五話 晴れのち雨 2
あの後、先輩達にハルヤに会えた旨、彼女ができた旨を伝えると、サムズアップしていた。
「花翠学園の桃谷春谷だったろ? 俺の友達の友達が知ってたんだ」
「どういうコネなんすか……」
「まぁ色々とな。お前の役に立てて良かったぜ。……そして、この野郎! 先輩より先に彼女作ってんじゃねーぞテメェ!」
「おめでとう! そして死ね!」
「うむ、めでたい。しかし殺す」
「いで、いでで! いてえっすよ!」
ありとあらゆるバリエの関節技を掛けられて割と冗談抜きで死ぬほどいてえ。
「お前じゃなかったらマジで締め落としてたぜ! チクショウ、嬉しいけど恨めしいぜ!」
「あ、あれか、もうヌルヌルなのか!?」
「おれの教えたテクは使ったか!? いや、実用の範囲だったのか教えてくれ!」
「付き合った勢いのままはしねーなぁ……多分……」
小春とも決めた。そういうのは、お互いの気持ちが高まった時にしようと。
まぁ、男子高校生なんて猿だからな、と思ってしまう俺。仕方ねえよ。エロ本とかはOK頂いたし。いや、あれはOKなのか? うちも見たい! とか言ってたし。……え、女の子と一緒にAV鑑賞……? 小春がその気にならないと多分生殺しだ。どういう状況なんだろうか。カオス。
「……泰斗、お前熟女が良かったのか……」
「だからよ、笹見。高校生は熟女じゃないんだって」
「嘘だッ!! 初潮が来たら老人に片足突っ込むんだぞ!?」
「お前それは怖えよ……」
マジで言ってそうなのが怖い。
今日は男子寮で晩飯を食う旨も伝えてある。久しぶりに、男子全員で食卓を囲んだ。
「今日は泰斗の打ったうどんか」
「そ。俺も最近教えてもらってんだけど、やっぱ職人さんと比べると全然でさ」
「そりゃそうだろ、本格的に修行してないんだし」
「でも天ぷらは気合入ってっからな! とり天、磯部揚げ、海老天にごぼう天だ! 後は肉も用意してあるから適宜取ってくれ。うどんはしこたまあるからおかわりもいいぞ!」
「やったぜ!」「さすが泰斗! おれらのオカン!」
「誰がオカンじゃ! そんなんじゃねえっつってんだろ!」
言いながら、先輩達は笑ってお祝いをしてくれた。といっても、ジュースを飲んだりどんちゃん騒ぎをしただけなのだが、俺は気持ちだけで嬉しかった。
教室に入ると、ざわついているのが分かった。
男子、女子の注目が一点に注がれていた。そこには、髪を降ろして、眼鏡を取った小春の姿があった。
小春は俺に気づくと、ニッと笑ってくる。いつもの、清涼感のあるソーダのような笑みで。
「おはよ、泰斗!」
「おう、小春。なんで眼鏡止めちまったんだ?」
「だって、恋人には最高の自分見て欲しいやん?」
その発言に、更に周囲がざわついていた。女子の一人が、おずおずと近づいてくる。
「あ、あのー、鵯さん。羽斗君と付き合ってるの?」
「え、うん。なんか変?」
「い、いやー、何かそういう風には見えなかったというか。羽斗君でいいの?」
そう言った瞬間、小春の眉が厳しく曲がった。こっわ。
「は? 何やその言い草。泰斗の何がそこいらの男に負けとーとや! うちは羽斗泰斗がめっちゃ好きなん! 上なんかおらんわスカタンが!」
「げ、芸能人の方が好きとかない?」
「あんなチャラけたやつらなんぞ知るか。現実に会えんやつに恋なんかするか、子供じゃあるまいし!」
「そ、そう……羽斗君、愛されてるね!」
俺に話を振って逃げやがった。
「羽斗、おれの席やるよ! 鵯さんと仲良くしなよ!」
「お、わりーな」
「いーって。羽斗には色々助けてもらってるから、宿題とか、掃除当番とかも代わってくれるだろ? 男子連中はみんな助かってんだ、おれらはお前の味方。おめでとな!」
やんややんやと拍手に指笛が飛ぶ。なんだこれ。
祝福を受けながら、隣に座る。
「よろしくな、小春」
「うん、泰斗。つーわけで、数学の宿題見せて」
「どういうわけなんだよ……ほら」
「サンキュー! あ、あれない? ガム」
「はい、キシリトール配合」
「あんがと」
「オレにもくれ」
「ほい、笹見。あ、紹介するよ、小春。こいつ、俺の親友の笹見津久志」
「知っとる。サッカー関連で知り合いなんよ」
「だな。鵯、お前親友を苦しめたらグーで殴るからな」
「そっちこそ、泰斗に変なこと教えたら蹴り飛ばすけん」
謎の牽制があったようだが、お互いを何となくわかっているのか、それ以上の会話はなかった。
「泰斗、今日は練習ないけん、帰りどっか行こ!」
「うーん、つったって……俺、女子が喜びそうな場所あんま知らんぞ」
「どこだってええよ。あ、それじゃ一緒にサッカーせん? 遊びの奴!」
「おお、久々だな。良いぞ」
お互いに約束をし、昼を一緒に食べて、放課後を迎える。
ボールを蹴り合う。加減を知っていって、どんどん間隔が長くなっていくパス。面白いから、と位置を変えながら行われる。
「泰斗、スポーツ上手くなったなぁ」
「小春こそ、俺の足元にバチッと来るじゃん」
「そりゃ現役サッカー部でパスを売りにしてる選手やかんなー。泰斗の方が凄いんよ、うちの移動する先を分かってて蹴りやすい方向にボールを止めて蹴れてる。こういう基礎がなってないやつケッコー多いんよ」
「そういうもんかね」
「泰斗もスポーツやったらわ? 割と良いとこまでいけそーやけど」
「いいとこまでならいいや。やるからにはテッペン獲りてえ」
「昔から言うことはデカいんよなー。ほれ、カーブパス!」
「公園で浮いたパスすんなって!」
ボールの勢いを殺し、ワントラップで宙のままボールを蹴りだす。思ったように飛んでくれる。
三十分くらいボールを蹴り合い、ブラウスをパタパタさせたのは小春だった。
「あー、楽し! 昔を思い出すようやわ。喉乾いたー、なんか飲む?」
「んじゃコーラ」
「ん! 奢っちゃろ。今度は泰斗が奢ってね!」
「おう、ごちになりやーす」
「それでよし!」
ベンチに座ってコーラを飲む俺達。ボールは放置していた。
「っかー! 美味しいね、泰斗!」
「だな。……小春。小春は、俺で良かったのか?」
「は? あんたまで何なん?」
「いや、俺はあんまり自己評価高くないというか。顔面的に言えばお前とつりあってないと思う。それは誰が見てもだ。……うーん、こういうのを言うのもアレだが、俺に自信をつけてくれ、小春」
「はー……。泰斗、あんたの良いところは、自分の良さを鼻に掛けないところ。けど、自分の良いところ知らんけんそう言った感じの答えってんなら、一回張り飛ばそうか? 泰斗はね、我慢できる人なんよ。そして、自分がどうにもできない時、素直に人を頼れる大人っぽさ。面倒見の良さも魅力やし、善意を恥ずかしがらずに人に押し付けることができる」
「?」
「バスに乗ったことあるやろ。そんで、誰もが立ってる中、あんたは実際に席を譲ったことがある。五月頭やったろーが、雨降ったの」
「ああ……あー、そんなことあったな、そういや。んで結構ですと真正面から言われたやつ! あれ覚えてるぞ、さすがの俺もめげそうになった」
「やろ? あったやろ? 再会だけで好きにはならん。好きやった思いは燻ってたけど、あんたが変わってない可能性もあった。でも、あんたは変わってた。ちゃんと、素敵になってたんよ。やから惚れたの。やから……告白したん。今、うち、人生で二番目に嬉しい!」
「一番はなんだよ」
「秘密!」
「えー、なんだよそれー!」
◇
目の前でぶー垂れる恋人を眺めながら、鵯小春は公園に目を向ける。
夏だ。暑いけど、文句も言わずに隣の愛しい人はコーラを呷っていた。うちも、それにつられてコーラを流し込む。清涼感と独特の甘さが駆け抜けていく。さわやかな風味が鼻から抜けていった。たまには、コーラもいい。
ふと公園を見れば、幼い少年と少女が、うちの持ってきていたサッカーボールで遊んでいた。人のもので勝手に遊ぶのは良くない――と思ったら、そのボールを持ってこっちにきた。他に人もいないし、妥当なところだろう。
「あの、このボールおねえちゃんたちの?」
「そやけど、遊んでいーよ。公園の中限定な!」
「うん! ありがとうございます!」
礼儀正しい女の子だ。
……。
「うちらも、ああ見えてたんかな」
「かもな。でも、ちょっとあの子は小春にしては礼儀正しすぎじゃない?」
「ぶっ飛ばすよあんた。うちは先輩には敬語使うし!」
「え!? マジで!? 敬語できんのかよ、小春! すげーな……俺は少しずつ覚えていってるぜ!」
「そ。時間は、まだたっぷりあるんよ。一緒に学んで、一緒に遊んで、一緒に悩んで……一緒に、いたいんよ」
「俺もだよ、小春」
そう笑いかけてくれる。それだけで、なんて幸せなんだろう。
今日この日を一緒に過ごせるだけで、まるで特別な日のように感じてしまう。
しゃらくさいと思っていた恋愛。興味を持ってなかった異性。
四月十日の日に全てが覆り、五月の頭に全てが一変した。
さながら、泰斗と最初に出会った時は、晴れのち雨。
そして今は、雨模様から一点快晴。
サッカーも、恋愛も、日常生活も、何もかも上手くいっていて……
一番うれしかったことはね、泰斗。
――あなたと、出会えたこと。それ以外に、ない。
この先、お互いどうなるか分からないけど、この出会いは一生、自分の中で輝き続けるだろうから。
「泰斗」
「なんだよ」
「これからも、よろしく!」
そう言って、目を瞑る。これだけ率直なアピールなら、応じてくれるかな。
黙って、唇に、柔らかいものが乗る。目を開けると、泰斗の顔が間近にあった。
子供たちが見ているかもしれないが、この衝動を止めることはできない。お互い汗ばんでいるのが分かってても、もう無理なんだ。
走りだした衝動は、止めようがないから。
だから、このままがいい。
サッカーは友達。泰斗は恋人。
他に、何を望む――?
さらば、幼き面影よ。今目の前にあることが全て。
きっと夏の風のように、私の心と泰斗の心を熱烈にお互いへ届けてほしい。
そうして通じ合っていればいいなって、心から、そう思うのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
この作品の一部はここで終わりです。
二部の構想もありますが、一旦ここでお話を区切らせて頂くことをご理解頂ければと思います。
これのつづきが上がるやもしれませんし、他のものを書くかもしれませんが……また皆様のお暇が良い具合に潰れるような小説を書いていきたいと思っている次第なので、よろしくお願い致します……!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます