第18話 土下座

「に、兄ちゃんがやったのかよ、い、今の……な、何者だ? あんた一体何者なんだ?」


 震えてありえないものを見るような目でヤオジが問う。


「デイモン。通りすがり」

「私はストレイア。マスターの奴隷にございます」


 その問いに、デイモンは色々と考えたが別にいいかと本名を告げ、それに続くようにストレイアも名を明かした。


「デイモン!? それって、セクンドと同じ学校にいる、確か一番スゲーっていうやつと同じ名前……」

「そうよ。たしか、クラスホルダー確実とか何とかいわれてた……」

「うそ……セクンドがいつも手紙で教えてくれた……目標だって言ってた……彼が……」

「あの人が、お兄ちゃんの一番の目標だって言ってた、デイモンさん……」

「なら、あのレッドリザードを倒せたのも納得というか……」

「じゃあ、この人にあいつらを倒してもらえば……なあ!」


 セクンドのこともあるため、デイモンの名前に関してはやはりこんな辺境の村でも皆が知っていた。

 そして同時に……


「あ、あれ? でもよ、セクンドは勇者になったって聞いたけど、確か、デイモンって人は……その、選別の儀で……」


 セクンドが勇者になったが、セクンドのライバルであったデイモンは落選したという事実も知っていた。


「おー、落選した。なぁ? ストレイア。俺はクラスホルダーじゃねえ、選考落ちの平民、そーだよなァ? ストレイア」


 そのことにデイモンは意地の悪い笑みを浮かべてストレイアの頭を掴んでガシガシと横に振る。

 無言で目を閉じるストレイアは否定も肯定もせずにただされるがまま。

 そして、もうここまで来たらいいやと思ったデイモンは、意地の悪い笑みをそのまま村人たちに向ける。


「だからよ、ほんと驚いたぜ。まさか放浪して辿り着いたのが偶然にもあのセクンドの故郷とはよ~、あーあ、まさかあいつの親父を助けちまうとはよ、あーあ~~!」


 厭味ったらしく、若干の八つ当たりを込めてヤケになったかのようにデイモンはわざとらしく「あ~あ」と口にする。

 そして、デイモンがセクンドの友人であり、しかし選別の儀式で落選したということだけしか知らない村人たちは、デイモンの言葉がどういうことなのか理解できずに混乱する。


「ど、どうして? 私、儀式のことよく分からないけど、あなた、お兄ちゃんのお友達だったんでしょ?」


 何も知らないシェスタの純粋な質問。

 その問いに、デイモンはカチンときた。

 シェスタも村人たちも何も知らないのだから仕方ないのかもしれない。

 しかし、自分を非難するようなその目にイライラしてしまう。


「なあ、兄ちゃん……一体……」


 何も知らないセクンドの両親。

 そして何よりも、セクンドと想い合って、将来を誓い合っているナジミがいる。

 たった今、両親をモンスターに食い殺されて失意の底にあるナジミが居る。

 もしナジミがセクンドのことを知ったら?



「お友達~? ぐわははは、お友達って~? 勇者になった途端に俺の好きだった女を寝取ってヤリまくって、そんでもって俺を帝都から永久追放かましやがった、あの勇者様が俺のお友達~?」


「「「「え…………」」」」



 構うもんか、とデイモンは思ってぶちまけた。


「な、何言って、お兄ちゃんが、ヤリま、え、なに?」

「あ~? 勇者の責務を知らねえのかぁ? 勇者のクラスホルダーは、妻も愛人も持ち放題、気に入った女はヤリ放題。常識だろ?」

「ッ!? え、そ、そう、だけど……で、でも、そうだけど、そうだったとしても、ナジミお姉ちゃんがいるんだから、一番はナジミお姉ちゃんで……」

「ぐわはははは、そうかァ? あの野郎はもうとっくに色んな王族貴族と平民の街娘、エロい事ヤリまくりのハーレム三昧な勇者の責務を満喫してるぜぇ? お前らがお兄ちゃん助けてだの、そこの女が両親死んで悲しんでいる今でも、あいつは―――――」

「違うもん! 違う違う違う違う違うもん!」


 デイモンも色々と募った鬱憤があった。たいていのものはストレイアに発散したが、それはあくまでストレイアに対するもの。

 セクンドのことはまったく別であった。


「違う……私は……セクンドを信じている」

「あ?」

「セクンドは、男のくせに女の子には弱くて、そういう男女のことには顔を真っ赤にして何もできないような、純朴な……だから、違う。あなたの言っていることなんて信じない」

「あ゛あ゛?」


 涙を拭いて、ナジミが立ち上がり、真っすぐな目でデイモンにそう返す。

 他の村人たちも同じようで、セクンドの両親も出会ったときはデイモンに笑顔を見せていたのに、今では違った。


「そーかい、ま、勝手にしやがれ。俺ぁ気分ワリーから、もうこの村をおさらばさせてもらうぜ。二匹のトカゲの駆除で、とりあえず小屋と食料の対価は払ったってことで十分すぎるよなぁ? 釣りはいらねえ」


 その空気にもう耐え切れず、デイモンは踵を返す。


「おい、もういいや、出るぞ、ストレイア」

「承知しました。しかし、このままでは夜営に―――」

「全力で走りゃ、町までなんてこたーねぇ」

「しかし私は……」

「ったく、抱えてやるよ。その代わり運賃の対価としてメッチャエロエロ奉仕を!」

「あの、私の奉仕は元々の対価に含まれていますので、メッチャエロエロというのも―――」


 さっさとこの村から出よう。そう思ったデイモンだったが、その前にヤオジが回り込み、膝を突いた。


「ま、待ってくれ、兄ちゃん。いや、デイモン君! 本当のことは俺には分からねえ。セクンドが……息子があんたに何をしちまったのか……あんたが息子をどう思ってるのか……だが、だが、待ってくれ! 今……この村は危機なんだ」


 そう、デイモンの言葉が真実かどうかは別にして、今差し迫っての問題はレッドリザードのことである。

 

「馬が食われちまって、すぐに町へ行けねえ。いや、それどころか、奴らは一匹や二匹じゃないってことだから、まだ来るかもしれねえ……そうなると今度こそ……」


 先ほど馬を失ったこの村では、町へ助けを求めに行くには時間がかかる。

 ましてや、町へ行ったからといってすぐに助けが来るとも限らず、また別のレッドリザードがいつ村を襲いに来るかも分からない。


「たのむ! 兄ちゃんの力を見込んで、どうか助けてほしい! もし息子のことであんたを傷つけたなら謝る! 俺がいくらでも! ……だから……」


 豪快なようで、一番状況が分かっているのはヤオジだった。


「お父さん、なんで……この人、お兄ちゃんを……」

「おじさま……」

「それしかねーんだ、シェスタ! ナジミ! 今はこの兄ちゃんに助けてもらうしか、俺たちが生き延びる道はねえ!」


 今のこの自分たちの状況をどうにかできるのはデイモンしかいないということをヤオジは分かっていたのだ。

 だが、それはデイモンにとってはあまりにも屈辱的なこと。


「ああん? この俺に、あのセクンドの故郷のために働けってのかぁ? 勇者様でもないこの俺にィ?」

「助けてくれたなら礼は可能な限りいくらでも、だから……」

「礼? 危険度3のモンスター退治つったらかなりのもんだぜ? それに見合う対価なんてこの村にあんのかァ?」


 セクンドの故郷のために。改めてそれを口にするだけでデイモンはイライラする。

 ましてや無償はまっぴらだった。

 しかし、そんなデイモンを余計にイライラさせるかのように、ヤオジの隣にフクロも両膝をついて頭を下げる。


「お願いします……どうか……村をお救い下さい」


 それを見て、他の村人たちも……


「お、お願いだ、どうか助けて下さい!」

「お願いします!」

「お願いします!」


 気づけばほとんどの村人がデイモンの前で土下座し、そして助けを乞う。


「お父さん……お母さん……う、うぅ……ッ……お、お願い……します」


 皆の姿に、シェスタも堪えきれずにまた涙を流すも、ついに両膝をついてデイモンに頭を下げる。

 そして……


「ッ……セクンドのことは、信じられない……だけど……おじさまの言う通り、今この村を救えるのは……あなただけ……私はもう……お父さん、お母さん……これ以上、皆を失いたくない……だ、だから……う、うう……お願いします」


 愛する男を中傷されたような気持だったナジミ。

 両親を失ったばかりで失意のどん底の中でのデイモンの言葉には、強い怒りさえ覚えた。

 だがそれでも、今はデイモンに縋らなければ、もっと失ってしまう。

 だから、ナジミも土下座してデイモンに懇願した。

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