第21話 復習は躊躇わない


 俺は瀕死の爪田に応えた。


「聞こえている。何のようだ」 


「……よくも、ちからを、隠していたな」


「隠してねーよ。死地をくぐり抜けて、圧倒的成長をしただけだ」


「ふふ。俺のことがおもしろいか? 笑うなら笑えよ」


「笑えないな。お前らの趣味は理解できないからな」


 爪田達採掘パーティは全滅していた。


 皆氷のブレスで氷漬けとなった後、人体を破壊されている。


 だが爪田だけはは凍ったまま、上半身がそのまま残っていた。


 ドラゴンブレスの熱で上半身の一部が解凍され、かろうじて生きていたのだ。


「凍ったことで、まだ死んでないようだな」


「ああ。もう死ぬんだってわかるよ」


「ひとつだけ聞きたい。お前らは……」


 俺は上手く言葉にできない。


「お前らのような人間はどうして、人を傷つけることに躊躇いがないんだ?」


 爪田は凍ったまま、微かに笑う。


「人を傷つけるとか考えるのがそもそもだりーだろうが」


 爪田は、俺の質問に素直に答えた。


「……脳の中に機能がないんだな」


「つか優しさとかなんとか言ってる奴が、俺はわかんねーよ。だからわかるやつで徒党を組むんだろ?」


「……」


「死に際だからいいたいことをいうぜ。この世は弱肉強食で、『いい人は都合がいい人』だろ? だから他人の痛みなんかどーでもいいし、上に立つことで気持ちよくなれる。それだけのことじゃん?」


「そっか。わかったよ」


 俺は理解してしまう。

 はなから違う人種だった。


 それだけの話だったんだ。


「俺はお前を笑わない。品性まで失っていないからな。だが復讐はする」


「ひでーやつ。死にそうなんだ。優しくしてくれよ」


 俺に罪悪感は無い。



「俺の功績は奪われた。追放され、嘘つき呼ばわりされ、街に入れなくなった。石を投げられ、存在の権利さえ剥奪された」


「毒島さんがそうしたって言ってたっけな。肺活量君は二度と街に入れねーようにってな。だが奪われる奴がわりーんだろ?」


「ああ。だから奪い返すことにした」


 爪田は苦しそうに顔を歪める。


 上半身のみとなり、氷漬けになったことでかろうじて生きているに過ぎないのだ。


 氷が溶けるごとに、痛みが一気に襲い来るのだろう。


『いてぇ。いてぇよ』と断末魔をあげた。


 他の氷像の人らも即死したかに思えたが、息を吹き返したものもいた。


『いでえ』『苦しい』『つらい』

『コロ、シテ』『コロシテ』


 俺はブレスバレッドで心臓を打ち抜き、楽にしてやる。


『ありが……』


 爪田だけはまだ殺さない。


「いてぇ。いてぇ。いてぇ……。もう殺してくれよ。神裂アルト。お前は強い奴だよ……。認めるから、さ。せめて楽にして」


 最後に爪田は俺を認めた。

 今更だった。


 お前が認めてくるという行為がすでに傲慢なんだよ。


 もう遅い。

 もう、遅いんだ。


「ここでみているよ」


「みているだけ?」


「そうだ」


「待ってくれよ! せめて楽にして、殺してくれよぉ」


「奈落の苦しみはよくわかるよ。だからお前が苦しんでくれると俺も嬉しい」


 俺は笑っていた。


 奈落の笑み、なのだろう。


「なんで? ナンデコンナヒドイコトヲ?! 人の心とかナイノカヨォ?!」


「【取り戻したいから】。それに。お前が言っている言葉は、鳴き声でただのフレーズだろ?」


「違う。違うよぉ!」


「漫画では鬼だの魔物だのが人の心がないと描かれる。でも、そうじゃないよな。人間の姿で言葉を話していているくせに、心がない人間だっているだろ?」


「そんなこというなよ。……ぎがああ! 心は誰にだって、あるだろ?!」


「お前らは心がない」


「ふざけんな! 楽にしてくれるだけで、いいんだ!あまりに!残酷すぎる!」


 ソウルワールドは未開拓の世界で、ここは深層の未開配信のダンジョンだ。

 だったら俺も覚悟は決まってる。


「鳴き声がうるさい」


「たすけて……。クソ。クソがぁ!命乞いをしてるってのに! てめぇ。てめぇええ、いでええええ!!」



 俺は自分にも心がないのではと思う。


 生前、駅前で倒れた知らないおじいちゃんに声をかけ、救急車を呼んだことがある。


 喧嘩の仲裁をしたり、交通事故にあった同級生のために、民家に入って電話を借りたこともあったっけな。


 大丈夫だ。


 俺のことは俺が決める。


 俺は心がある。


 そしてこいつらは心がない。


 俺は人間で、こいつらは人の皮を被った何かだ。


 

 実は優しいとか、人は単純じゃないとか、じっくり向き合えば改心するとか


 そういう あやふやがあるから、のさばるんだろう?


 助けるな。


 見殺しにしろ。


 俺は自分に言い聞かせる。


「断末魔が心地良いぜ」


 残酷なことにまだ、抵抗があるんだ。


 罪悪感がある。


 優しさとか、可哀想という心が首をもたげてくるんだ。


 だが俺の中の悪魔の心が囁いてくる。


 追放され、存在を許されず、街から追い出され、あてもなく奈落に行くしかなかった。


 実質的な死刑宣告だ。


 一度、殺されたなら。


 殺すのが筋だ。


 悪魔がささやく。


『カスのこいつらが生き延びることと、まともなお前が生き延びること。どっちが世界にとっていいことだ?』


 俺の中の悪魔は正論だった。


「俺が生きることだ」


「それでいい」


 決断を下すと悪魔は俺の中で、同化した。


「弱肉強食。そのとおりだったな」


「この、や……。ころ、す……」


 爪田は息も絶え絶えだった。


 やがて絶命した。


 まぶたは閉じてやる。


 死体はもう爪田ではないからだ。



「ラビが見ていなくて本当によかった」

 

 死を前にし、気分は最悪だった。


 同時に『必要なことだ』と思った。


「許せるわけないだろ」


 甘さを捨てなければ生き残れない。


 だから残酷になりたかった。


 この世界が【不条理】そのものならば……。


 俺もまた【不条理になりたい】。


 【規格外】ということだ。


 【逸脱を躊躇わない】ということだ。



 俺の背後にはダンジョン深層からムカデ型魔獣が現れ始める。


『チュウゥウ、シュウウウウウ……!』


 奈落竜が倒されたことで、目覚めたのだろう。

 全長1メートルほどの巨大昆虫らが、5、6体群れとなっていた。


 氷漬けとなったパーティの死骸が虫型魔獣に食われていく。

 爪田もまた虫に咀嚼されて消えた。


 俺は無感動に人間が死ぬ様子を眺めた。


「俺も回復したようだ。ラビとタキナも守らないとだからな」


 虫型魔獣らに、俺は口腔を向ける。


 二度目の〈ドラゴンブレス〉だ。


 ごううぅうう、と火炎がはなたれ、氷漬けパーティを食べた、巨大昆虫達は燃えていった。


 虫の胃袋に食わせてから焼いた。


 あまりに残酷だ。


 けど、これでいい。


「がっは。だがブレスも慣れてきたぜ」


 ドラゴンブレスは疲れるが、だんだん使いこなせて来た。


 タキナとラビの呼吸は背後からちゃんと聞こえる。




 洞窟を戻るとふたりは、奈落竜の死骸の前にいた。


「先にいったんじゃなかったのか?」


「戦利品は必要だろ? ラビと一緒に奈落竜を解体してるんだ」


 ラビはナイフを器用に操り奈落竜を解体していた。


「えへへ」


 シーフクラスだからか身体は小さくても逞しいところがある。


 俺もタキナのいうとおりに解体を手伝った。


「この部位はなんだ?」

「〈竜の肺〉だよ」


 タキナが取り出したのは〈竜の肺〉だった。桃色の肺がビクンビクンと脈打つ。


「肺なんて、何かの役に立つのか?」


「普通は肺なんて取らない。これはあんた用だ」


「俺用?」


「〈肺〉が役に立つかはわからないから、もちろん竜鱗や牙や爪も持っていく。けど〈竜の肺〉はあんたにとって価値があると思う」


 ずっしりと重い〈肺〉だったが、俺には可能性の塊に思えた。


「収穫だな」


「帰ろうかね」


「楽しみだなあ」


 俺達は全身がくたくただったが、戦利品をいっぱい詰めた袋を持って洞窟を出た。



 兎の洞穴についた頃には、倒れるように眠ってしまった。


 俺だけが手の中に〈復讐の感触〉を抱いている。


(これでいい。殺さなければ、どのみち死んでいた。いくところまで行ってやる)


 それでも、ふたりを巻き込むことだけはしたくない。


 俺は〈復讐の感触〉をぎゅっと握りしめる。


 罪悪感が蝕んでいたが。


(罪の意識がなんだっていうんだ?)


 ベッドの隣ではラビが眠っている。


「すぅ、すぅ……」


 罪の意識があるとすれば、俺の残酷さがラビの優しさに似つかわしくということだろう。


(彼女を守れるなら……。悪人にでもなるさ)


 ラビを守るという思いを強く抱くと、俺の中の罪の意識は消えていった。






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