第17話 ツンデレ
「なんだぁ、今の音は!」
「それに、馬が……え? あ……あ……」
突如聞こえた何かが壊される音と、馬が上げる断末魔。
顔を青ざめた村人たちが家畜小屋を見ると、家畜小屋の壁が勢いよく破壊され、そして中から顎を血だらけにした巨大なトカゲが出てきた。
「ひっ、あ、ああ……」
「いやあああああああああああああああ!」
「ひいい、あ、あいつら、む、村まで降りてきやがった!」
「ま、また出てきた、に、二匹も……」
「そんな、う、馬が、馬が……」
その巨大な二匹のトカゲこそ、間違いなくレッドリザード。
馬を無残に喰い荒らし、そして集まっている村人たちに気づいてゆっくりと近づいてくる。
「く、くそぉ! こんなこと、こんな奴ら……母ちゃん! シェスタとナジミを、みんなを連れて今すぐ逃げろ! 俺が少しでも時間稼いだらぁ!」
「あなた!?」
「お父さん!?」
「おじさま!」
そのとき、怯えながらも鍬を持ってヤオジが皆の前に立って吼えた。
「いやだよぉ、お父さん、ダメ! いやだ、お父さん!」
「いいから、イイ子だから逃げろ、シェスタ! 早く!」
勝てるわけがない。無事で済むはずがない。間違いなく食い殺されるに決まっている。
しかし、それでも少しでも時間を稼いで家族を守ると、ヤオジが吼える。
「い、いやだ、いやだ……お兄ちゃん! お兄ちゃん助けて! お兄ちゃん! お兄ちゃーん!」
父が死んでしまう。ナジミの両親のように食い殺されてしまう。
そう思ったとき、シェスタは泣きじゃくりながら必死に兄を呼んだ。
「う、あ……お父さん……お母さん……このままじゃ、おじさままで……ッ、セクンド、助けて! セクンドッ、今すぐ来て! お願い、助けて! 勇者なら、お願い、助けてぇぇえ!」
ナジミもまた必死に叫ぶ。
だが、その叫びは勇者セクンドは届かない。
「ぐわははは、あの野郎は今頃、帝都中の女たちとヤリまくってるころだろうからな……どんな気分だろうな……自分が女とヤリまくっている間に自分の家族や婚約者が食い殺されるのは……それとも、すっかり満たされた状況に酔って、田舎の家族や女のことなんて忘れちまってるかな?」
泣き叫ぶナジミとシェスタを眺めながら、デイモンは笑った。
心の中でセクンドに「ざまあみろ」とすら思った。
思った……が……
「ん~……それにしても、困ったな……あまりにもベタ過ぎる展開で、何とも出にくいぜ。なぁ? ストレイア」
「私の意志は全てマスターのものです。マスターを傷つけた勇者セクンドへの仕返しをされたいのであれば、私は構いません」
そう、村人たちからすれば、死を予感させるほどの危機的状況。
しかし、デイモンにとっては違った。
デイモンからすれば「勇者に助けを求める力無き村人たち。そしてたまたまこの場に居る自分」という、物語ならばまさにベタな展開であるということで笑ってしまい、ベタ過ぎてこの場で登場するのも恥ずかしいと思うほどであった。
また、動きづらい理由として……
「そーなんだよな……ここ、セクンドの故郷なんだよな……」
何故自分がセクンドの村を? 色々と複雑な心境であり、このまま見捨ててしまおうかという想いも過るほどであった。
さらに……
「それに、もう無償で動くのもバカバカしいしな」
「?」
「無償の奉仕が勇者の務め……だったんだが、もう俺は勇者でも何でもねぇ。無償の奉仕はバカバカしい……なんかもう、そう思っちまった」
これまで求められれば「勇者になる男だから」という理由で、デイモンは積極的に無償の奉仕に努めた。人に頼まれたり、時には人から言われなくとも積極的に動いた。
それはどちらかというと好感度上げや内申点のためでもあったのだが、もうそれらが意味のないものになってしまったことと、そうやって奉仕した先に自分を待っていたものは……
――偽物! 偽物! 偽物! 偽物! 偽物! 偽物!
何もかもを忘れたかのような掌返しの民衆。いや、人間たち。
もう、無償で何かをするのは無意味だと感じて、いつものように動き出さなかった。
そんな風にデイモンが頭抱えている間にも、レッドリザードは駆け出す。
その動きは、巨体とは思えぬほど素早いものであり、まさに獣。
「くそ、ココから先は通さな――――」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、いやあああ、お父さんッ!」
ヤオジが鍬を振るう。レッドリザードの頭に鍬が振り下ろされるが、鍬の方が砕けた。
「か、かてえ……くそぉ!」
平民が振るう刃や道具では傷一つ負わせられない。それが危険度2以上。
だが、それはデイモンからすれば……
「あ~……あ、いや! 無償じゃなかった! 小屋を借りて食料を分けてもらってた!」
「……………」
「つまり、これは無償じゃねえ……対価だ! 等価交換だ! もともと無償の施しは何だか体が受け付けねえからよぉ、俺様は! つーことで!」
ポケットに手を入れたまま、脚に力を入れて蹴り上げる。それだけで、デイモンはカマイタチを作り出し、その風の刃がレッドリザードの胴体を真っ二つに裂いた。
「「「「「………………え?」」」」」
何が起こったか分からず呆然とする村人たち。
もう一匹のレッドリザードがデイモンを見る。だが、次の瞬間には……
「睨んでんじゃねえよ、カスが」
「グペっ」
何が起こったか理解できぬまま、もう一匹のレッドリザードの首が飛んだ。
「「「「「………………」」」」」
ただ呆然とデイモンを見る村人たち。
その視線に居心地悪くなるデイモンは頭を掻きむしる。
「あ~~、くそぉ、とはいえやっちまったよ、こんなベタなベタベタな登場を、はっず、はっず、恥ずかしい~! しかも、よりにもよってセクンドの野郎の故郷でよぉ……あ~、とにかく、別に助けたわけじゃなくて、小屋と食料の等価交換だからよぉ、勘違いすんなよなぁ! アア? 見てんじゃねえよぉ!」
と、早口で喚き散らすデイモンの隣で、ストレイアはコッソリ手で口元を隠して、何かを隠して堪えているようだった。
「……………マスター……かわいい」
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