第七話『為動機神体』 急

 ちょうきゅうどうしんたい・ミロクサーヌ改の内部へはしを少し降りると、四畳半程の小部屋に辿たどいた。


「なんですか、このスペース?」


 ぼんやりとした暗がりの中、わたるに尋ねた。

 機体に入る時も、人間の出入り口にしては随分大がかりなハッチだと感じた。

 そのまま操縦室に着席出来れば良いものを、何故なぜこの様な空間が設けられているのか。


には此処で重要な役割があるのですが、今は良いでしょう」


 わたるの質問をはぐらかした。

 重要ではないことも確かなので、今は良いだろう。


「操縦席はちらで御座います。此処から『なおだま』と呼ばれる、どうしんたいの核部へと入るのです。前を操縦席『あらみたまくら』、後を副操縦席『にぎみたまくら』と呼ぶのですが、これらの名称はほど重要では御座いませんので忘れて頂いて結構です」


 確かに、操縦席と副操縦席が何と呼ばれているか、という情報もどうでも良いだろう。

 今回はが操縦し、わたるが同乗する、という話なので、それぞれが前、わたるが後の席に乗り込んだ。


「脇に御座います二つのたまつかんでください」

「こうですか? うおっ!?」


 瞬間、わたるは奇妙な感覚に襲われた。

 まるで深い海の底に沈んだ様な、それでいて全身が温かく包まれている様な、そんな心地だった。


おうぎ……じゃなかった、はたさん、これは……?」

「今、貴方あなたしんと機体が接続されました。操縦技能を身につければ、このままわたくしの補助を行うことが出来ます。しかし、今はただ御自身の感覚に身を任せて頂ければ宜しいかと」


 成程、言われてみればまるで巨大な機体が自分の体と同化したような感覚だ。

 同時に、体の自由を完全に別の誰かへ委ねているような、奇妙な心地良さを感じる。

 わたるはふと、機体の上方に空が開けていると知覚した。

 機体の肌感覚で、上から光が降り注いでいると分かったのだ。


「遠隔操作で出撃口を開きました。今から出ますよ、御覚悟を」


 わたるに問い返す間も与えず、機体はものすごい速度で上昇して外へと飛び出した。

 見渡すと足下には山野と、その隙間を縫う様に町村が見える。

 だが、わたるはそれどころではなかった。


「ぐええ……」


 あまりの速度にわたるの三半規管が負荷の許容量を超えたのか、一気に気分が悪くなった。


はたさん、ごめんなさい。吐きそうです」

「仕方がありませんね。本日のところは試運転起動状態で徐行するのみと致しましょう」


 すがに本来の性能を体感させるのは無理があると判断したのか、機体は山を縫うように空中を徐行し始めた。


「飛行具、異常無し。駆体動作、異常無し。兵装はかつあい……。」


 は表向きの目的である機体の点検を淡々と進めていく。

 何をしているのかわたるには理解出来なかったが、その間に少しずつ感覚を慣らすことが出来たのは有難かった。


「御気分は如何いかがですか、さきもり様?」

「大分良くなりました」

「それは、宜しゅう御座います」


 機体はUターンし、元の山へと戻っていく。


どうしんたいの操縦、決していっちょういっせきで身に付くものではないと、御理解頂けましたでしょうか」

「よーくわかりました……」


 落ち着いてきたとはいえ、発進するだけでわたるは肉体的にも精神的にも相当疲弊してしまった。

 同乗しただけでこうなのだから、自ら操縦するとなると大変なものだろう。


わたりが訓練で貴方あなたを見限るまで約二週間は要するとして、雑用係に転向させ、どうしんたいに触れられるまで数日間。つまり、三週間後のしゅりょうДデー視察まで、名目上は残り二・三日といったところでしょうか。通常、その期間で乗りこなすのは不可能です」

「はい」

「ですが、もし仮に貴方あなたどうしんたい操縦の思わぬ才能があり、しゅりょうДデーの目の前で虎の子の機体を奪って脱出されてしまった、という筋書きになりますと、面白いとは思いませんか?」

「そのていさいを整える為、まえもって訓練しておくというわけですか……」


 確かに、く行けばわたる達はおおかみきばの手から逃れられるし、わたりは首領に言い訳の効かない失態を演じることになる。

 だがわたるは今、どうしんたい操縦の難しさ、その一端をかいた。


「戦闘の才能は無いとのことですけど、こっちは才能ありますかね?」

「全く期待しておりませんが、自然な形でどうしんたいに触れられる、そんなしんの乏しい候補は貴方あなたしか居りません。ですので、かなり厳しい訓練になることを御覚悟くださいませ」


 またしてもしんの素質をけなされた。

 だが今、わたるにとって問題なのは、この怪物兵器を自ら乗りこなさなければならない、その技能を三週間で身につけなければならない、ということだ。


(気合いを入れなきゃならないな……)


 そんなわたるの思いを載せ、どうしんたいは格納庫へと戻っていった。


⦿


 の操縦でどうしんたいを初体験したわたるは、その後別の一室で飲み物をもらっていた。


「これは栄養ドリンクか何かですか? 何だか随分元気になった様な気がします」

貴方あなた達が初日に飲んだ薬『とうえいがん』の成分を薄め、幾らかの薬効を加えた水薬です。無からしんを強制的に目覚めさせるとうえいがんの効能をほんのわずかに含み、申し訳程度にしんを回復させるのです」

「つまり、ポーションのようなものですか」

とうえいがんの濃度を増すのは何かと危険が伴いますので、この程度の回復効果でご容赦くださいませ」


 元々、わたるわたりに吹き飛ばされてほとんどのしんを失っていた。

 彼が大きく疲弊していたのは、そういう事情もある。

 故に、このサービスは有難かった。


はたさん、ちなみにこの薬って在庫はどれくらいあるんですか?」

「御心配なさらずとも、三週間分は充分保ちますよ。毎日お飲みになりたいと申されますのも織り込み済みで御座います」

「毎日、か……」


 わたるは窓から格納庫をのぞいた。

 相変わらず威容を見せ付ける『ちょうきゅうどうしんたい・ミロクサーヌ改』を、明日から毎日操縦することになるのだ。

 大変なことだが、少し心が躍りもする。


「しかし、今日みたいな偶然でも無ければ一緒に出歩くのは不自然なのでは?」

「どうせわたりこうてんかんになどというボロ旅館には泊まりませんから大丈夫ですよ。しかし、確かに他の方への言い訳は考えなければなりませんね」

「他のやつら? あいつらがどうかしたんですか?」


 の表情が少し曇った。

 何やら、告げるのが心苦しいといった様子だ。


わたくしは昨日、貴方あなた達が脱走を試みるであろう事は分かっておりました。わたりから連絡を受けていたのです」

「何故わたりから? この一週間、こうてんかんには一度も来なかったのに」

「お分かりになりませんか?」


 わたるためった理由を察した。


「内通者、ですか」

「はい。どなたかは存じ上げませんが、貴方あなた達の中にわたりと通じている者が居るようです」


 考えたくはなかったが、あり得ない話ではない。

 無いにも等しい計画が昨日の時点でたんしたのはかえって幸いだったかも知れない。


「あの、はたさん、こういうのはどうでしょう?」

「はい」

「名目上、ぼく達はおおかみきばの見習いというわけですよね? だったら、はたさんがこうてんかんを切り盛りするお手伝いをさせていただく、というのは……」

「つまり、家事やもろもろの雑務を御一緒頂くと? 殿方のさきもり様が?」

「別に、普通では?」


 の反応は、彼女の考えが前時代的なのか、それともこうこくそのものがそうなのかは分からない。

 一方、わたるは中学時代の経験から当然のことの様に思っている。


「承知しました。毎日の買い出しに御同行頂く、という名目で参りましょう」


 女と二人で家事をする、となると、やはりわたるは魅琴のことを思い出す。

 あの時の彼女も、わたるを助けようとしてそういう成り行きとなったのだ。

 わたるは少し、ことを重ねていた。


「方向性は整いましたね。後は毎日、昼はわたりの訓練から脱落せぬ様に努めながら、夜はわたくしと共に操縦訓練です。大変かとは存じますが、淡々とこなして頂ければ自然に計画はじょうじゅするでしょう」

「昼の訓練を頑張り過ぎて、見放される計画がパーにならないようにしないといけませんね」

「その心配は全く御座いませんから御安心を」


 毒舌なところまでことそっくりである。


「しかし、そう上手く行きますかね? なんか、都合良く考え過ぎな気がしますけど」

「と、おっしゃいますと?」

「いくらなんでも、わたりが思い通りに動くよう想定し過ぎじゃないですか、って事ですよ」


 確かに、わたりわたるの才能を見限ることも、その結果としてどうしんたいに触れられる立場に転向を命じられることも、上手く行けば出来過ぎている。

 だが、は自信ありげだった。


「そこはわたくしがそれとなくわたりを誘導しましょう。あの男は単純つ怠け者ですからね。上手く陥れてご覧にいれますよ」

「本当に、大丈夫ですか?」

「大丈夫です。……わたくしにお任せください。あの男、面倒なことは全てわたくしに丸投げするのです。例えば、本日の様に候補者を放り出してわたくしに丸投げしたりして……。ほとほと嫌になります」


 わたるの席から見えるの後頭部に、どこか影が差して見えた。

 どうやらわたりの身勝手に散々振り回された様だ。


「ですから、必ずやあの男を破滅へと導いて見せます。どうか大船に乗ったつもりでお任せくださいませ」


 太鼓判を押すの姿がどこか遠くに見えた。

 わたるはふと思い出す。

 こともまた、時折この様な雰囲気をまとうことがある。

 何か裏を含んでいる様な、それでいて詮索を拒んでいる様な、そんな雰囲気だ。


 だが、わたるのうにふと別の疑問が割り込むように沸いた。


「ん? 候補者を放り出す? わたりが、今日ですか?」

「はい。なんでも、本日の訓練内容はさきもり様の捜索とするようです。死体でも良いから、見付けて帰って来るまでこうてんかんには決して入れるなと、わたりからことづけられましたよ」


 瞬間、わたるあおめた。


「早く言ってくださいよ! まずいですよこの状況!」

「御安心を。発見現場に書き置きを残しておきました。館の近くまでお送りしますので、適当な近所でお仲間と合流してください」


 わたるは深くためいきを吐いた。

 一瞬焦ったが、はその辺りも抜かりなく手配していたようで安心した。


「すみませんね、何から何まで……」

「いいえ、お構い無く」


 わたるは薬を飲み干したコップの下げ場所をに尋ね、自分で片付けた。

 今からお客様モードではなく通常モード、家事を共に担う意識に切り替えておきたかった。


⦿


 帰りの廊下はこころしか行きより明るく見えた。

 おそらく、脱出の展望が開けて気分が上を向いたからだろう。


はたさん、ありがとうございます。貴女あなた、良い人ですね」


 例を受けたの背中は、どこか寂しそうに見えた。


「あまり他人を簡単に信用なさらぬ方が宜しいかと。姉の如く付け込まれますよ」

「信じますよ。貴女あなたは知り合いに似ている」


 わたるはこの時、はっきりとを美しいと感じた。

 はかなげな姿に、幸を願わずにはいられなかった。

 はというと、あきれたように溜息を吐く。


に付ける薬は御座いませんね」


 何にせよ、一度頓挫したわたる達の脱出計画は、新たな歯車を得て再び回り始めた。

 後はあのどうしんたいが如く、力強く前進させるばかりである。

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