<23・Conclusion>
「いつまで同じことばっかり繰り返してる気!?」
土魔法で転ばせて、風魔法で吹き飛ばす。ギルバートとシェリーに対して同じ行為を数回繰り返したところで、ミリアがイライラと声を上げた。
「そうやって防ぎ続けてても、いずれ魔力が尽きて終わるだけでしょ。それとも何?他に対処する方法もないってわけ?守り一辺倒でみっともないわね!」
「そう思うなら攻撃を続けてみればいい。あんたもあんたで、駒の動かし方もわかってなくてだいぶ情けないけどね」
「――っ!」
朝香が軽い挑発を飛ばすだけで、少女は眉間に皺を寄せる。そして再び、ギルバードとシェリーを朝香の方に突撃させる。人にどうこう言うくせにやることは同じか、と朝香も少々呆れてしまった。
気づいていないのだろうか。今のやり取りだけで、己の状況を教えたようなものだということに。
――確かに、私はさっきから魔法で二人の突撃を防ぐばっかりで攻撃らしい攻撃ができてないけど。それが延々続いてるのは、誰かさんが単調な攻撃しかしてきてないからってなわけで。
さっきから、ミリア側の攻撃パターンは非常にお粗末なものだった。ミリアを守るべくギルバートとシェリーが、レイピアとナイフを持って朝香に近づこうと突撃し、そのたび防がれているという状況。確かに、二人の武器は近接武器であり、射程範囲という意味では魔法に劣る。しかし、何も真正面から突撃する必要はなく、二人で連携して挟み撃ちにするとか、絡め手を考えるとかいろいろと方法はあるはずなのである。持っている武器が近接武器であっても、石を投げて牽制するとか、それこそミリア本人と三人がかりで波状攻撃を仕掛けたっていいはずだ。
それが来ない理由に、朝香は気がついていた。
一つは、ミリアが恐らくは“弱者である自分を守れ”といった内容の命令をシェリーとギルバートに下していること。絶対的に守らなければいけない対象がいる場合、警備の動きは制限されがちだ。守るべき対象を背にし、敵を視界から外さないように動くのがベターな選択だろう。――その結果、ミリアが動かないせいで彼等二人もポジションが変えられない。常にミリアと朝香の間、ミリアを背に朝香を睨むポジションを取り続けなければならないのだ。
二つは、二人が洗脳されていることが原因。恐らく、普段よりも本人達の思考力が落ちているのだろう。自力で、効率的に敵を倒す方法があまり思いつけないのだと思われる。それこそ、一人がミリアを守ってもう一人が攻撃するというやり方でもいいはずなのにそれもしない。やはり、簡易魔法書の魔法には、思わぬ穴がいろいろありそうである。
三つ。恐らくこれが一番致命的な点。ミリア、というか魔女自身に、戦闘を指揮するだけの能力がないのだ。近接武器しか持っていないのだから、とにかく距離を詰めて射程範囲に入らなければとそれしか考えられていないと思われる。だから、結局ラチがあかないとわかっていても、単調な攻撃しかできないのだ。
加えて、さっきからミリアはちっとも自分で戦いに参加する気配がない。朝香が知っているミリアのキャラクター通りなら、彼女も戦闘訓練をしっかり受けたメイドの一人であるはず。ナイフを使って、成人男性だろうと一撃で暗殺できるくらいの力は持ち合わせているはずだ。それをやらないのはやはり、いくら本来のミリアに戦闘能力があっても、中身が転生者ではどうにもならないからといったところだろう。
朝香と同じだ。コーデリアの体なので魔力だけは充実していたが、戦闘で自動で体が動いてくれるなんて都合のいいことはなく。戦い方は自分で学ばなければいけなかったし、魔法の使い方の体力トレーニングも自分でこなさなければいけなかった。元の素質はあっても、それを動かすのは現代日本の一般人なのである。いきなり実戦に放り出されてすぐ“はい無双できます!”なんてことにはならないのである。ミリアもきっとそうだったはず。だから、鍛えた肉体があっても動けない。その使い方も知らないのだ。――戦いとは、経験と知識、度胸がモノを言うものなのだから。
ゆえに彼女自身は飛び込んでくることができないのである。実戦経験がなく、完全に足がすくんでいるがゆえに。
――このまま攻撃と防御を繰り返してもラチがあかない。どころか、いずれ魔力が尽きて私の方がジリ貧になるのはあっちもわかってるはず。それでもミリアがあんなことを言ってきたのは、すぐ打開できない状況にイラついて冷静さを保てなくなっているからこそ。
再びギルバートとシェリーを土で転ばせ、風で吹き飛ばすことを繰り返す朝香。流石に疲れてきたが、手を休めるわけにはいかない。二人の接近を許したら最後殺されるのは明白だからだ。そして、本来コーデリアに忠誠を誓っているはずの二人に、そのような惨いことをさせるわけにはいかない。自分は何がなんでも、ほぼノーダメージでこの戦いに勝利しないといけないのだ。他でもない、洗脳されて操られている彼等の心を守る為に。
ジリ貧になるのは朝香の方とはいえ、それでもまだ暫くは猶予がある。なんせ使っている二つの魔法がどちらも魔力消費が最小限の初級魔法でしかないからだ。恐らく、あと十数分程度はもたせられるだろう。だが、その底を知っているのはあくまで朝香本人のみ。それが見えない上、攻めあぐねている状況にミリアはイラついている。――あんなことを口にした時点で、“朝香が行動を変えてくれないかぎりこっちもまともに攻撃できなくて困っている”と暴露しているも同然だというのに。
――困ってるなら、もっと他のやり方考えるなり、自分で攻撃してくるなりすればいいのに。
「しつこい!いつまで守ってる気!?攻撃してくる勇気もない臆病者!」
ミリアが地団太を踏みながら吠える。ガキの行動かよ、と朝香は呆れてしまう。
「あんたが言うな。自分自身で攻撃する勇気もないくせに」
「ふん、そんな挑発になんか乗らないわよ、コーデリア。わかってるんだからね、あんたが狙ってるのが、あたしが持ってる魔法書だってこと!それを壊して、ギルバートたちの洗脳を解こうってんでしょ。そうはいかないんだから!」
「ふーん、そこまでは頭、回ってるんだ」
まあ、物は言い様である。間違ってもいない。だが。
――そこにばっかり気を取られて、他が見えてないようだけどね。
彼等は気づいていないようだ。朝香が攻撃を繰り返しながら、それとなく後退していることに。それとも、自分達が押してるせいだとでも思っているのだろうか。
だいぶ土も柔らかくなってきた。土魔法で魔力を流せば、地面の状態は大体分かろうというもの。魔法一発一発は弱くても、こうも地面にダメージを与え続ければ、最終的にどうなるかは明白なのである。
――頃合いか。
ミリア、ギルバート、シェリー。三人が花壇の土の上に乗り、押しだされるような形で朝香自身の足はその外へ。
いつ罠に気づくかと思っていたが、どうやら彼女は最後まで気づかなかったということらしい。転んだギルバードとシェリーを、さっきより少し強めに飛ばす――ミリアの方まで。
「きゃあっ!?」
吹き飛んできたシェリーの体がぶつかり、思わず尻もちをつくミリア。それを見て、ギルバートがはっとしたように二人を振り返った。
今がまさに、好機!
「炎の矢よ、断罪の牙もて放て!“
放ったのは、炎の初級魔法。しかし向けた先は三人ではなく、花壇の土。
複数の火の球が突き刺さり、爆発した瞬間――音を立てて、地面が崩れた。正確には、花壇の土部分だけが。
「う、うそ、きゃああああああああああああああ!?」
元々この花壇は、池を埋め立てて造った場所なのだ。つまり、地盤はかなり脆いのである。
土魔法と風魔法を繰り返し、地面が脆くなったところで火の魔法でトドメを刺せば、崩れ落ちるのも必然だっただろう。最初からそれを見越して、朝香はこの場所にミリアを呼び出したのだ。
「し、しまった!」
穴から落ちないよう、ギリギリでしがみつくミリア。しかしその瞬間、その手から簡易魔法書が吹っ飛んでいた。くるくると転がるように落ちていく魔法書。穴の淵にどうにかひっかかっている魔女には掴むことができない。
「再度っ!……炎の矢よ、断罪の牙もて放て!“
朝香は素早く魔法を放ち、転がり落ちていく簡易魔法書を燃やすことに成功する。うそ、と絶望的な呻きを漏らす輪転の魔女。
「残念だったね」
戦力では圧倒的に向こうが有利だったはず。
それでもこの結末は必然だったと確信できる。守るものがあるかどうかだけではない。最後の勝敗を分けるのは、準備を重ねて努力をした人間の方。そんなのは言うまでもなく、世界の必然というものだ。
「残念だけど、私の勝ちだよ」
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