悪役令嬢反撃す~それでも彼女は、愛する人を信じて魔女を倒すと決めた~
はじめアキラ
<1・Grumble>
悪役令嬢、とは。
ライトノベル、ゲーム、アニメ、漫画なので人気のジャンルの一つ。ヒロインをいじめたりして最終的には断罪され、処刑されたり追放されたり婚約破棄されたりする悪役のお嬢様のことを一般的には指す。元々は嫌われ役のテンプレートとして存在した役どころだが、近年はその悪役令嬢に一般人が転生して運命に振り回されたり、あるいや悪役令嬢が逆に主人公や婚約者にやり返すという趣向が人気を博し、一大ムーブメントを築いている。
ただし、当然のことながら。悪役令嬢本人が、自分が“そう”であると自覚しているケースは少ない。異世界転生した一般人が、というのはそもそもリアル世界で“その悪役令嬢が出てくるライトノベル”なんかを知っているからこそ認識しているのであって、元々の悪役令嬢が自分がそうだと思っていることはまずないと言っていいだろう。
多くの場合、誰もが自分こそが正義だと信じている。悪役もまた、自らが正しいと信じて悪行を成していることが殆どであり、そういった者達にとってすれば主人公サイドこそがヒールだ。
そう、だから。
「コーデリア、単刀直入に言うよ」
ウィルビー侯爵家令嬢――コーデリア・ウィルビーもまた。自分がまさか、悪役令嬢と呼ばれるものであるなどとはまったく思ってもみなかったのである。
「君との婚約を、解消したいと思っているんだ」
大恋愛の末結ばれるはずだった婚約者――ジュリアン・ミューアに。突然、婚約解消の意思を通達されるその日までは。
***
そもそも、コーデリアはこの世界の人間ではない。というか、コーデリアの中にうっかり入ってしまった人物がそうだった、と言う方が正しいだろうか。
現代日本で過ごしてきたOL、
話は、その異世界転移やら異世界転生やらが起きる前まで遡る。
その夜、朝香は居酒屋でくだを巻いていた。あまりにもショックな出来事があって、飲まずにはいられなかったがために。
「推しが!死んだ!!」
ジョッキをテーブルに叩きつけ、思わずシャウトした。
「何でなん?何で推し死んでしまうん?私が推すとかたっぱしから推しが死んでく法則なんなん!?これが人がバッタバッタ死ぬデスゲームとかバトルものならまだわかるけど、スポーツモノでも事故で死んだしカードゲームアニメでさえうっかりリアル死亡したんだけど!まさかカードゲームで凍死するなんて結末誰が予想するよっ!?」
「朝香って、なんていうか……不幸の匂いがするキャラにばっかり魅かれるよね。鬱の気配がすると萌えるタイプでしょ。だからじゃない?」
「鬱キャラだらけのデスゲームアニメでも、つい先日推しだけがピンポイントで死んだんですがそれは?」
「ごめんあたしが悪かった」
愚痴を言っている相手は、同じ会社に務める同僚にして大学時代からのオタク仲間、
ちなみに、今語っているのは某カードゲームアニメの話。
まさか最初期から登場した主人公のライバルキャラが洗脳されて闇堕ちした挙句、最終的に主人公を守る為呪いの扉の向こうに取り残されて氷漬けになって死ぬなんてどうして想像できようか。しかも、これカードゲーム。カードゲームで人が死ぬ展開は昨今普通なのかもしれないが(ていうか普通になってきているのもなんかおかしいのだけれど)、ゲームに敗北して死ぬならともかく、敵キャラとのゲームに勝利したのに死ぬなんてまったく考えもしていなかったことである。
何故だろう。何故、自分が萌えたイケメンキャラは、軒並み不幸な過程を辿って死ぬ結果になるのだろう。これから先に、主人公の回想でしか出てこないなんて悲しすぎる――朝香はおいおいと涙を流した。
「いいよね、瑠子の推しにはまだ生きてるヤツがいて。“ミニーハーツ”の
「……六割も相当高いと思うんだけどね」
大人になっても学生と勘違いされかねない童顔である瑠子は、やや引き攣った笑みを浮かべた。まあ、自分でも感覚がマヒしてきている自覚はある。でもって推しの最期が美しければそれもそれで萌えてしまう面倒な質だというのも。
だが最大の問題は、死んでしまうとその推しの出番がめっちゃ減るということなのだ。
カードゲームアニメ『闇の決闘王』はまだまだ続くのがわかっているのに、残りの話数を推しの出番ナシで見なければいけないなんて、あまりにも辛すぎるというもの。
「……闇の決闘王の話だけじゃないんだよ」
二十代後半の女にしては、みっともない有様になっているとわかっている。それでも酔った頭で、外聞を気にする余裕があるはずもない。ぐずぐずと鼻を慣らしながら朝香は顔を上げた。
「この間、瑠子がオススメしてくれたゲームあったでしょ。“ロイヤル・ウィザード”。あれも全クリしたんだけど」
「え、朝香もうクリアしたの?仕事あったのにどうやって?」
「そりゃもうゲームのためならば二徹や三徹……」
「寝ろ」
「う、うっさいな!とにかくクリアしたんだけど……そこで一番好きになったキャラ、メインヒーローの“ジュリアン・ミューア”だったんだよね」
ロイヤル・ウィザードとは。乙女ゲー大好きである瑠子にしては珍しく、それ以外のジャンルでドハマリしたと宣言したゲームである。主人公はコーデリア・ウィルビーというお嬢様。ジュリアンはこのコーデリアの婚約者として登場する。これだけ聞くとよくある中世ヨーロッパのシミュレーションゲームのようだが、実はこのコーデリアは某国に代々伝わる魔女の一族の跡取りという設定なのだ。まだ十七歳のコーデリアは魔法の技術が未熟であり、プレイヤーはコーデリアを鍛えて立派な魔女に育てつつ、ジュリアンや仲間たちとの絆を深めていくのである。
そして最終的に起きる、魔女狩りの勢力との決戦を勝ち抜き、ハッピーエンドを目指すという話なのだ。要するに、キャラゲー要素と育成要素、バトル要素を三つ兼ね備えたゲームであり、女性のみならず男性でも楽しめる仕上がりとなっているのである。キャラグラフィックが美しく、魔法の演出も華麗というのもまた魅力の一つと言えるだろう。
ちなみにイケメンキャラはジュリアン以外にも存在するし、可愛い女の子キャラもコーデリア以外に複数登場してくる。最終決戦に挑むパーティも、コーデリア以外は自由に決めることができる仕組みだ。勿論朝香の推しキャラはジュリアンだったので、絶対にジュリアンだけは外すものかと心に決めていたのだが。
「よりにもよって最後の最後で、男主人公ポジのジュリアンがコーデリア庇って死ぬとかある!?ハッピーエンドの流れだったのにあんまりじゃん!私か、私が推したせいなのかあああ!」
まあ、ようするにそういうこと。
朝香の推しは死ぬ、の法則から彼もまた逃げられなかったというわけで。
「そりゃ、バトル要素あるジャンルならメインキャラが死ぬこともあるって」
朝香の絶叫に、瑠子は苦笑いで返してきた。
「でも、今回は安パイだと思ったんだけどな。てっきり、朝香はジュリアンは推さないと思ってたもん。ケネスとか、そのへんが好きになるかなって。ジュリアン以外は全員生き残るし……なんていうかジュリアンって、最初から最後までコーデリア以外を恋愛的な意味で見る余地のないキャラじゃん?」
「ま、そーね」
「だから、あたしは朝香も萌えないかなって思ってたの。その、腐女子的に見ても夢女子的に見ても、美味しいキャラじゃないじゃない?」
彼女が言いたいことはわかる。
腐女子、は基本的に男キャラ同士の関係性に萌えて、その恋愛を妄想して楽しむようなオタクを指す。少年漫画の主人公とライバルでも萌えるし、少女マンガの兄弟キャラでも萌える。実際恋人ではないキャラを恋人に見立てて影でこっそり愛するというのが珍しくない。裏を返せば、公式で女の恋人がはっきり出てきて、ベタ惚れというのがわかりきっている男キャラはあまりうま味がないのだ。何故なら、妄想の余地が少ないから。ヒロインを捨てる、別れる、という公式にはまずやらないような行動をさせないと、別の男キャラとの恋愛に発展させられないのである。まあそれはそれ、パラレルワールドとして楽しむことができる者もいるにはいるが、他の“恋人がいない”キャラを比べると妄想しにくいのはまあ間違いあるまい。
実は、夢女子に関しても同じことが言えるだろう。夢女子は、イケメンキャラと自分、もしくは自分の代理人に見立てたオリキャラが恋愛するのを想像して楽しむオタクを指すからだ。やっぱり同じ理屈で、そのイケメンくんに既に公式で女の恋人がいるのは非常に都合が悪いのである。なんといっても、邪魔になる。恋人が公式でおらず、ヒロインの存在にストレスを感じないような男キャラの方が妄想しやすく、夢女子といってもうまみがあるのは事実と言っていいだろう。それはそれ、想像の世界ではその世界の彼女なんかいない!奴の恋人はあたし!として萌えることができる猛者もいるにはいるが。
「……いーんだよ、別に。だって、私は今回ジュリアン単品で萌えてんだから」
瑠子の言葉に、朝香はフライドポテトをぱくぱくしながら言った。安上がりと言いたければ言え、ビールのお供としてやっぱりフライドポテトは王道である。
「なんていうかさ。コーデリアを一生懸命守ろうとする健気で一途なところも含めて、ジュリアンの魅力だと思ってるわけ。それを無視したら、ジュリアンがもうジュリアンじゃないんだよ。元々男らしいというより、大人しくて可愛い系だったジュリアンがさ。コーデリアが子供の頃、勝手に秘術の実験をしようとして危ない真似をした時……命がけで助けてくれた上、ひっぱたいて叱った回想あったでしょ?ああいうことができる人なんだ、っていうのが私はすごく魅力的だと思うんだよね。誰かを守る為にはどこまでも男らしくなれるし、大好きな婚約者のやることのイエスマンでもない。間違っていることは、ちゃんと勇気を持って間違ってるって言える。まさに理想のイケメンじゃんか」
そして、そういうジュリアンの魅力を引き出せるのは、他でもないただ一人なのだ。他のキャラクターでもなければ、実在もしない夢ヒロインでもない。
「ジュリアンの良いところを引き出せるのも、コーデリアがいてこそ。だから私はジュリアンが推せるし、むしろコーデリアとセットで推せる。二人で幸せになって欲しかったんだよね。……瑠子もそうなんじゃないの?」
そう話を振ったのは、他でもない。瑠子もジュリアンが一番の推しであると言っていたのを覚えていたからだ。
「……そうだね。ジュリアンがあんな風に笑うの、コーデリアの前だけだもんね」
だから複雑なんだよ、と瑠子はカルピスサワーを飲んだ。
「それがわかっていても、夢女子としてコーデリアに嫉妬しちゃうところもあるのよ、あたしは。あそこにいるのが、なんであたしじゃなくてコーデリアなんだろうって。……まあ、どっちみちゲームのキャラと言われたらそれまでだけど、液晶の壁飛び越えて自分をつっこむ妄想をするのがそもそも夢女子ってやつだしさ……。元いたキャラ同士で萌えるあんたとはそこが違うっていうかさ」
「まあ、それもわかるけどね」
「何にせよ、悲しいのは間違いないよね。何でジュリアン死んじゃうんだってあたしも思ったし」
「ほんとそれな!」
瑠子となじみの居酒屋で推しの魅力を語りつつ、推しが死んでしまった悲しみを愚痴る。仕事終わりの朝香の、ごくごくありふれた光景だった。今日もいつもと同じように好きなだけぶっちゃけて、一日が終わるはずだったのである。
そう。
“あんなもの”に、出逢うことさえなかったのなら。
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