序話 ソーダ水に溺れる 2
今日はキムチ鍋。日本産のキムチ鍋のもとを使う安全レシピ。
豆腐にニラ、豚肉小間にモヤシ、キャベツ、鶏団子、舞茸、ネギ、〆のちゃんぽん麺と食べ応えも栄養も抜群の品。夏バテを吹き飛ばすピリ辛さも魅力。
「んで、規定量よりも少し多く水を入れて、んで、本だしか白出汁をチョロっと。これ大事っす。単純なキムチ鍋の元じゃ旨味がたんないんすよ」
「ほうほう」
「んで、着火。具材を入れて、後は待つだけ。あ、豆腐は木綿がいいっすよ。絹の方が好きな人多いけど取りにくいし。んで、カセットコンロのボンベ側に絶対に鍋をはみ出させないことっス。爆発するっすよマジで」
「なるほどな」
「豚肉は食べる直前に入れた方が硬くならずに済むッス。逆に鶏団子はさっさと火を通したいんで最初に入れちゃいます。メモできました?」
「おう、メモった! その、水炊きも出汁を入れるのか?」
「入れた方がいいっすね。どうせポン酢使うだろうって完全に水と鶏肉で作る家庭もあるんっすけど、下味になるんで入れた方が得策かなーと。白だしはあると便利なんで買っとくと色んなもんに使いまわせるっすよ」
「よく分かった。メモメモ……。水炊きの場合、〆って何になるんだ?」
「うどんか雑炊かちゃんぽん麺っすね。味がしっかりしてたらちゃんぽん麺の方が美味いですし、鶏出汁と和風だしの親和性からうどんも良く好まれるっす。中にはうどんと雑炊、両方やるところもあるっすねー」
「ほー。やべ、腹減ってきた」
「これからは日曜日は先生の鍋物にしましょ。何事も練習です。んで、一緒の鍋をつつくと、こう、仲間になれてる感があっていっすよ!」
懐かしい。男子寮で最初にやったのも鍋だったっけ。
あの頃はまだ寒かった。三寒四温というが、その三寒のピーク、入学前に作ったやつだ。
家事を放置されている現状を許せずに行動したあの頃。それが今も続いている。
男子寮の寮母先生は未だに姿も見たことがないけど……いつか会えるのだろうか。
「お、沸騰してきたぞ! もういいか!?」
「鶏団子が生煮えでいいなら。ほら、浮いてくるんで、それが目安っす」
「ほむほむ」
鶺鴒先生はとにかくメモ派だった。新しく料理メモというものを作ったらしい。別に普段からメモを取ってないと意味がない、といったところ、おかんむりだったらしくみっしりと書き込まれた都合四十冊ほどあるメモ帳を見せられた。どういう内容か分かるように大まかな目次まであるスーパー仕様。そんなにしてるならもう頭に入ってるだろとは思うが。
「次のキムチ鍋は完璧だぜ!」
「いや、次は水炊きにしましょ。その次がごま豆乳で、これも和風出汁系です。ピリ辛にすれば担々鍋もできますよ!」
「美味そうだな……よし、ビシビシ頼むぜ! これができるようになってから、普通の料理を覚えるわ」
「それがいいですね。下ごしらえで料理の基本は学べるでしょうし、煮っぱなしならカレーや肉じゃがもそう遠くないっすよ」
「ふふふ、我が才能が恐ろしい……」
いや自分で作ってから言えよ。
そう思いながら、キムチ鍋の方を味見してみる。うん、良い感じ。辛さと美味さが混ざっている。ベースが和風だからか馴染みのある味だ。
「よーし、みんなを呼んでこい!」
「来てます」
「おお、椋鳥。お、鵯もいんじゃん! 川蝉も、どしたどした、さっさと食おうぜ。アタシも手伝ったんだよこれ。目代は……まあ、どうせどっかほっつき歩いてんだろ」
「へー! 鶺鴒先生料理できたんだね、レトルトばっかりだしてたからてっきり……」
川蝉先輩が意外そうにそういうので、俺は頷いて見せる。
「今日から弟子二号。土曜は椋鳥のカレー、日曜はセンセの鍋だ。平日は俺がフル回転すっから」
「うわ、美味しそうやん! やるやん先生!」
「だろ? もっと褒めて!」
意外に欲しがるな、先生……。
「とーう!」
「あぶね!? 瑠璃ちゃん先輩、飛びつくのやめてくださいよー。俺彼女いますし」
「そーよ先輩。あんまりやられると、その……」
「へっへーんだ。まだ私は諦めてないもんねー。ちゅ」
あ。
「「ああああああああああああっ!?」」
やってきた桜子と小春の声がハモった。
「へへっ、奪ってやったぜ!」
ほっぺにチューだが、瑠璃ちゃん先輩は顔を真っ赤にしてもじもじしていた。何だこの愛らしい生き物。
「泰斗、デレデレすんなや!」
「しゃーねーだろ……俺モテ期なんて来ないと思ってたから」
「孔雀先輩に発情……羽斗さん、ひょっとして……ろ――」
「違う違う桜子、俺はそういうんじゃないから」
心の中でサムズアップしている笹見を殴り倒して、俺は席に着く。
「食おうぜ。頂きます!」
強引な路線変更だったが、意外にも全員大人しく席に着く。
目代先輩はいないが、みんなで囲んだ鍋は想像以上に美味しかった。〆のちゃんぽんまでしっかりと食べ終えて、初めての鍋は大成功に終わったのだった。
こういうことも、少なくない。
「今日もいい?」
「しゃーねーな……」
小春と一緒に寝る。性的にではない。普通に添い寝だ。
なんだか、俺と一緒に寝ると安眠できるのだそうだが、よく分からん。俺はたまにムラムラするし少し大変な気持ちなのだが、確かに横で寝る彼女の顔が安らかで、何にも言えない。小春が幸せなら、大半のことは飲みこむつもりだ。
もぞもぞと布団に入ってくる小春。俺は少し重量がないと落ち着かない。少し冷房を強めに効かせて、なるたけ薄い布団で寝ている。
小春の足が当たる。少し冷えていた。
「寒いか?」
「ううん」
背中が当たる。
こそばゆい気持ちになるのを感じていたら、彼女は足を絡めてきた。
「……温かいね、泰斗は」
「小春は冷たいな」
「嫌やった?」
「お前が他の連中で暖を取るより億万倍マシ」
「やろ?」
軽くキスを交わし、深呼吸。
小春は、とみていると、既に寝入っていた。こんにゃろう。人の葛藤も知らずに。
健やかな寝顔を見届けて、俺も瞳を閉じる。
花のようなその香りはいつの間にか安らぎに変わり。
俺も深く、眠りに落ちていった。
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