日本と皇國の幻争正統記
坐久靈二
序章
第一話『轟臨』 序
『
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その日、世界は変わり果てた。
西暦二〇二〇年は九月八日、何事も無く五十六年振りに自国開催されたオリンピック・パラリンピック大会の記憶も新しい。
その日の朝も、街を行く人々にとっては何とも無い晴天だった。
まさに日本晴れと呼ぶに
大災害の前触れを察知した動物は奇妙な行動をとることがあるという。
ただ、
道行く彼もまた、気にも
十五歳・高校一年生の少年・
すらりと伸びた一七七センチの長身が明るい色の髪を揺らす。
「おはよう」
視線の先、声を掛けられた美少女・
その姿勢はまるで、
そんな
滑らかさと柔らかさを
「おはよう」
快晴の空にも劣らぬ、曇りなく澄んだ、静かだが明瞭な声だった。
だがその僅かな
「空なんか見上げて、どうしたの?」
「別に、何でもないわ」
「
「随分と
「……そっちこそ朝から
「前々から
「やっぱり待ってたんじゃん」
「だとすると、
「素直に待ってたって言ってくれても良くない?」
「
この会話は親しい者同士が冗談を交わし合っているだけだ。
二人は確かに気心の知れた仲である。
軽口を
だが、一定の間合いを境に微弱な反磁性を示す何かがあった。
幼き日に出会って以来、二人の関係性は極めて近付きながらも、その反磁性が作る一線を越えられないまま曖昧に
⦿⦿⦿
正確な日付では六月二日木曜日、
「
子供心にもその
だから
同じ様に考えた
尤も、そんな
また、
一日最後の時間割となる音楽の授業、教室を移動する廊下で、
ほんの軽い気持ちで、
瞬間、人形の様に
床に後頭部を強打した
驚きと恐怖を感じた
先頭で騒ぎを聞きつけた
⦿
抵抗しようとした両腕を振り払われた際にこちらも骨折していたらしく、以上の
何か思うところがあったのだろう。
色々あって、
代わりにほぼ毎日、
季節柄、雨に降られる事が多く面倒だったろうに。
顔の骨折が治りかけ、ある程度の会話が出来るようになった
「どうして毎日来てくれるの?」
「
「元はと言えば
自分に原因があったことを
「ごめんね」
病室は静かで、細かい雨の音さえよく聞こえた。
湿っぽさが窓から染み込んで来るようだった。
「だったら、一つだけ教えて」
「どうして、
質問に、
穏やかな口調から、今更責めているわけではなく、本当にただ純粋な疑問として
ただ、何を答えようが言い訳になってしまう申し訳無さがあった。
吸い込まれるような
ならば、結果的に見苦しい自己肯定の弁明になろうが、自分の気持ちを正直に伝えるのが誠意というものだろう。
「最初は『
「でも?」
「なんとなく『
そう答えた時、
幼いながらも綺麗な顔が、その魅力を一層花咲かせたような、そんな天使の
「そ、なら今の
その言葉に、
心が晴れた気分だった。
彼の謝罪は
その後、病室での会話を重ねる度に二人は一層打ち解けていった。
退院後も、親しい関係は現在まで絶え間なく続いている。
⦿⦿⦿
高校生になった
だが少なくとも、
あの時以来、
気心の知れた仲の
朝日に
今
「おっと、そろそろ行かなきゃ遅れちゃうな」
先の会話で少し触れた様に、普段は彼女の方が朝早く出るので、登校時に一緒になる事は
当然、
現に、下校時はいつも一緒なのだから。
「
だから、
「え? 行かないって、何?」
「今日
「ええ!?」
思わず出た
「健康超絶優良で皆勤常連完璧超人の
「あの、本当どういうこと? 具合でも悪いの?」
「心配には及ばないわ。少し急用が出来ただけだから」
すれ違う
「何か困った事があったら連絡しなさい。内容と報酬によっては聞いてあげるわ」
「あ、おい……」
呼び止めようとする
「どうしたんだ……。急用って、何だ?」
いまいち釈然としない
⦿⦿⦿
午前中、昼休みと、学校では特に普段と変わった事など起こらなかった。
居るのが当たり前で、別室で席を空けているという想像が浮かばなかったのだ。
昼休みの前、体育の時間になって初めて、彼女の不在に意識が向いた。
今日は
運動場で別々に体育の授業を受ける女子の中に、彼女は居ない。
体操服姿の女子の中にあの悩ましい肉体美が、豊かな実りと引き締まった幹の描く隆線が、今日は無いのか。
身近な少女に
だが、それが今日は出来ない。
別にそれだけが愉しみというわけではないのだが、
それどころか、
(どうしよう、マジで体育受ける気が無くなっちゃったな。……休むか)
「先生、
「何だ
教師の言い草が少し頭に来た
「やはり染髪するような
(またそれか、最近は言われなかったんだけどな)
日本人らしい
尤も、最近はそれも鳴りを潜めていた。
何やら、彼をよく知る女子生徒が抗議したという
⦿
保健室のベッドで横になっていると、
元より何処も悪くはなく、ただ気分が落ち込んだだけなので、落ち着けば元に戻るのは当然の事だろう。
(このままサボるのも難だな……)
「すみません、もう良くなったんで戻って良いですか?」
カーテン開け、既に戻る気満々で養護教諭に声を掛けた。
相手は
「
「気分が優れなかったらその時は早退して病院に行きますよ。それで良いでしょ?」
このまま横になっているのは、何か
「しかし、何だって突然休んだんだろうな……」
運動場へ向かうべく廊下へ出た
彼女は自分の様に体調不良を訴えたのではなく、はっきりと「急用」と言っていた。
『何か困った事があったら、いつでも連絡しなさい』
困った事とは、何だろう――
その時、運動場の方で何やら
悲鳴や怒号が混じり、人が争っている様な音が有事を告げている。
明らかに普通ではない事態に、
(何だ、何の騒ぎだ!?)
『この学校の教師並びに生徒諸君、突然失礼
突然の占領宣言が先か後か、大勢の駆けるような足音が
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