第六話『親と子』 序

 そうせんたいおおかみきばへんさんした全十巻に及ぶ冊子「へらぶないくほう」には、彼らの主張の正当性をはく付けるためおおざっこうこくの歴史が載せられている。

 それにると、こうこくは近代にいて三度の大変革を経ているのだとう。


 一度目は、一八四五年に起きたづち幕府からの大政奉還――七百年振りの王政復古「しん維新」である。

 この呼び名は、当時のみかど自らのくじきで選ばれた元号にちなんでいる。


 しかし数十年の後、しん政府体制は世界大戦の敗戦とばくだいな賠償金支払が呼んだ暴力革命にってしゅうえんを迎えた。

 これによって社会主義国家「ヤシマ人民民主主義共和国」が成立した政変「八月革命」こそが二度目の大変革である。


 ヤシマ政府は足るを知る農業国家を目指し、私有財産の完全撤廃によってせん、貧富、因習、差別の無い理想国家を建設しようとした。

 しかし、その夢も二度目の世界大戦が致命傷となり一九四四年にかいした。


 そして一九四五年の八月十五日、海外に亡命していたかつての帝のこういんが「じんのう」を名乗り、神聖不可侵なる君主への返り咲きを宣言。

 この三度目の変革にって成立した「しんせいだいにっぽんこうこく」は、じんのうの強烈なカリスマとな力を得て急速に発展し、現在にいたる。


 おおかみきばじんのうこうこくによって倒されたヤシマ政府の残党をルーツとしており、彼らによる歴史記述は当然方向性が偏ってはいるだろう。

 とはいえ国家体制の大まかな変遷まで丸ごとすとは考えにくく、こうこく辿たどった近代史をまんで把握する分には充分だろう。


 ここから読み取れるのは、こうこくが一国の近代史だけでなく、国家としては通史レベル、近代史としては世界史レベルで、別の歴史を辿った世界線からちらの世界線に転移して来たという事である。

 こうこくなる理由でこの世界線にあらわれたのか、そこまでのことは彼らの冊子からはわからなかった。




⦿⦿⦿




 翌日の朝、さきもりわたるら七人は開けた崖上の丘に横一列で並ばされていた。

 最終試験と称してひぐまと戦わされ、脱走にも失敗して眠らされた彼らを、小降りの雨がじわじわと体を冷やして責める。


 そんな彼らの前には、袖の破れた赤いジャケットをまとったわたりりんろうが、蛇の様な薄笑いを浮かべて立っていた。

 筋肉質な二の腕をし、初日の時よりも威圧感を増している。

 おりりょう以外を見下ろす長身もあいって、この場で誰が最上位なのかを殊更に誇示しているようにも見えた。


「諸君、最終試験合格おめでとう。今日ここにお前達を迎えられて、うれしく思う」


 わたりの声の調子は明らかに侮蔑を含んでいた。

 おうぎから事のてんまつを聞き、浅はかな試みをあざわらっているのだ。


「しかし、試験の内容はかんばしくなかったと聞いている。しんの第二段階に達したのは七名中五名、内二名は羆とまとに戦わず余計なたくらみにかまけ、残る二名に到っては第一段階から深化を見せることすら無かったらしいな。先がおもられるというものだ。我々には果たすべき歴史的使命があるということを忘れるな。こうこくという巨悪を倒す使命が」


 そうせんたいおおかみきばの大義を高らかにうたわたりだが、わたるにはまんとしか思えない。


(何が使命だ。何も知らないぼく達をさらって来て、死ぬ様な目に遭わせて、実際一人殺しておいて、何を言うんだ。巨悪を倒す前に自分の悪を見詰め直せよ!)


 わたるは忘れない。

 この男が初日に課した理不尽な仕打ちに因って、一人の少女が命を落としたことを決して忘れない。


 はらひなは明るい少女だった。

 突然の事態と不和によって生じた険悪な空気を和ませ、相互の融和を図るという気遣いの出来る少女だった。

 まだまだ先の長いはずだった人生に若さ故の夢を持っていた。


 そんなの少女の未来を無残にも奪った男が、一体どの様な正義を語れるというのだろうか。

 わたりという男の本質的などうさを、わたるは絶対に忘れないのである。


「不服と見えるな、さきもり


 そんなてきがいしんが面に出てしまったのか、わたるわたりに目を付けられた。

 体格に任せ、上からつぶす様に攻撃的且つ挑発的な笑みを近付けてくる。

 よくよく思い出してみると、海浜公園でカップルを拉致しようとした二人に比べて、わたりは明らかに肉付きが良い。

 こんなところにも、そうせんたいおおかみきばという組織のいびつさがにじていた。


「あまりおれを怒らせん方が良いぞ? ではこのおれがお前らの生殺与奪権全てを握っているんだ。使えないと判断した者をどう処分するか、我らの首領はその裁量をおれに一任してくださっている。例えば、野生動物の餌にするとかなァ……!」


 瞬間、わたるあおめた。

 恐怖故ではなく、脳内で嫌なパズルが組み上がってしまったのだ。


 昨日戦わされた大型の羆、おそらくは人為的にあの穴へ落とされたのだろう。

 だがそれだけではなく、妙にちゅうちょ無くずみふたへ、わたる達へと襲い掛かってきた。

 まるで、既に人肉の味を覚えてしまっていたかの様に。

 付け加えると、羆には死んだ振りなど通用しない、にくらう、という話もわたるは知っていた。


 わたる達が攫われてとらわれたのは、丁度一週間前。

 おうぎいわく、羆は数日間は何も食べておらず、飢えていた。


わたり、貴様それでも人間か……!」


 わたるはや怒りを隠せなかった。

 わたりは口角をゆがませて悪魔の様な笑みを浮かべていた。


 そして、突然わたりわたる鳩尾みぞおちを殴った。

 何度も喰らわされているが、すさまじい重さにわたるは息が出来なくなる。


「か……は……!」

「口の利き方には気を付けるんだな。おれのことは父親だと思え。もっとも、甘ったれたみんの家庭で物を考えるなよ。谷底に突き落とされたら四の五の言わずにがれ。口減らしに選ばれたら黙って死ね。そう、子は親に絶対服従と知れ」


 膝を付いてつくばったわたるの顔面にわたりの蹴りが入れられた。

 わたるは地面を跳ねて転げ回る。


「ははは、ついでだから落ちこぼれ共の為に、このおれが直々に手本を見せてやろう。しんの使い方、そのによーく焼き付けておけ!」


 わたりは体を発光させ、人間とは思えない速度でわたるの元へ駆け寄る。

 そしてわたるの茶色い髪をつかむと、十メートル以上もの高さへと片腕で放り投げた。


「そのチャラチャラした髪、早い内にっておくんだな! おれの気分次第で頭皮ごとむしられるやも知れんぞ!」


 宙を舞うわたるを追い掛けるように、わたりは高々と跳び上がった。

 しんの第二段階に達した者だけが発揮出来る、超人的な身体能力を当然の如く駆使している。


「同じ第二段階であろうと、訓練によってより深みに到ったおれと昨日今日身に付けたばかりのお前らでは比較にならん! そのおれに逆らった者はどうなるか、革命戦士としての格の差と共に思い知るが良い!」


 わたりの拳がわたるの体を更に高く打ち上げる。

 一方、わたりは一度着地してから再跳躍し、あっという間にわたるへと追い付いた。

 その動きは単に速いだけでなく、物理法則をも無視しているように思える。


「更に! 既におうぎから経験したらしいが、しんにはそれ以上の深遠がある! 第三段階の異能を発現させて初めて、しん使いの戦いの土俵に上がれるのだ! 当然、おれもそこに居る! 尤も、仮に辿たどいたとしてもこのおれには勝てんし、今のお前らごときに披露する必要など無いがな!」


 とどめとばかりに、わたりの蹴りがわたる彼方かなたはじばした。


「うわあああああっっ!!」


 わたるの体はまるで砲弾の様に隣の山に向かって飛んで行った。

 対照的に、わたりの体は柔らかく地に足を着ける。

 勝者と敗者、強者と弱者の象徴的な対比がそこにはあった。


メエっ!!」


 怒りに任せてあぶしんわたりに飛び掛かる。

 しかし、はるかに早くわたりの拳が三発も顔面を打つ。


「ガッ!?」

「学習能力の無いやつだなァ! そんなにお友達が心配なら、今日の訓練内容を思い付いたぞ!」


 尻餅をいたしんには目もくれず、わたりわたるが飛んで行った山を指差した。


「お前ら、今から向こうの山へさきもりの奴を探しに行け。そして奴を連れてこうてんかんまで歩いて帰るんだ。それを今日の訓練内容に代えてやろう。おうぎにはさきもりを伴っていなければ館に入れるなと伝えておこう。ま、最悪死体でも構わんぞ」

「え、ええ……?」


 椿つばきようが思わず声を漏らした。

 武術家の彼女からすると、わたりが思い付きで無意味な指導内容を選んだことが理解しがたかったのだろう。


「成程、陰湿な野郎だ」


 一方でおりは、わたりの意図を何となく理解したようだ。


「あれだけ飛ばされたんだ、十中八九さきもりは気を失うだろう。だがおれ達が見付ける前には目を覚ます。事情を知らないあいつは山の中をはいかいする。そうなると、おれ達は高確率で遭難することになる。おれ達はいやが応にもこう考えてしまうだろう。『さきもりのせいでとんだ災難だ』とな。さきもりはこれまで、奴らにあらがう意思でおれ達を纏めてきた。そのあいつに対して不満の種を植え付ける。そうやって抵抗のとうそつを乱し、支配しやすくするのがわたりの野郎の狙いなのさ」


 わたりおりの方へ歪んだ笑みを向ける。

 意図を悟られた所で痛くもかゆくもない、とでも言いたげだった。


「もう一度言っておく。ここではおれが親、お前らは子供だ。子は親に絶対服従、全ての指導は愛のむちだと思え」


 わたりによる地獄の訓練、否、理不尽な支配の日々が今始まった。

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