【外伝10話】アルコール依存&DVの毒親

 スラムの共同長屋。領内でも職にあぶれた者たちがその日暮らしをする一帯。


 埃っぽく、生活臭漂う一角から怒号が聞こえてくる。


「銅貨1枚だとっ!?この役立たず!半日も何をしていた!」


 父親の張り手が少年の頬を打つ。40代の太り気味の男と10歳程度の痩せた少年。明らかな体格差の暴力に口の中を切り、鉄の味が広がる。


「き、今日は…、薬草が取れなくて…」


 言うや否や、もう一度、頬を打たれる。切ったばかりの口の中の傷が広がり、血にむせかえる。


「ごほっ!ごほっ!」


 酒の買えない苛立ちを息子にぶつける父親。


「関係あるか!銅貨1枚で買える酒があるかってんだ!」


(酒をやめろよ!)


 少年は思うが、それを言ったら更に殴れられるのは目に見えている。黙って耐えるしかない。


 この酒飲み暴力親父に愛想を尽かし、母さんは妹を連れて出ていった。もう何年も前の話だ。


「も…もう一度薬草を取りに行ってくるよ…。待ってて…」


 口の中の血を飲み込みながら、家の出口にフラフラと向かう。


「酒買えるまで戻ってくるんじゃねえぞ!」


 後ろから怒鳴りつける親父。せめて、心の中で言い返す。


(くそ…!働けよ…、クソ親父!)


「働けよ!クソ親父!」


 少年が口にしたのではない。


 いつの間にか入り口に立っていた銀髪の騎士。その後ろに熊のような騎士と、金色の髪の少女。


 さきほど薬草を買ってくれた大人たちだった。


 あわよくば、助けを求められたらと薬草を売りにいったが、しかし、最後まで助けを求めることはできなかった。他の大人たちと同じように、断られるに決まってると思ったから。


 まさか、ついてきてくれていたとは。


「なんなんだぁ!おめーらは!」


 親父が警戒して声を上げる。


「おめー、昼間っから酒飲んで、子ども殴って!ふざけんなよ!」


 怒髪天を突く銀髪の騎士が踏み入った。椅子に座り込んで酒を飲んでいた親父の顔面へ強烈な一撃。


 家屋内に鈍い音が響く。


「ぐ!ぐほっ…っ」


 床に転がり落ちる親父。


 追撃して腹を蹴り上げる銀髪の青年。鈍い打撃音が室内にこだまする。


「やめ…っ!やめてくれ!」


 許しをこう親父の胸ぐらを掴む騎士。


「この屑が!」


 強烈な往復ビンタが叩き込まれる。


「…あ…!あっ!ぐ……!」


「ヒュンケ、殺してはなりません!ほどほどで!」


 美しい少女が慌てて止める。


「お嬢!大丈夫だ!寸止めにしとく!」


 といいつつ、10発ほどビンタを食らわし、蹴り飛ばし殴りつけていく。


 あっという間に親父の顔が大きく腫れ上がる。


 少年は内心、(やれ!もっとやってくれ!)と銀髪の騎士を応援している。父親への同情心は一切、持てない。


 熊のような騎士が少年に声をかける。


「少年、これまでよく耐えたな。あれは…、一応、この飲んだくれは君の父親か?」


「……はい」


「…そうか。今後、君の面倒は役所が見る。父親は処罰し親権を剥奪する。現行犯である以上、決定だ。よいな?」


 淡々と二人の処遇を説明する年配の騎士。だが、不思議と冷淡さは感じない。


「……はい。それでいいです…」


 若い騎士に蹴り上げられた父親が少年の前に引き出される。


「おら、立て!息子に謝りやがれ!」


「…ぐ…、すまなかった!父さんを助けてくれっ!」


 上目遣いに助けを求める父親。


 いつもとまるで違う卑屈な態度に怒りが湧き上がる息子。


「ふ…、ふざけんな!今まで、お前がどれだけ!」


「なんだと!恩を忘れやが…!」


逆上した親父に、それ以上に逆上した銀の騎士。親父の股間を蹴り上げる。


「ぐぎょ!」


二度、…三度、…四度。容赦のない蹴り上げ。失神し、口から泡と血を流す親父。


「こいつは脳が腐ってやがる。謝罪も反省も期待できねえが、いいか?このまま牢にぶち込んでも?」


 青年騎士が少年に確認をとる。


「はい…。この父親には何も期待していません」


「ところで…、あなたが暴力を振るわれているのに、ご近所の大人たちは?この長屋なら、怒鳴り声は周囲に聞こえてもおかしくないはずですが…?」


 クレアの問いに、うつむく少年。


「……誰も助けてくれないです。近所の大人たちは『お父さんは酔ってないときは本当はいい人だから』と…。『ちゃんと言うこと聞けば大丈夫だ』って…」


「くそっ!無責任な大人ばかりだ、ここは!」


 少年の告白に、悪態をつくヒュンケ。そして、目を目合わせるクレアとガンツ。


 主人たるクレアが考えを述べる。


 「他の子供たちも危ないと思う。今から保護できるだけ保護した方がいいと思うんだけど、どう?」


「賛成ではありますが…。拙者とヒュンケだけではこの一帯、手が回りません。いったん、戻って警備隊を呼んできましょう」


「やるなら、早くやろうぜ。こいつ牢にぶち込んで、小僧に飯を食わせてやる必要もある」


「わかりました。では、警備隊を連れて、そうしたら戻ってきましょう」


 ガンツが気絶した父親を担ぐ。ヒュンケを先頭に長家を出る。


 一歩、外に出ようとしたヒュンケが後ろに声をかける。


「お嬢と小僧は外に出るな。ガンツ先輩、そのクソ親父は置いて、俺の隣に」


 クレアがヒュンケの肩越しに外を見る。


 すでに長家の出口は、遠巻きに数十人の大人たちに塞がれていた。浮浪者然とした者からごろつきのような者たち、男と女。入り口を包囲されていたのだった。

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