最強×チキン=0 最強最弱なゲス主人公の非英雄譚

鼈甲飴雨

一話 絶対最強しかしてチキン

 あれ。ここどこだ?

 確か、幼馴染の鼎と学校の優等生の幸とブッキングしたところまでは覚えてるんだけど。


「あれ?」


 暗黒空間の中に、淡い紫色の髪の少女がいる。顔がやたら整っていて、見目麗しいとはこのことか。メッチャ可愛い。つか神々しい。でもぺったんこだ。見渡す限りの大平野に少し物悲しくなったが、大丈夫だ。ロリ枠として将来安泰だろう。


「小此木裕也さん」


 外見通りの可愛らしい声音だったが、酷く落ち着いたそれが年齢差のギャップを感じさせる。とりあえず、軽く会釈しておく。


「あ、はい。裕也です。え、なにこれ。ここどこ?」

「裕也さんは浮気をしたとされ、彼女の関係でも肉体関係でも何でもなかった二人の共謀により、心臓を刺され命を落としました」

「え!? 俺死んでんの!?」

「ええ。というか、どうかと思うのですが……どうして二人に告白されて返事をしなかったのですか? 一年ももったいぶって……」

「えー、片方振ったら俺の脱童貞のためのピースが一つ減るじゃん。ていうか彼女関係なんてだるいし。何で俺刺されたんだ?」

「なんで、と真顔で訊けてしまうのですか……。普通に浮気したからですよ」

 彼女の関係ですらないあの関係を浮気で片付けていいのか? でも刺すことなくない!? 俺ももっと抜き差ししたかったよ、性的に!

 という本音はさておき。

「俺、どうなるの?」

「異世界へ飛んでもらおうかと。貴方は魂の質が強いのです。英雄に相応しい、のですが……素行が目に余ります」

「えー、俺真面目だよ。剣道一筋十六年だぜ!」

「その傍ら、後輩の女の子に指導の目的で体を触って殴られてましたね」

「あれは仕方ないんだって! しかも二の腕だけだったじゃん!? 何で殴られんの俺!?」

「女の子の体に、普通は触らないのです」

「だって教えようとしたら動くから確実に触れるじゃん!? 俺にどうしろと!? まぁ、それはどうでもいいや! 異世界ってことは、あれだろ!? エルフとか、ドワーフとかいたりして、可愛い女の子がいっぱいいて! コン○ームなんてないから脱童貞の際はウッハウハなんだろ!? で、異世界転生っつったらやっぱ俺勇者になっちゃったりして!? モテモテで子孫を残すだけで銅像まで建っちゃうだろうなウヒャヒャヒャ!」

「…………あの、世界を救う気は?」

 世界? 救う? あー、ダメダメ。俺そう言うの分からない。繊細でいなせなシャイボーイだし。

「無理無理。そういうの向いてない。そんな汗と涙のファンタジー俺の物語じゃないから。絶対嫌。さ、異世界転生させておーくれ!」

「…………分かりました。この私、ムーユエも一緒に行きましょう。お目付け役です」

「えー、要らねーよそんなの。俺はサラッと活躍して英雄になって可愛い女の子といんぐりもんぐりして沢山の子孫に囲まれながら、息子や娘が稼いでくれる報酬で生活していたいだけなんだ!」

「させません。貴方には、魔王を討伐してもらいます!」


 いんぐりもんぐりに突っ込んで欲しかったんだけど、まぁいいや。


「嫌だよ! 死んじゃうよ多分! そんな強そうなのはさておき、さあ! レッツ異世界……いや、待てよ?」

「?」

「あんたも可愛いから、お願いしたら俺の脱童貞に付き合ってくれる?」

「さ、行きましょー、魔王を倒す貴方の勇者な日々が待っていますよー」

「うわ、雑! なんか雑! 飽きて三日で放り出されるダイエットグッズみたいに扱いが雑だよ! え、ちょ、なんか光ってるし! いやぁああああああああ――――――――!?」


 こうして、俺こと小此木裕也は異世界転生を果たすのだった。

 …………にしたって刺すことなくね? あいつら。





  一話 絶対最強しかしてチキン


「異世界すげえ!」


 見た事もない石畳の街並み!

 すれ違う人々の髪色の豊富さ!

 見た目からして違う女の子達!


 色々凄い光景にテンションが上がりまくる! もう七億倍くらい上がっている!


「ここが異世界か……! ここでは俺を知ってる人間はいない……よし、まずは風俗に!」

「行かせません」


 何か鈍器のようなもので殴られた。え、なにそれ。宝石の付いたこん棒のようなもので殴られたんだけど。メッチャ後頭部痛い。


「えっと、ムーユエ、だっけ? なんで邪魔すんだよ! 俺の華麗な異世界計画に!」

「風俗から始まる異世界生活なんて誰が認めますか! 貴方は世界を救うんです! さ、お金はありますから、冒険者として登録に行きましょう!」

「いーやーだぁぁぁぁ! 戦いたくない! なんなら働きたくもない! 女神様、どうか俺に不労所得を……!」

「……手渡すとどうにかなるんですか?」

「俺が脱童貞する」

「はいはい行きましょーねー」

「あああああもう嫌だぁああああ――――っ! 帰せよぅ! 俺を日本に帰せよぅ!」

「今頃火葬されてますね、多分」

「メラメーラ!?」


 どうしてこうなった。どうして……?

 悲しい現実にそろそろ向き合わなければならないのだろうけれども、やっぱりもう少し逃避していたい。


「そういや、なんか俺にチート能力あったりするの?」

「貴方は元から剣の才能がカンストしてましたし、身体能力強化と言語理解は入れておきました」

「あー、言語はマジありがたいわ。ということは脱童貞も伝わるんだな」

「なぜその単語を一番先に持ってきた理由は聞きたくはないのでさっさといきましょう」

「やっぱ女神が働くとか言う選択肢はないの? ほら、綺麗だし風俗店でさ」

「い・き・ま・しょ・う?」

「あ、ハイ。すみません」


 あまりの迫力にちびっちゃいそうだった。こええよ女神。すげえ怖いよ。

 女神様が語ってくれた。俺みたいな異世界転生者でも過ごしやすい街、レガリアに俺達はいるのだそう。この国では騎士と冒険者が共存しており、騎士は大よそ警察の役割で、民間への細かな依頼は冒険者が請け負い、余所と比べると比較的仲がいいらしい。


 そんな中、クエストなどを纏める冒険者ギルドの支部にやってきた。外観は大きな屋敷みたいな感じだったが、中を見て納得した。中々にぎわってる。お、酒のニオイ?


「俺も酒飲んでいいの?」

「ダメです。私の目につくところでは飲ませませんからね」

「しょんなぁ……ビール飲みたかったなあ、後学のために」

「ここではお酒はバッカスと呼ばれています。赤ワインは黒ぶどうのバッカス、白ワインは白ぶどうのバッカス、ビールは麦のバッカス、というような感じで。さて、登録に行きましょうか」


 手を引っ張られる。うわ、女の子の手って柔らかいなあ。ムーユエが特別なのかな? よくは分からないけど、ちょっとドキドキ。俺って結構乙女なんじゃね?


 受付に立っていたエプロンドレス姿――まぁメイド服っぽいやつを着ている女の子が、ニコッと営業スマイルを浮かべている。うわ、可愛いな、この金髪の子。


「見ない顔なのでご挨拶させてください! シャルテと申します! ご登録でしょうか? 他の支部でカードを受け取っているなら、それをご提示くださいな!」

「登録しに来ました。こちらの男性をお願いします」

「はーい、それじゃこのカードに人差し指を乗せてください!」


 ボケもせず、茶色いカードに指を乗せる。青、銀、金、虹色に瞬いた後、浮かび上がってくる文字。


「おお! 虹色! 素質が最上級なんですよー! ジョブは……ソードマスター! 中級ジョブですね! レベル1ですが能力高いですねえ。単純な力と速さが高いですし、光力も使えるそうです!」

「光力ってなんぞ?」

「身体能力エネルギーです! ミルパンではチャクラって言い方もするそうですが。これがあると人間の力を超越する力を得るのだとか!」


 ああ、なるほどね。なんか体が異様に充実してたのはそれか。


 にしたってソードマスターねえ。もう少し勇者! とかパッとしたもんにならんものか。


 シャルテと名乗った女の子が、俺の全体像を見て首を傾げた。


「でも、剣を持ってないですね、ソードマスターなのに」

「フフフ、股間に一振りございます。……いでっ!? いでででっ!? こら、その杖で殴るのはやめろ! いてえんだよそれ!」


 ムーユエから攻撃されつつも、カードを受け取って、ポケットにしまう。


「にしても、変わった装いですね」


 そりゃ学ランのにTシャツだもの。この中世っぽい世界観を粉微塵に破壊していると言ってもいい。胸には穴が開いていた。多分そこから刺されたんだろう。恐ろしい。


「まーねー。ちょっと珍しいところから来たんだよ。それよりシャルテちゃん? 可愛いね。いいね、君のために俺の剣を捧げるよ……!」

「ふんっ!」

「いでええっ!? ムーユエ、さすがにそろそろ頭陥没するって! 痛いって!」

「いいですから、さっさとレベル上げて魔王を倒すのです」

「無理って言ってんじゃん。俺一般人だよ? 倒せるわけないない。現実見ようぜ?」

「かつての伝説の勇者も同じくソードマスターでした。これは運命の思し召しです」

「待って! 全国各地のソードマスター全員が該当するだろそれ!? 嫌だ! 俺は戦いたくない! ほら、薬草とかキノコとか採取しつつ、のんびり暮らそうよ! で、俺は脱童貞して毎日楽しく生きていけりゃいいんだって!」

「なりません!」

「ほー、そんなことを言うなら仕方がない。力づくは嫌だったんだが……」


 ムーユエと相対する。俺の尋常じゃない雰囲気に、彼女も息を飲んでいる。


「…………」


「日本ではな、とある武将がいい言葉残してんだわ。これぞ必計、その三十六……逃げるんだよぉぉぉぉ――――――――っ!!」


「なっ!?」


 飛ぶように俺は地面を駆ける。ふふふ、物々しい雰囲気を出すのは剣道で慣れっこだもんね。このまま一気に逃走じゃ! でも何の当てもなく走りまくるのも良くない。今はお腹も減っている。


 遠くで待ちなさいと叫ぶ声が聞こえる。こんなことしてる場合じゃない。遠くに小さな村が見える。そこまで走るぜ!


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお――――――――! 一発やるまで、死ねるかぁああああああああ――――――――ッ!!」


 そうして俺は風になった。





 汗まみれで小さな村にやってきたはいいんだが、喉乾いた、腹減った、マジで死ぬ……。


「う、ぐおォ……」


 ぐったりと倒れる俺。何事かと見物人が多数やってきているのを気配で感じたが、起き上がる気力もない。

 しかし、ざわめきの中から鈴を転がしたかのような声が届いた。


「ど、どうされました?」

「み、水……」

「分かりました! ちょっと待っててくださいね!」


 しばらくすると、口元に冷たい金属の感触。同時に流れ込み、染みわたっていく冷たい水。一口飲んだらたまらなくなって身を起こし、奪うように彼女から水筒を受け取ってそれを飲み干した。


「ぷっはー! 美味い……! うっ、なんか、元気になったらお腹減った……」

「あ、じゃあこれをどうぞ! この村の特産品だそうですよ!」


 あ、林檎だ。齧る。少し酸味が強いが、甘みが勝っている。そう感じていた頃には、既に軸だけとなっていた。


「ありがとう、君は?」

「ファミルフォ……いえ、ファーミと申します。貴方様は旅人なのですか? 見た事ない服です!」


 何かフルネームを言いそうになったが、略称で呼ばせようとしてる。長い名前が嫌いなのかな。よく分からん。略称がこの世界のしきたりなのかもしれないし。


 俺はポリポリと頬を掻きつつ、改めて頭を下げた。


「旅人っつーかなんつーか。つか、マジでサンキュな、ファーミ。できる限りでお礼するよ」

「あ、では……いざとなったら、この村とわたくしを守ってくださいね! 約束です!」

「あ、ああ……っていやちょっと待って!」

「うふふっ、ああ、と確かに聞きましたから! ありがとうございます!」


 約束してしまったか……まあ仕方があるまい。生命の危機を救ってもらったんだ。役に立つポーズくらいはしなければならない。約束を……破ると……いや、まさか。姉貴も異世界までは……いやでも、あの姉貴なら……。


 顔をあげると、愛らしい少女の顔。微笑む彼女は非常に上品だった。フードに隠れて顔はあまり見えないが、なんというか、銀髪が伸びていて、白い肌も非常に清楚な感じだ。


 ――と、乾いた鐘の音が鳴る。全員の目つきが剣呑になっていった。


「魔物だ! 東から出たぞぉぉぉぉ――――っ! 自警団、やるぞ!」

「ま、魔物!」


 その女の子も背中に背負っていた剣を抜いた。あ、マジモンじゃん。ガチで殺し合い……というか魔物? 魔物ってアレ? ゲームで言うとエネミー的な?


 地鳴りのような足音。ここからでも見えたのは、一つ目の巨人――多分、サイクロプス。四メートルくらいあるぞ、ありゃどうするんだ!? 周囲を囲んでる小さいのは、なんだろう。ゴブリン? にしてはデフォルメがキツイ。サイクロプスもだけど。


 まぁ、武器を持ってるのでなんつーか、こう……アレにやられるの悔しいだろうなあ的な感想しか浮かばない。


「って場合じゃねえ!」


 避難しなければ! 命が危険だ、命きけーん! さて、小屋にでも隠れて――


 ってあの女の子が、剣を持って突撃している。単純な力はあるようで、振り回されているきらいがあるものの、剣でゴブリンっぽいものをぶっ飛ばしながらサイクロプスに勇敢にも立ち向かっている。


「たぁああああああああ――――――――っ!」


 可愛く、そして勇ましい声だが、サイクロプスの表皮に剣が弾かれている。無理だ、そんな足元。あんな巨体を維持してる足が頑強でないわけがないだろうに。


 拳を避けきれず、彼女は吹っ飛んで地面を転がる。勢力は魔物が上とみる。このままだと、村が危ない感じがする。


 ……そうだな。約束を、俺がしてしまったんだ。

 大体勝てるわけなさそうだし、気はひっじょーに進まないが……


 拳を振りかぶるサイクロプス。ファーミに向けて飛来する拳――


「――――っ!?」


 よりも早く、俺は駆け抜けて彼女を掻っ攫う。

 おお、体が軽い。サイクロプスを蹴ってその場を離れつつ、彼女を降ろす。


「あ……!」

「剣借りるわ。村と君を守るって約束しちゃったし」


 地面に突き立っていた剣を引き抜く――と同時に、俺の中で何かがハマる感覚。そして体が先ほどまでよりも遥かに体が充実していくのを感じていた。こんな大振りな剣なのに、羽のように軽い。


 俺に向かってゴブリンが襲来するものの、一薙ぎが一陣の風の刃となってゴブリンを切り落とした。俺はそのまま、後ずさるサイクロプスに向かって駆け出し、大上段に剣を振りかぶった。


「っせぁああああああああああああ――――――――ッ!!」


 股抜けをしながら股下から剣を振り抜く。特に抵抗もなく、切っ先から生まれた風の刃がごくあっさりとサイクロプスを両断する。


 それを見て、ゴブリンは逃げていった。俺は剣を投げ捨て、ムッと周囲を埋め尽くしたどぎつい血のニオイにウッときながらも、座りこんだ。力を使った反動なのだろうか、一気に疲労がでてきた。


「はーっ、しんど……」


 フラフラと女の子が歩み寄ってくる。フードが取れて、上品で可愛い顔立ちがあらわになっていた。大きな青い瞳が、まっすぐに俺を見る。


「……貴方様ほどの剣士が、なぜ、武器も持たず……? それと、なぜ……助けてくれたのですか?」

「俺は剣士じゃないない。一般人。助けたのは、約束したからだよ。君と、この村を守るって。でも約束はこれっきりだからな。一回だけ。はい無効! もう知んねーからな!」


 剣を押し付けて、俺は思ったよりも大きな反動に大の字に寝転がる。

 遠くから再び地鳴り。だが、今度ばかりは違うだろう。人の声がする。


「女王様ぁぁぁぁ――――――――っ!!」

「あ、リューヤだ! ねえねえ、貴方様はいつまでここに滞在なさるのですか?」

「知らんよ……俺は逃げてただけだしな」

「どなたから?」

「それって、こんな顔の女神様かしら」

「そうそう、こんな感じのペタ胸女神で……げげえー! ムーユエ! どうしてここに!? あのスピードだと追いつけなかったはず!」

「めんどくさかったので転移しました。バインド!」


 うわ、俺の体を光の鎖が縛ってくるんだけど! わお、振りほどけねえ!


「さ、帰りますよー」

「いやぁああああ――――! 戦うのやーだー! お助けぇぇぇぇ~~~~っ!」

「あのー、お名前をー!」

「俺は裕也!」

「ユウヤ様……またお会いしましょー!」


 引きずられていく俺に手を振る彼女に、笑みを返すが、ざりざりと地面が痛い。


「あのー、転移するなら早く転移を……」

「痛くしなければ覚えないでしょう? 山道に入るまでこのままです」

「ヤダぁぁぁぁ! 優しくない! この女神全く優しくない! くそォ……! 早く逃げ出して女の子と一発ヌキヌキポンしたいんだぜ……!」

「黙りなさいこの屑猿野郎」

「口が! お前そのスタイルで口まで悪くなったらいよいよ貰い手がないぞコラァ!」

「スタイルのことを言いましたね! パニッシュメント!」

「うごがああああああ電撃ぃぃぃぃ――――――――っ!?」


 分かったことがある。転移できて、こちらをあっさりと拘束できるムーユエから逃げるのは、得策ではないのだと。


 その日、十七回目の真夜中の逃亡の際にそう悟って、俺は分からせられたのだった。





 あーチクショウ。朝日が眩しい。


 結局拘束魔術であるバインド(まんまだ)を掛けられたまま、布団ですまきにされて一晩を過ごすことに。

 あーあ、俺の美しいボディに痛々しい鎖の跡が……


「おはようございます。気持ちのいい朝ですね」

「お前には見えんのか! 苦しんでいるいたいけな男子高校生の姿が! 近い将来を憂う若者の姿が! これっぽっちも! 見えないのか!!」


 俺の悲哀に満ちた叫びも意に介さず、ムーユエは先に進む。


「はいはい、朝食にしましょう。とはいえ宿屋も厳しいですし、お金を貯めるまでどこかに居住したいのですが……」


 昨日はしっかりした宿屋に泊まっていた。俺はすまきで宙吊りだったけど。

 朝食などは出ない、泊りだけの本格派らしい。確かにベッドはこの文明にしては中々寝心地がいい部類だったが。大人しくしときゃよかった。


「ところでですよ、ムーユエさん。俺は大きなことを成し遂げたいんだ」

「おお、とうとう魔王討伐に行くと? よくぞ勇者! よく言いました!」

「そのためにはまず、自信を付けなければならないよな?」

「? ええ、そうですね。戦闘を重ねていけば貴方なら絶対に――」

「自信を付けると言うことは即ち! 俺が本当の意味で男にならなきゃなあ!? というわけで、ムーユエ。風俗行くからお金貸して」

「パニッシュメント」

「おぎゃごおおおおおおおお――――っ!? あ、朝から電撃は勘弁しろ!?」

「火焔と氷結系ならどっちがお好みですか?」

「電撃でいいです……」

「結構」


 あんちゃんしりに敷かれてんな、と言った通りすがりのてっぺんハゲテメェ覚えてろよ。


「さて、幻の銀色スライムを狙ってスライム狩りをしましょうか。依頼もあるでしょうし」

「スライムねえ……」


 某RPGのせいで最下級のモンスター的なイメージあるけど、ムフフなRPGでは服を溶かす要員として動員されてるんだよなあ。

 と言うことは、放っておいたらムーユエが毒牙に……


 …………。


 ポム、とムーユエの華奢な肩に手を置く。


「すまない、俺はお前でもがんばればいけると思うけど、基本ロリコンじゃないんだ」

「何か酷く失礼で侮辱極まりない考えが透けて見えるのですが」

「強く生きろ。胸が抉れてても誰かがきっと貰ってくれる――あんぎゃぁああああああああ――――――――っ!?」

「学ばない馬鹿は嫌いですが、逃げる気もなくなったようで何よりです」


 恒例と化したパニッシュメントを喰らいつつ、外に出ると、なんか騎士が建物を包囲していた。通り抜けようとすると、槍を構えられる。


「ねえムーユエ、これってこの地方特有の歓迎のあかしなのかな」

「さすがに異文化コミュニケーション過ぎるでしょう」

「だよなー」


 なんて困惑していたものの、俺達は表情を硬くする。やべえって、これ。さすがに逃げるのはしんどそう――


 と、


「槍を引きなさい! わたくしの恩人に何をするのです!」

「し、しかし、リューヤ騎士団長が……!」

「わたくしとリューヤと、どっちの言うことを聞くのですか?」

「……失礼しました、女王様!」


 槍が引いて、現れたのは――昨日のフードの女の子?


「あれ? ファーミ?」


 そう呼ぶと全員に動揺が奔り、騎士全体の殺気が俺に。こええええ! なにこれ! 俺何かしたの!?

 片手を地面と水平にスッと上げて、彼女は殺気を収めた。おお、すげえ。


「昨日はありがとうございました、わたくしの運命の方! わたくしの本当の名は、ファミロフォン・クイーン・ウェーランドと申します。このウェーランドの女王です。わたくし、ユウヤ様に一目惚れしました! サイクロプスを一撃で倒すあのお手並み、そして偉業を成し遂げられても何一つ飾らず、自然体で接してくださったその度量! 貴方様こそ、国父に相応しいとわたくしは思います!」

「え! それって君とエッチなことできるってこと!?」


 全員が何ほざいてんだこいつは的な視線を向けるものの、ファーミは笑顔のままグイグイ迫ってくる。


「ええ! ふふっ、ユウヤ様は好色でいらっしゃるのですね! でも大丈夫、英雄色を好むものです! さあ、誓いのキスをしましょう! わたくし、子どもは五人くらい欲しいのですけれども、さあ、さあさあさあ!」


 何だか怖くなって後ずさり……し過ぎて背中に壁が。目を爛々と輝かせる彼女に引きつっているだろう顔で向き直る。


「い、い、いや、あの、その……い、嫌じゃないの? 昨日あったばっかだよ俺達?」

「愛に時間など関係ないのです! さあ、誓いのキスを……んーっ!」


 キス顔が目の前に迫る……うわ、可愛い。桜色の淡い唇がほのかに突き出されるものの、やはり! 納得! しがたい!


「ひぃぃぃぃっ!? そんな、いきなり無理! 絶対無理! ほぼ初対面の女子とキスできるかぁ! 童貞舐めてんのかコラァ!」


 ファーミを引きはがすと、騎士達が親指を立てて肩に手を置いてくる。


「強く生きな、ヘタレ野郎めが。飴ちゃんでもいるかい?」「いい店教えてやろうか? 童貞くん」「なんだかんだ女王に手を出さないと信じてたぜ!」「お前結構かわいい顔してんじゃねえか」「にしたって女王様別人みたいだぜ……これが本性か」


 いやお前ら女王の前で童貞童貞と……というか信じてたぜとかほざいてるやつ血涙出てるんだが。怖いんだが。ていうか最後から二番目のやつ誰だよ! ムチャクチャ怖えよ!


 ファーミは不服そうに頬を膨らませている。子どもっぽい印象の造作がやたら強調されるが、それよりも胸元に目が言った。ムーユエにはない圧倒的なふくらみが! ああ、色々挟まれたい。でもいきなり貞操の危機はマジ勘弁。


 だって俺にだって! 理想くらいあるんですよ奥さん!


「わたくしは、一度言った言葉は絶対に曲げません! 好きです、ユウヤ様! わたくしと子作りしてください! さあ! 幸い宿屋前ですし!」

「いやー……」


 え、このままなし崩し的にHすると、俺のルート確定しちゃうの? いや、姫様とか一度は致してみたいレアキャラもレアキャラなんだけど……まだ見ぬ美少女がいるかもじゃん?


 おお、ムーユエが立ちはだかっている。


「この人は魔王を滅ぼすために生きているので、それは遠慮して頂きたく」

「滅ぼさない滅ぼさない。魔王が美少女ならちゅっちゅしたい」

「黙りなさいこのヘタレ童貞」

「あんたガチで容赦なくなってきたな……」


 丁寧語すらも投げやりな対応に少々泣きたくなる。

 ムーユエとファーミの睨み合いとなった。女神と女王か。今のうちにそそくさと逃げよう。そうしよう。


 そう、逃げる時は音もなく。不意に音を立てて忍び寄っちゃだめだ。そーっと、音を立てないように、そそくさと……


「バインド」

「バレてるー!」


 地面に転がる俺に駆け寄るファーミ。あ、パンツ見えた。純白が眩しい。

「ああっ、ユウヤ様! ちょっと貴女! わたくしの夫に何をするんですか!」

「夫じゃない夫じゃない」


 勝手に関係性をステップアップしないで欲しい。


「この馬鹿犬は私の下でレベルを上げて、魔王を倒さねばならないのです。女王殿下、お引き取りを。他に良い人は山ほどいます」

「ユウヤ様以上の方はいません! それに、貴女みたいなちっちゃい女の子がユウヤ様を満足させられるとも思いません!」

「では、魔王を倒した暁には、このユウヤを差し出しましょう」

「むっ……分かりました」

「えっ、分かっちゃうの?」


 俺の意見も聞いてくれよ。


「騎士の皆さん、わたくしはユウヤ様と一緒に暮らしますので、以後の指示は弟であるクライネルにお願いしますね」

「かしこまりました! しかし、最低限の護衛を付けろとのことで……神聖騎士であるアスカ・ホーリーナイト・ナカノをお付けします」

「アスカちゃんですね、頼もしい!」


 日本人っぽいなとかちょっと思ったが、ホーリーナイトというミドルネームが全てを持っていった。だっせぇ。ホーリーナイトて。実際に名乗られたら吹き出してしまわないか若干心配。


「というわけで、是非ユウヤ様のPTに入れてください!」

「うーん、どうするムーユエ」

「加わってもらいましょう。姫はともかく、神聖騎士は武術と光の補助魔術に長けています。私は攻撃は苦手ではあるものの、一応はできますが」

「得意な癖に……あ、ハイ、すみません。杖をこっちに向けないでください」

「一応、できますが。あくまで回復と補助に特化しておりますので。ジョブはまんま最上級の『女神』です」

「わぁ! 女神! わたくしはロードなんです!」

「下級ジョブロード……ですが光力の波動を感じますね。使えそうです」


 ムーユエは意外に計算高い女らしい。使えるか使えないかで人を判断している。お前の方がよっぽどくずいと俺は思うわけだ。


「にしても、ムーユエはなんで魔王を倒そうとしてんの?」


 言うと、彼女は屈むように指示した。身長差がえぐいので、こうしないと内緒話ができない。


(……魔術のある世界を魔界と呼んでいるのですが、私は魔界治安維持を担当しておりまして。魔物との勢力バランスが劣勢の場所へ勇者を派遣し、世界を救ってもらう。これが私の仕事なのです。本来は私自身は出向かないのですが……今世の魔王は強力無比で、それに対応する強烈な魂の持ち主は、ほんっとーに残念ながら貴方くらいで。今は私の代わりに後輩がやっているはずです。分かりましたか?)

(そっか。ま、俺には関係ないな!)「っていでええええええええ――――――――っ!?」


 思いっきり足を踏まれて俺は跳びあがった。


「まぁ、言葉責めがそんなに嬉しいだなんて」

「こんの暴力女神が! テメェ一回どっちが上か分からせてやろうか!?」

「試してみますか……?」


 甘い囁きに彼女は自分の胸元を引っ張るが……ない。


「ムーユエ、お前……! 胸が……っ!」

「元からありません」


 切ねえ答えが返ってきやがった。


 それを見ていたファーミが目を輝かせてこっちにやってくる。


「言葉責めとは何ですか!」

「喰いついちゃったよ……!」

「言葉でアタックすることです」

「まぁ雑な説明ですこと!」

「なるほど!」


 俺の嫌味なツッコミはムーユエに届かなかった。その代わり耳元に迫るファーミをどうにかしなきゃ、と思ってたら息を吸い込んでる。目いっぱい。


「ユウヤ様! 好きです! 愛しています! 好き好き好き好きぃ~!!」

「うおおおおお! 耳元で大音量で叫ぶな! 俺がお前の膜破るんじゃなくて俺の鼓膜破るつもりか!?」

「膜?」

「ごめんなさいね、女王様。彼はちょっと頭湧いちゃってる系のヘタレ屑童貞野郎なので」

「ムーユエ、もうちょっと俺に優しくして?」

「貴方は優しくしてたらつけあがるでしょう?」

「いつか絶対に逃げ切ってやるからな……!」


 こんな優しくない女なんかいらないわ。俺に優しい都合の良くて後腐れない巨乳な女の子にチヤホヤされたい。


「というわけで! よろしくです!」


 ニッコリとそう微笑む彼女に、ムーユエは頷き、俺は乾いた笑いをこぼした。零すしかなかった。


 ……姫様って属性の美少女から告白されたんだけど、なんかいざ告白されるとバックがめんどくさそうで後腐れしそうなのがとてもアレだった。

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