第14話 イバラの華麗な生活


 毒島アキラと姫宮イバラは王都で要職を得、その収入で豪邸に済んでいた。


 毒沼竜討伐によって〈リスタルの街〉の鉱山活動も再開。


 鉱山利権の地位につき、何不自由無い生活を過ごしていたのだ。


「他人を働かせて食う飯は美味いぜ」


 朝食はステーキだった。

 肉汁を飛び散らせながら、毒島は肉をかっ込んでいく。


「どーしてるのかな。アルト」

「ぁん? 肺活量君は死んだろ。武器屋にも宿屋にも噂を流してやった。社会的に抹殺してやったろ」


「うっわ。そこまでしたの? 毒島さん悪すぎぃ」

「お前が綺麗だから悪いんだろイバラよぉ。俺はあいつが取り返しに来るかって、ひやひやしてんだぜ」


「ありえないでしょ。ヘタレだもん」


 イバラは一緒に入院していたときのことを思い出す。


――『ソウルワールドにいったら俺が守ってやるからよ』――


「嘘つきだし」

「ぁん?」


「なんでもなーい。それよりねえ毒島さん。パーティ結成期に話してた人いたじゃん」


「魔山さんか?」


「魔山紫苑さんだっけ。あの人だよね? 私達に毒沼竜の洞窟を紹介してくれたの」


「おう。おかげですべてがうまくいったぜ」


 イバラはパーティー結成時のことを思い出す。


 アルトをパーティーに引き込む前に、毒島は魔山と出会い、洞窟の情報を吹き込まれていたのだ。


 パーティに入りたてのイバラは毒島と魔山の会話を聞いていた。



『毒沼竜の洞窟が稼げますよ。鉱山利権が停滞しています』

『てめーは信用できる奴なのか?』


『私は二桁台の参入者です。333期のあなた達よりもはるかに情報を得ている』

『なるほどな。あんたにつくのも悪くない』


 魔山と毒島は〈握手〉を交わした。


『お近づきの仲間の印です』

『熱いこというじゃねーか』


 魔山は毒島パーティ全員と握手を交わしていた。


『ではご武運を』


 思い出すに魔山は怪しい男なのだが……。


(あの握手、何かしたな。毒島がこんなに従順になるなんて)


 イバラもまた魔山と握手をしていた。

 掌を見ると、あることに気づく。 


(手相が変わっている)

 

 普通に生きていたならば絶対に気づかない〈線〉だがイバラは気づいた。

 生命線や運命線、知能線がぐにゃりと曲がり〈星型〉の形となっていた。


(いつから、こうなっていただろう。ありえない手相だ。魔山との握手が原因か?)



「ねえ毒島さん。手相みせてよ」

「おう。いーぜ」


 毒島のぶよぶよした手にも〈星型〉の手相が刻まれていた。

 人間にあるはず生命線や運命線などの手相がぐにゃりとねじ曲がっている。


「おう。星型なんて格好良いじゃねーか。ソウルワールドに来たからかな?」


 毒島は楽観的だ。


「おそろいってことだな」


 イバラはきゅんときてしまう。


 そうだ。強い人に拾われた。

 お金だって安泰だ。


 アルトみたいな弱い男は忘れるに限る。

 ふと毒島にひょいと抱えられた。


「きゃっ」


 天蓋のあるベッドへ連れて行かれる。


「金も食いもんも自動的に入ってくるんだ。久しぶりに、な? 楽しもうぜぇ」


 イバラの心の中では、大事な感情が浮かんでくる。


(あの魔山紫苑って男。危険な臭いがしたけれど)


 懸念はすぐに泡になって消えた。


 王都で得た豪邸。


 お姫様が寝るような煌びやかなベッド。


 あとは楽しいことをして過ごせば一日が終わる。


(忘れたって事は、大事なことじゃないよね)


 毒島の太い腕に横たえられ、イバラは目を瞑る。


(考える必要はないんだ)


 気持ちいいことに身を委ねるだけで、もう人生は安泰なのだから。




 豪邸の寝室でイバラは裸のまま眠っている。


 散々もてあそばれたが、なんだかんだで毒島はいい人だ。


 湿り気のあるシーツが何故か心地良い。


(アルト君はどうしてるかなぁ)



 イバラは大きく膨らんだ乳房を弄る。

 病院で入院していたときは、アルトとは恋人になるものだと思っていた。


 三ヶ月の入院生活の中で最初のうちは励まし合っていた。


『一緒に病気を治して元気に復帰しような』


 そう元気づけたのはアルトだ。


 だけどイバラがセンチメンタルなものが嫌いなのも事実だった。



 そういうんじゃないのよ。

 何励ましちゃってんの?


 実際、ふたりがいた場所は末期患者の病棟だ。


 現世では死が確定していた。


 だからこそイバラはソウルワールドに申請して、死後魂を移植して貰ったのだ。


(まあ親との通信なんかできないんだけどね)


 イバラは両親と通信を繋げる気にはなれなかった。


 最後まで面会にはこなかったからだ。


 家はお金には恵まれていたけれど。


 イバラが両親にとってお荷物であることは、十分伝わっていた。


 末期病棟に入院することになったときの、母の疎ましい瞳。

 父の面倒くさそうなため息。


 優しくしてくれたのはアルトだけだった。


(でも彼じゃ駄目なのよね。私を連れて行ってくれる強引さがない。雄としての能力が決定的に足りない。要するに弱い人だった。雑魚の優しさなんて。かったるいだけだわ。本当に疎ましかったわ)


 イバラは自由な世界を夢見ていた。

 身体が自由に動くなら。


 こんな弱い男じゃなくて、もっと素敵な人がゴロゴロ寄ってくるはずだった。


 だからアルトの病院での励ましは、みじめさを加速させた。

 適当に嘘をついて『うん』と応えておいたけど。


 励ましたりなんかするなよな。


 そうじゃないんだよ。


 他人を蹴落としてお酒とお肉を持ってきて『がははは』と笑って……。

 人の死にも無頓着な、そんな男がいい。


 そしてイバラが、死にそうになっても残酷に見捨ててほしい。

 だってイバラだって、残酷に見捨てる側だから。


 優しい人の行動原理じゃない。

 残酷な人の行動原理がよくわかるから。


 だからアルトは、いらなかった。


「今は、はぁ~。金持ちと結婚して幸せだわ~」


 イバラは豪邸のベッドで裸のままのびる。


「紅茶でもいれようかか~。最高級の葉っぱをひとりじめしよ」



 毒島は魔山の招集を受けて、仕事に出ている。

 イバラは魔山紫苑のことを思い出す。


 銀髪で糸目のスーツを着た男だった。


 今は毒島の上司のような人だが、何を考えているのだろう?


 部屋がコンコンとノックされる。


「誰?」

「魔山紫苑です」


 魔山を呼んだ覚えはなかった。

 魔山は毒島と会っているのではなかったか?


「どうぞ、入ってください」

「ではお言葉に甘えて。お久しぶりですね。姫宮イバラさん」


 だが何故かイバラは裸のままで魔山を部屋に入れてしまう。


(なぜ私は彼を入れたの?)


 毒島に鉱山利権を紹介した『二桁台』のソウルワールド参入者。


 銀髪のスーツの糸目の男、魔山紫苑が裸のイバラと対峙した。


――――――――――――――――――――――――――――

悪です笑(ちょっと楽しくなってる)

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