色なき緑の魔法少女が猛烈に眠らない
しーえー
プロローグ
「土岐ちゃん! 応援来るまであと一分弱ぱお!」
小さなゾウの姿をした妖精、チャオが声を張り上げた。
雪で厚化粧したケヤキを背に、土岐はちらりと周囲を見回す。チームメイトの魔法少女は四人とも倒れ伏している。まともに動けるのは土岐ひとりだけ。
口の端が自然と吊り上がった。
「それまでに倒せば良いんだね」
「被害拡大しないよう時間稼ぎしてって意味ぱお! ひとりで倒せる相手じゃないぱお!」
土岐は短剣を構えたまま、改めて眼前の怪物を見上げる。
体長三メートルはあるか。大柄の熊のような、ずっしりとした体躯。ただでさえ狭い公園が、さらに小さく感じられる。
筋肉質な害獣は、土岐の身長ほどもあるツノを天に掲げ、地鳴りのような唸り声をあげた。
「よーし了解! ケンカの華はタイマンってね。腕が鳴るぜぇ」
「どうして急にコミュニケーション取れなくなったぱお!?」
赤いフリフリの衣装を身にまとった土岐は、寒空の下、白い息を煙のように吐き、ヒリつく空気に凶悪な笑みを浮かべた。
ヤンキー時代、ケンカに赴くときにしていた顔だ。
大地を蹴った。一分しか猶予がないのだ。ならば一秒だって無駄にするわけにはいかない。援軍が来てしまえば、このケンカに横やりを入れられるのは必然なのだから。
「チャオ! コアどこ!」
「もー! 右上ぱお!」
問いかけに、チャオは怒りながらも律儀に答えた。
コアとは、人間でいうところの心臓のようなものだ。魔物を討伐する際は、このコアから全身へつながる魔力経路を切断するのが定石となっていた。
赤いポニーテールを炎のように揺らめかせ、目にもとまらぬ速度で黒の巨体に迫る。
だが、魔物の動体視力も並みではない。
生存本能のままに振り抜かれる巨大な爪。鋭利な四本の刃物が、土岐の右目をえぐった。
激痛。ふきだす血液。
それでも、止まらない。土岐は半分欠けた視界の中、魔物の身体を中心にとらえ、短剣を思い切り突き刺した。
「ガアアアアアッ!!」
魔物の絶叫。
よし、急所に入った。心のなかで拳を握る。
だが、その見立ては甘かった。
爆発のような轟音が耳朶を打った。
一瞬遅れて、それが、魔物の腕が自身を撥ね飛ばした音なのだとわかった。
「っ!」
声も出ない。肺からわずかに漏れた空気を残して、吹っ飛ばされる。弾丸となった土岐の身体。右足がケヤキに激しく打ちつけられる。膝を支点にくるっと回転し、推進力を失った肉体がアスファルトに転がった。
「――!」
やば、と口に出そうとして、うまく出てこない。顔を上げ、魔物の姿を視界にとらえる。
地響きとともに駆ける異形の怪物の目は、明らかに土岐を見ていた。
「土岐ちゃん!」
チャオが短い腕で土岐の服を掴んで持ち上げようとする。が、まったく持ち上がらない。
激しい鈍痛と焦燥感が脳内をかき混ぜる。どうする。死ぬ。このままでは。
土岐の目の前にたどり着いた魔物が、恐竜のごとく巨大な足を持ち上げ、踏みつぶさんと下ろした。
「――っ」
覚悟を決め、目をぎゅっとつぶる。
だが、その瞬間はおとずれなかった。
「お待たせしました」
水色を基調とした、男前な顔の魔法少女が土岐の前に立ちふさがり、巨大な足を一本の剣で受け止めていた。
ぽかんと口を開き見上げていると、ツインテールの魔法少女が土岐の身体を飛び越え、魔物の懐に入った。長剣を魔物の胸に突き刺し、大きく裂く。
たらいをひっくり返したような赤い豪雨が、土岐たちに降り注いだ。
いななきが、もがき苦しむ声がこだまする。巨体はやがて、バランスを崩して倒れた。
「……あざっす」
呆気にとられながらも、水色魔法少女へなんとか礼を言った。
「到着遅れてすみません。治療班もまもなくと思います」
「土岐ちゃんは大丈夫ぱお。それよりコアの回収を」
チャオがそう言いかけたとき、一陣の風が吹いた。
「あ!」
土岐の声。
見慣れない、金色の長い髪と、対照的な黒い衣装をまとった魔法少女。
彼女はこちらに見向きもせず、巨大な肉塊を切り裂いていた。
「てめ、どろぼ……!」
土岐がドスの利いた声をあげる。
が、金髪漆黒魔法少女は動じる様子もなく、慣れた手つきで肉塊の胸元を切り開き、ピンポン球ほどのサイズの球体をむしり取った。
そうして彼女は、ようやく土岐たちを一瞥した。
意志の強そうな、コバルトブルーの大きな目だった。
魔物の血を滴らせる右手。彼女はボールを弄ぶように、一度、二度コアを宙に放り、嘲るように笑ってみせた。
一閃。
ツインテ魔法少女の剣が、少女を襲う。
が、空を切る音だけがむなしく響いた。
紙一重かわした金髪は、薄ら笑いを浮かべ、なにも言わずに走り去っていった。
ツインテールが追いかける。
水色魔法少女はその様子を眺めながら、肩をすくめ、冷静に言った。
「ツノだけ切り取って、あとは回収班に任せます。先輩は休んでいてください」
「……コアも取り返してくれたらいいんだけどね」
「自分たちの仕事は一般人を守ることですから。被害なく魔物を倒せたらそれでいいんですよ」
彼女はそう言って土岐に背を向けると、魔物の死体に足をかけ、ツノへと手を伸ばした。
土岐はぼんやりとその光景を眺めながら、この後の自分を考えた。
魔物の血液は、動物や魚のそれとはまたすこし違う、独特なにおいをしている。粘度も高く、一度身体に付着するとなかなかとれないと、魔法少女の間では不評だ。しっかり風呂に入ってにおいを消さなければ、寝具や衣類ににおいがうつってしまうことだろう。
命があることを考えればささいな悩みだが、しかし、どうにも憂鬱になることを避けられないのだった。
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