第15話 怨敵の家族
「ひゃわあ、あ、あわ、あ、あわわわ、わわわ」
デイモンより少し年下と思われる黒髪の小柄な少女。
長い黒髪を左右で結び、まだ少し幼さを感じるところもあるが、その容姿は帝都に居ても恐らく男たちが放っておかないほどの可愛らしさであった。
ヤオジとフクロの娘と思われる。
パッチリとした目と活発そうな声で両親を迎えるも、デイモンとストレイアを見た瞬間に顔を一瞬で真っ赤にし、頭から湯気を出して狼狽している。
一方で、デイモンもその少女をどこかで見たことがあった。
だが、デイモンが少女のことを分かる前に……
「ひゃあああああ!」
少女は慌てて逃げ出す。
そして……
「ナナナナ、ナジミお姉ちゃんッ!」
「わっ、どうしたの、シェス……タ……あっ」
少女が逃げた先。そこには、また別の女が丁度こちらに向かって来ていた。
手提げの籠に夕飯に使うと思われる野菜を積んで、飛び込んできた少女を驚いたように迎え入れる。
「あ、あわ、わ、あ、あなたは……」
こちらはデイモンと同じ歳ぐらいに見える。
茜色に染まった髪を頭の後ろで結び、こちらもいかにも田舎の娘という着飾っていない質素な格好。
だが、その容姿もまた、純朴さと可憐さを兼ね備えた美しい娘。
何よりも目に付くのはその豊満な胸に、デイモンは思わず見入ってしまいそうになった。
ただ、一方で……
「あれ? こいつもどこかで……いや、っていうか、何でお前ら二人ともそんなに俺を見て慌ててんだ? 初対面……だよな?」
二人の娘が互いを抱き合いながら顔を真っ赤にして、デイモン、そしてストレイアを見てガタガタと震えている。
自分たちが何かをしたかと不思議に思うと、ヤオジとフクロは大笑いした。
「あっはっはっは、気にすんな、こいつらよぉ、兄ちゃんと姉ちゃんが小屋の中でお愉しみなのをよぉ、覗いちまったらしくてな? 何分小さい村で、同年代の男もいねえもんだから、こいつらはそういうことに免疫無くてよぉ」
「でも、あなたたちが悪いのよ? 小屋の中だからって外にまで聞こえるぐらい大きな声で長時間……うふふふ、この子達ったら、内股になってモゾモゾと―――」
「お父さんッ! お母さん!」
「おじさま! おばさま!」
デリカシーなく二人の痴態を語るヤオジとフクロ。
デイモンは思わず苦笑してしまう。ストレイアは顔には出さず平静を装っている。
「っと、そうそう。こっちは俺らの娘の、『シェスタ』だ。んで、大きい方は隣に住んでて、まぁ、もうこっちも俺らの娘みたいなもんで、『ナジミ』ってんだ」
「シェスタ? ナジミ……それって……」
二人の名前を聞き、ハッとするデイモン。
その名前、そして二人の顔を改めて見て思い出した。
デイモンは一方的にだが、二人のことを見たことがあった。
「まっ、とにかく。兄ちゃんと姉ちゃん、困ってんなら小屋はしばらく使ってくれていいからよ。ただし、二人には手ぇ出すなよなァ?」
「もう、おじさまったら……でも、いいの? というか、この人たちは誰なのか聞いたの? その……女性の奴隷も連れてるし……」
「まあまあ、いいじゃねえか、ナジミ。もしこいつが女の奴隷にヒデーことする男だったら叩き出してるところだがよ、衰弱したこの男を連れてきたこの姉ちゃん、スゲー必死にこいつを介抱しててよ、とりあえずヒデー関係でもなさそうだったし、何よりほら、この姉ちゃん、全然嫌がってなかったろ? 声とか♪」
「ちょっ!?」
「いやぁ、それにしても見れば見るほどメチャクチャ美人で清楚な顔してんのに、あんなになぁ?」
顔を赤くしながらも、ナジミは少し警戒するような目でデイモンを見ながらヤオジに耳打ちする。
そう、一見すれば今のデイモンとストレイアはどう見ても怪しい二人。
デイモンもお世辞にも普通とは言い難いガラの悪い容姿をしており、そんなデイモンが首輪を嵌めた美少女を引き連れている。
悪い印象を抱かれるのは当然のことである。
だが、ヤオジは心配いらないと笑った。
「それによぉ、仮にも俺は勇者の父親よぉ! 勇者の父親ってこたぁ、器の狭いところは見せらんねーからよぉ!」
と、ヤオジは胸張ってドヤ顔を見せて高らかにそう叫んで笑った。
「勇者……」
これまで黙っていたストレイアが反応し、そしてデイモンをチラッと見る。
そして、デイモンは黙ったまま。
「おうよぉ、姉ちゃん。知ってるか? 帝都でなんと二十年ぶりに新たに誕生した勇者・セクンドったぁ~、この村出身で俺の息子よぉ!」
それは、デイモンにとっては因縁深い男であった。
何の目的もなく逃げて、彷徨って、そして偶然辿り着いたのが、まさかのセクンドの故郷。
そして……
「あ~うぅ、もう……お父さんったら……コホン。えっと、そういうことで、私はシェスタ。よろしくお願いします……」
「はぁ……私はナジミ」
自分から愛する女を奪ったセクンド。
そのセクンドが勇者になるまでの心の支えであり、想い続けていた故郷の幼馴染と妹。それが目の前に居る。
そう思った瞬間、デイモンの中で何か黒い感情が沸々と込み上げてきた。
ただ、その時だった。
「大変だー! ヤオジのおやっさん! ナジミちゃん! 大変だー!」
村の住民が、血相を変えて叫びながら走ってくる。
その様子は明らかにただ事ではない。
一同が声のした方に振り返ると……
「森の奥の川で、先日詰まった水路を直しに……そ、そしたら、あ、あう、あ……レッドリザードの群れが……」
「ッ!? は? ちょ、待て、は? レッドリザード? ばかな、何で森にそんな魔物が……」
「わ、分かんねえよ、だけど急に現れて……俺ら皆で必死に逃げたんだけど……だけど!」
皆の顔色が変わる。
デイモンとストレイアも少し驚いた。
レッドリザードは、ドラゴンと似た姿をした獰猛で肉食の巨大なモンスター。
魔王軍が人間との戦争で兵の代わりに使うこともあるほどのものであり、クラスホルダーといえども簡単に討伐できるようなものではない。
それが……
「それで、ナジミちゃん……それで……き、君の……お父さんとお母さんは……もう……」
「ッッ!!」
「うう、すまねえ! すまねえ! 二人が……うう、二人がぁ!」
涙を流しながら告げられたその言葉に、ナジミは持っていた籠を地面に落とした。
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