第9話 【過去編】2025年 最初のベータ

 西暦2025年(令和7年)

 日本のある病院で一人の変わった女の子が生まれた。

 肌や髪の毛が白っぽく、瞳の色は薄青い。


 出産に立ち会った産婦人科の医者は言った。

「アルビノだ。でも今まで見たことが無いタイプだ。珍しい」


 その子は病気がちで体が弱かった。

 また、成長するにつれ言語を上手く話せないことがわかってきた。


 しかし知能が異常に優れていることが示唆された。

 話すことはあまりできないものの4歳の時には小説を読み、複数の他国の言語を理解し、既に中学校一年生程度の教養も持ち合わせていた。


 もう一つ、彼女には不思議な能力があった。

 体を触られるのが嫌な時に、他の人が彼女を触ることができないのだ。

 磁石で反発するように他人の手は彼女の体から空中で弾かれるのだった。


 彼女の人生は長く続かなかった。5歳の時にそのはかない命は消えようとしていた。


 死ぬ間際に彼女は考えた。


(私ってなんでこんな風に生まれてきたんだろう。お父さんともお母さんとも違う。友達とも違う。誰か教えてください)


 病室のベッドには両親と医療スタッフが居て、懸命の処置をしてくれている。

 しかし少女には分かった。自分の体が、心臓が弱ってきている。

 私の命は風前の灯、もうすぐ消える……


(みんなの顔は見える。でも何も聞こえない。とても静か)


 やがてみんなの姿が、部屋の様子がぼやけてきた。

 最後にかすかに見えたのは涙を流して私を見ているお母さん。


(お母さん、少ししか生きられなくてごめんね)


 みんなの姿がゆっくり消えて、闇になった。

 しばらくしてまた少しずつ明るくなってきた。夢なのだろうか?

 どこかの原野がゆっくり見えてきた。


(ここはどこなんだろう。私は死んじゃったのかな?)


 その原野は遥か昔の風景の様だった。

 少女はその美しい風景を見て思った。


(私、生まれ変われたい。また人間に、この大地に降りたい)


 美しい原野には誰もおらず、微風がいつまでも流れているだけだった。

 少女の目から一粒の涙がこぼれ、最後の呼吸が止まった……


(生まれ変わりたい……)


 彼女の様な症例は女子にだけ発生し、世界中で増えていった。

 やがてその魂はこの世で花開いていくことになる。


 それはまだ誰も知らない、

 【新しい人種】の誕生であった。

 ベータ種の遥かな旅の始まりだった。

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