【外伝19話】魔女の森

「旦那様!ゲダンたち王国工房一味の逃走先が判明しました!」


「そうか。…やはり、国外逃亡狙いか?」


 ラメンダ邸襲撃事件直後から、休みなく対応に追われた領主ランド伯爵。やっと家族の待つ、夕食の食卓についたところ執事が急報を持ってきた。


 今夜は、まだこれから動かなければならなそうだ。スープを口に運び、栄養を入れておく。


 領主の質問を受けて、執事が報告を続ける。


「はい。領外へ出る街道は既に封鎖済み。ゲダンたちは街道を避け公国へ亡命するようです。魔女の森周辺の村落で王国工房らしき商隊の目撃情報がありました」


 予想された敵の行動のうち、かなりやぶれかぶれの行動選択になる。


「魔女の森の獣道か…。よほど追い詰められているな。普通の商隊の通れる道ではなし、遭難の可能性が大きいというのに」


 逃げ道を封じておいた自分が言うことではないが、奴ら、ずいぶんと慌てている。


「お父さまー、魔女の森って?」


 次女のリディアが不思議そうに聞いてくる。


「ああ、魔物の住処になっている太古の大森林さ。ここの領地と公国の境目に広がっているんだよ」


 首をひねる妻リンダ。


「あの森は思いつきで抜けられる場所じゃないわ。最悪、魔物に喰べられて終わりよ」


 父母の話を聞いていた長女クレアが疑問を口にする。


「…でも、そういえば、なぜ『魔女の森』という名前なのですか?」


「んー。さあ、なんでだろうね?」


 意味深な笑みを浮かべながら妻に目線を送る夫。妻が微笑みながら答える。


「そうね、昔、その森に魔女がいたらしいとか、そういう言い伝えがあるのよ」


「魔女がいたなんて、初めて聞きました」


「魔女が森にいたのは、あなたたちが生まれる前のことよ。クレアが知らなくても仕方ないわ」


「そう、しかし、最後の魔女が森を去ってから20年ほど経つ。昔は通れる道もあることはあったが、今あの森では馬も入れまい。王国商会だけでなくヒュンケたちの騎馬も厳しいだろうな」


 夫が妻に確認する。


「ええ。人一人がやっとの獣道も途中で無くなっているわ」


「ふむ。執事、ヒュンケたちに引き返して休むように伝えてくれ。休みなく深追いして遭難してはいけない」


 主人の指示を受けつつ、懸念を伝える執事。


「了解しました。…しかし、旦那様。ゲダンたちはそのまま泳がせるのですか?万が一、公国に逃れたり、あるいは遭難するにしても、あの持ち出された大量の財貨が…」


「うん、何としても彼らの身柄と、財貨は回収したい。元は我が領から出た金だからね。


そうだな、クレアとリディア。今夜は執事とガンツをつけておくから留守番を頼む。魔女の森へは吾輩とリンダで行く」


 二人の娘たちが驚く。武術・魔術・馬術に長けた父ならともかく、少し魔法が得意な専業主婦の母が森に入るなんて。


 「二人とも大丈夫よ。明日の朝には帰ってるから、いい子にしててね」


 むしろ、なんだかウキウキしている様子の母の姿にポカンとする娘たちなのだった。

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