悪のご令嬢さま、女騎士団を作るって本気ですか⁉︎

綾坂キョウ

1-1 婚約破棄は突然に

「ただいまをもって、第一王子レジナルド・フォン・ロディオム殿下と伯爵家令嬢ルビシア・アーマンドの婚約を、破棄するものとする」


 朗々とした声が広間に響く。途端に、その場にいる家族たちがざわざわと騒ぎ出すのを、フィニフィは愕然とした思いで聞いていた。


(なんで……いくらなんでも、


 フィニフィのすぐ隣には、第一王子であるレジナルドがいた——が、その顔を見上げることは恐ろしくてできなかった。

 たった今、婚約破棄を彼がどんな想いでいるのか。フィニフィには想像もつかない。


 対して、婚約破棄をであるルビシアは、普段通りの顔をしていた。

 豊かな金髪を掻き上げながら、紅い瞳をやや細め、形の良い唇の端を上げ。つまり——フィニフィに言わせれば「不敵で傲慢な笑み」を浮かべながら、こちらを見下していた。


「きみは、自分がなにを言っているのか分かっているのかい? ルビシア」

 レジナルドの声は穏やかだった。階段上にいるルビシアを見上げ、静かに。まるで諭すように続ける。


「一介の伯爵令嬢に過ぎないきみが、婚約破棄を一方的に宣言するなんて。そんなわがままが許されると思うのかい」

「いいえ、思いません」

 きっぱりと、ルビシアはそう言いきった。

 バカじゃないの、なんで楽しそうなの——そう言いたい気持ちを抑え、フィニフィは口を閉ざし続ける。というより、閉ざす以外にしようがなかった。


 本当は、フィニフィだってこのときを待っていた。そのはずだった。

 生まれながらの地位と、誰もが思わず振り返って見つめてしまうほどの美貌。そして、幼い頃より定められた第一王子との婚約。

 その恵まれた環境と資質から、常に傲慢な笑みと不遜な態度を崩さないルビシア。そんな彼女を一部の貴族たちが「アレは将来、王室や国を傾けるような悪女になるに違いない」と噂し合っているのをフィニフィは何度となく聞いているし——フィニフィ自身、そんなが大嫌いだった。市井で育った愛人の子である自分が持てなかった全てを、容易く他にする腹違いの姉。


 その全てを——奪ってやろうと、そう決めた。


 だからこの夜会で、レジナルドに近づくことにした。いつかその横も奪うため。少しずつ親しくなっていき、いつか婚約破棄を仕向けて自分が姉の後釜につく。


 そのつもりだったの、だが。


(王子には今から話しかけるところだったのに——なんでこのタイミングで。しかもあなたからそんなことを⁉︎)

 レジナルドの言う通り。王室との婚約破棄を、一臣下にすぎない伯爵家の——それも令嬢が一方的に宣言するなど。

 そんなこと、許されるはずがない。下手したら、家の取り潰しだ。


 しかし、ルビシアはこの期に及んで堂々と微笑みながら続けた。手に持つ扇ですっとこちらを指しながら。

「殿下とわたくしとの婚姻は、もともと家柄ゆえに決まったもの。であれば、わたくしの代わりに、妹を差し出しましょう。いかがかしら?——フィニフィ」

「えぇっ⁉︎ わ、わたし……ですかっ?」

 急な飛び火に、フィニフィは思わず頓狂な声をあげてしまった。


(冗談でしょ……なに考えてるの一体っ)

 王子の婚約者。その立場を奪ってやると、そう考えていた。考えてはいたが——こんな流れは、あまりに想定外すぎる。


「フィニフィは、わたくしの自慢の妹です。きっと、殿下のことをよく支え——ひいては良き王妃となりますわ」

 にっこりと、ルビシアは告げる。周囲の視線が痛くて、フィニフィは身体を強張らせた。こんな状況では、下手に動くことも、口を開くこともできない。


 それで、とレジナルドが笑う。

「その未来を捨てて、きみは一体何をしようっていうんだい?」


 その瞬間。

 姉の目がきらりと輝いたように——フィニフィには確かに感じられた。


 傲慢不遜。


 そんな言葉がぴったりな笑顔で、ルビシアはハッキリとそれを口にした。

 希望ではなく、まるで決定事項であるように。


「王立騎士団に、女性騎士師団を設立させます」

 

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