【外伝12話】十数年ぶりのキスは突然に

 深夜、領主館の一室。明かりを落とした薄暗い部屋にノックをする音が響く。


「……はい」


 女性の返事に、扉が開く。背の高い金髪の紳士が入ってきた。


「リンダ、おつかれさま。…クレアの様子はどうだい?」


「…まだ目を覚まさないの」


 ベッドサイドの椅子に座り、眠ったままの長女の手を握りながら、ぽつり答える黒髪の母親。


「…そうか。初めての魔力枯渇はキツいからね。君が手早く魔力譲渡してくれて助かった」


「……違うの」


「ん?」


「私のせいなの…」


「え?なんで?」


意外そうな表情をする夫。後悔を瞳ににじませる妻。


「クレアに魔法の使い方、教えてあげなかったから…。『ママの魔法、教えて欲しい』って言ってくれてたのに……」


「あー、まー…。それと今回の件は…」


「私は意地悪したかっただけだから。また、この子はすぐに魔法覚えちゃって、アナタやみんなから褒められて。娘に負けて惨めな気持ちになるのが嫌だっただけ」


「…リンダ」


 答えに詰まる夫。


「…お…お母様…?」


 突然、かすれた声が聞こえた。びっくりしたように目を見開いているクレア。母の顔をまじまじと見つめている。


「クレアっ!…ああ…!よかった…。ごめんね、眠っていたのに……。うるさくして…」


「ううん…。お母様…、ありがとう……。もらった魔力、温かかった…」


「ううん…。ごめんね…。私が悪かった…。いっぱい嫌な母親で……」


目に涙を浮かべるリンダ。


「…そんな……。そんなことない…」


 懸命に微笑もうとする娘。顔色は真っ青のままだ。


 父が声をかける。


「クレアのおかげで子どもたちを救出できた。加害者たちも全員捕まえた。あの一帯は、これまで尻尾を出してくれなかったからね。本当に、よくやった」


「……ああ…。よかった……」


 再び、目を閉じるクレア。肩で大きく息をして、そのまま静かになる。


「クレア?……眠ったのかしら?」


「そうだね。安心したのだろう。しばらくは起きているのも辛いからね」


 すでに寝息を立て始めている長女。


「ひとまず吾輩たちも休もう。君も魔力譲渡で疲れているだろうから、今夜は休んで欲しい」


「…ええ。そうさせてもらうわ」


 椅子から立ちあがるリンダ。


 途端にバランスを崩す。


「おっと…」


 抱き止める夫。


「あっ…!ご、ごめんなさい…」


「魔力譲渡しすぎたな…。足下ふらふらじゃないか…」


「か、加減を間違えたのよ…。あ、歩くのは大丈夫だから…」


 ため息をつく夫。


「大丈夫なわけない。少し、目を閉じてくれるか?」


「え…?」


「いいから」


「は…、はい」


 言われた通りに目を閉じる妻。


 次の瞬間、彼女の唇に温かく柔らかい感触が重ねられる。


(え…!…え!えーーーっ!)


 10数年ぶり、夫からの唇へのキス。


(ちょちょ…心の準備が………私、さっき歯よく磨いた…!?)


 混乱するリンダの心はさておき、夫からの穏やかな魔力が唇を通して彼女の身体に染み渡っていく。


「これくらいで大丈夫かな?」


 唇を離す夫。


「は…はひっ!…もう!だ、だ、だ大丈夫ですっ…」


 慌てて夫から身体を離し、2、3歩ぎこちなく歩いてみせる妻。


「そうか、よかった。……粘膜同士の方が魔力伝導率が良いからね。今のでダメなら別の方法しかなかったところだよ」


 いたずらっぽく笑顔を見せる夫。


「ね…粘膜……?別の……?」


 気がついて顔を赤くするリンダ。


「さあ、今日は休もう。続きは元気な日にな」


 妻の手を引き部屋の出口へ向かう。


「…え…!あ…、続きって…。私にも色々と準備が……」


「あはは。そうだよね。……じゃ、クレア、おやすみ…」


 振り向いて、ベッドで眠る娘に一声かける夫。


 気を取り直したリンダも小さな声で娘におやすみを言う。


「また明日くるからね…。おやすみ、クレア」


 静かにドアが閉められ、部屋は静寂に包まれる。


…。


 実は娘に話が丸聞こえだったなんてことは、内緒の話。


(ど…どうしよう!お父様とお母様がこんなラブラブだったなんて!聞こえてたなんて絶対いえない!)


 身体はひどく怠いのに意識は冴え渡ってしまった年頃の娘クレアなのであった。

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