芥川龍ノリスケ短篇集

黒田一択

『皮膚炎』

僕は大学の喫煙場所にSと云う僕の顔見知りを発見したため、彼の隣に腰を下ろした。が、どう云うわけかSは僕から意図的に顔をそむけているようだった。


「どうした」

「ちょっと顔に皮膚炎が出てしまったのでね」


Sは自嘲的な調子で言うと、ため息と共にマールボロの煙を吐いた。


「皮膚炎くらい何だと言うんだ、お前らしくもない」


Sは普段、いちいち細かいことを気にするような男ではなく、むしろ場の空気を明るくする陽気なムード・メイカーで、こういうSが皮膚炎なんかを気にするというのは僕にはちょっと意外だった。


「いや、皮膚炎自体はほとんど気にかからない」

「じゃあなぜ顔をそむけるのだ」

「皮膚炎になった原因を聞かれるのが嫌なのさ」

「では敢えて僕は聞かないから安心しろ」


僕のこの言葉にSは初めてこちらへまともに顔を向けた。確かにSの顔には数箇所赤い皮膚炎がまだらに発生していた。


「貴様は善い奴だな、しかし他の奴らは聞くだろう」

「何を」

「だから、皮膚炎になった原因だよ」


Sは煙草をもみ消しながら、少しイライラしているようだった。


「俺は卵アレルギーを持っている」

「では卵を食べて皮膚炎になったのか?」

「違う。卵を食べて皮膚炎になったのならどんなに良かったか」


僕は次第に僕の中にSの皮膚炎になった原因を知りたい欲求が意地悪に渦巻き始めるのを感じた。


「よし、相談に乗るから僕にだけその原因とやらを教えてくれ」

「貴様は敢えて聞かないと言ったじゃないか」

「一人より二人だ。他の奴らに知られないための作戦を考えようじゃないか」


Sはちょっと瞬きをしてためらいを見せたのち、「貴様は実に善い奴だな――よし」と言って語り始めた。


「俺はスティービー・ワンダーに憧れている」

「それと皮膚炎の原因と何の関係がある」

「スティービー・ワンダーのようになりたくて、昨夜、黒の油性マジックを顔中に塗ったのだ」

「それで肌がかぶれたのか」

「そうだ」                    

               

(了)

  

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