吸血奇術師の事件簿~偽りと過ちと

龍丼

第1話 甘美なる吸血鬼の魔演

「月がきれいですね。私のアサヒ」

赤く妖艶なる満月に照らされ闇の女王然とほほ笑む黒衣のアナベル。

その頬にそっと唇を寄せ、胸の高鳴りを想う度、あの運命の数日間を思い出すのです。

幾らかの死と、謎の果てに私の運命の輪が輪転した日々のことを……


 その始まりは真綿で重く締め付けるような曇天の日のこと。

私がいた山奥の修道院にて風変わりな催しが開かれていたのです。

妖艶な闇をそのまま纏うかのような禍々しき襟の立った黒マント。

ひとたびそこから白い腕をすらり伸ばせば、鮮血そのものの赤が染み出す不穏な装束。

そこらの魔女すら怯えるようなその演者、アナベルによる奇術の見世物が行われたのです。

 

 「では、運命の時……」

修道院の先輩、コロッサ様が入り、胸前に手を重ねる死の棺。

開いた穴から打ち込まれるは、悪趣味なドクロとバラの装飾の杭。

響く断末魔。名家の令嬢としての優美さを残しつつも、しかし血に汚された濁りの叫び。

 「さあ、目覚めるのです。我が眷属、新たなる不死の姫君よ!」

 高笑いとともに棺をマントに包み、呪文を唱えるアナベル。

恐怖で気を失ったケアレを膝に寝かせその黒髪を撫で宥めつつ、私は恐怖と恋慕、崇敬を魔女の大釜に煮詰めたような背徳の悦びを感じておりました……。

院長の説教も恐れぬパシリカ様、普段様々な悲鳴や惨状に慣れたものだと語るアヤメ様の先輩お二方も驚きと戦慄と興奮の様相でありました。


「おーほっほっほ!」

開け放たれた棺から飛び出し、身に宿りたる暗黒の魔力を誇示するようにマントをコウモリのように翻すコロッサ様。

それが演技に過ぎないと知っていても、二人の吸血鬼の舞う壇上の光景に身を焦がす思いでありました。


これですべてが終わっていれば、ただ一日の甘美なる悪夢として儚く過ぎ去り、わが身もまた清いままであったことでしょう。

しかし、この夕べ……

「運命の時」は訪れてしまったのです。

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