人っきりで過ごすつもりだったらしい。

 月明かりと火の玉だけが照らす道を歩いていると、教会の跡を見つけた。

「ねえ。せっかくだからこんなことをしてみない?」

 彼女に手を引かれるまま、教会だったものに行く。天井は崩れ落ち、奇跡的に割れなかった何枚かのステンドグラスだけがかつてここがなんてあったのかを伝えている。……これが画面の向こうの話であったなら、私の趣味にぴったりだとはかない気持ちに酔う余裕もあったのだが、そうもいっていられないようだ。

「このような枯れはてた死の世界のただなかにも、ここを必要とするものがいようとは……。今宵は神に感謝しなければなりませんね……。」

 背後から響くうつろな祝福、その声の主は私たちと同じ黒マントの下に僧衣をまとった女性。その正体には察しが付く。

「言っておくけど、アタシ達は説教を聞きに来たんじゃないわ。神は人類を愛していなかった。それは三日前までのことで全部わかりきっているでしょう?」

「心得ておりますよ。そちらの今宵初めて目覚めた私たちの新たな同胞と貴女で、永遠の愛を誓いたいのでしょう?」

 聖職者の女性はそういうと、足元の金属片と小石を拾い上げ、呪文を唱えた。

 妖艶な揺らめきとともに輝く悪しき魔力で粘土のように練り上げられたそれらは、まるで物語の中のもののように美しい赤い石と青い石の結婚指輪に代わる。

 「アタシからは花嫁衣裳をあげるわ。受け取って。」

 私の「ご主人様」は黒々と輝く闇の魔力の塊をポンと出し、まるで童話の魔女がそうするように指をかき回す。塊は渦を巻いてうねりだしたかと思えば、瞬く間に漆黒のウェディングドレスに。

「さあ、受け取って。アタシの花嫁さん?」

 袖を通した感覚は、それはもう夢心地だった。まるで本当に自分がお姫様であったかのようだった。

「ふふふ、では始めましょうか……」

 本来教会にあるべからざる私たちの、呪われた結婚式が始まった。

「永遠の愛を誓いますか?」

「誓うわ」「誓います」

 そして誓いのキス。ただのキスではない。「お互いに永遠に私のものだ」と隷属の呪いを込めた、邪悪なキスだ。

「よろしい、神の許しの元ここに新たなる婚姻は成立しました!」

 私たちのこの式を取り持ってくれた聖職者様の宣告と同時に飛び立つ魔力で練り上げられたしもべコウモリの不気味で甘美な羽音……

「これからもよろしくね。アタシの花嫁さん」

「ふふふ……お熱いですね」

 すっかり祝賀ムードの中、私の頭の中には一つの疑問が生じていた。しょうもないことのように思えたが、ひとたび気になりだしたらたまらなくなっていく。

「人類が滅んでしまったのなら、その人類から血を吸っていた私たちはこれからなんと名乗ればいいんだろう?」

 だってそうだ。かつて私たちは「吸血鬼」と呼ばれていた。人類から糧と新たな仲間を求め血を吸う魔物、つまり妖鬼、それこそが吸血鬼である。その人類がいなくなった今、私たち三人は何と呼ばれるべきなのだろうか……。

 彼女のマントの抱擁とほほえみながら自らの体をマントで抱きしめ、顔を赤らめ眺める聖職者様。

 その姿からなんとなく浮かんだ考えはあったのだが……。まあ、それについては今後、もしかしたら見つかるかもしれない、私のことを遠くから見ているかもしれない別の同胞が見つかった時にでも、あらためてしようと思う。

「このようなことを考えていたのですが、そこのアナタはどう思いますか?」とね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人類は滅びました、なら、私たちは何なのでしょうか? 龍丼 @tatudon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ