第10話 聖女の謝罪

 デイモンが落選し、寝取られ、追放されて、怒涛の地獄を目の当たりにしたのが、数日前の出来事だった。

 そして、今に至る。



「聖女……お前、今……何て言った?」



 全てを失い、訳も分からぬまま帝都を追い出され、着の身着のままでただフラフラと放浪していたデイモン。

 どこまで逃げたかももう分からない。ここがどこなのかもわからない。

 もう、何もかも訳が分からない。

 何もかもがどうでもいい。

 いっそ死んだ方がマシ。

 それほどギリギリまで追い詰められていたデイモンの目の前に現れたのが、デイモンに落選を告げた聖女。

 そして、真実を告げて土下座し……


「なあ……何言ってんだよ……何言ってんだよ、お前……」


 デイモンはまるで理解できなかった。

 

「はい、もはや死んで償いきれるようなものではないほどの大失態……この私の無知ゆえに……本当に申し訳ございません」


 それでも額を地面に擦りつけ、神聖なる真っ白い純白の聖女の衣を土で汚しながらも、ただただ聖女は涙を流しながら謝罪を続けた。


「あなた様は平民などではありませんでした。歴史上二人目……勇者の中の勇者……神の作りし魔鏡の枠組みでも図り切れぬほどの無限の器と才能を持ちし、天賦の超人……『天元勇者』……それがあなた様の本当のクラスです」


 すぐには理解できなかった。

 勇者を超えるクラスの存在など、デイモンも聞いたことが無かった。

 仮にそんなクラスが存在したとして、それが自分だと言われてもピンとこなかった。

 だが、そのクラスは分からなくても、仮に『普通』の勇者とは違ったのだとしても、唯一分かることがある。



「つまり、やっぱりお前の選別は間違っていた……俺は平民でも何でもなかったってことだよなァ? 俺はクラスホルダーだったってことだよなア!」


「おっしゃる通りです」


「俺がクラスホルダーじゃねえのは魔族だからじゃねえかとか、魔族の血を引いてんじゃねえかとか色々言ってたよなァ!」


「それも私の完全なる誤りでした。過去の記録を確認しましたが、あなた様のご両親は、ちゃんと過去に選別の儀式を受けた記録があり、その血筋を遡っても、一切魔族の血はありませんでした」



 自分は平民などではなかったことを。

 れっきとしたクラスホルダーだった。

 勇者になれなかったわけではなく、本当ならその勇者をも超えるクラスになるはずだったこと。


「すぐに訂正と謝罪を帝国の皇帝陛下及び連合国全土に公表するはずが、あなた様が帝都より追放されたとのことで、まずは急ぎそのことをと……どうか、今一度私と帝都へお戻りください。そして、聖女の名をもって改めてあなた様のクラスを――――」


 そして、そのことを訂正して改めて―――



――だからもういいの、わすれさせて♥



 だが、愛した女は既に―――


「……ざけんな」

「ッ!」

「ふざ……けるなよな? 俺は……言ったはずだ……間違っていると。絶対に間違っていると何度も何度も何度も」

「……おっしゃる通りでした」

「ッ! おっしゃる通りでした、誤りでした、すみませんで済む話じゃねぇだろうがァ!」

 

 次の瞬間、廃人だったデイモンの中で何かがブチっと音を立ててキレ、土下座する聖女を掴み起こし、激しい怒りをぶちまけた。



「ふざけんじゃねえ、テメエコラぁ! 自分が何をしたか分かってんのかぁ! もう、もう取り返しがつかねえことをしたんだぞ! 俺のこれまでの人生の全てを、堪えて来たものも、惚れた女も何もかも、テメエのミスで俺は何もかも失ったんだぞ!」


「ッ……はい……すべて私の責任です……償いになるかは分かりませんが、全ての公表と同時に私は聖女の座を辞し――」


「そういう問題じゃぁねんだよぉ!」


 

 幼い少女のように大粒の涙を流す聖女。

 しかし、今のデイモンにはどうでもよいこと。



「だから言ったはずだ! 俺は何度も! もう一度調べろと! 絶対におかしいと!  何度も言った! だけど、テメエはしなかった! そして聖女であるお前の言葉は絶対だからと、他の誰も、誰もッ、誰も!」


「はい……」


「何が聖女だ何様だ! その言葉がどれだけ重いか……人の人生をどん底に突き落としておいて、間違ってましたで済むわけねぇだろうがッ!」



 掴み起こした聖女をその場で押し倒し、デイモンはただあらん限りの恨みの言葉をぶつけた。 


「俺は勇者になるはずだった! 何だったら魔王だってぶっ倒して、戦も終わらせて、英雄となって、なのになぜだ! 何故俺はこうなった! 帝都の奴らだって皆が俺を神童だの勇者確実とか言っておだててたのに、今じゃみんながセクンドセクンドセクンドで、俺のことを掌返しで偽物呼ばわりして、挙句の果てにリィーヤさんは……リィーヤさんは……あ、ァァァァァァあ、あああアアアアア、ふざけるなァァァァ!」


 生きる意志も失い、弱り切っていた体の奥底から振り絞るような言葉を叫び続けた。

 喉が潰れ、声が枯れるほど、一心不乱に叫んだ。



「コロスコロスコロス! 犯して蹴り殺して、テメエみたいな無能なカス聖女を派遣するような聖都も聖王すらも滅ぼすまである! 全てを全てを全をぉぉお!!!!」


「申し訳……ありません……申し訳ありません」


「———————ッ!? あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああ゛あ゛あ゛あ……あぁ……」



 そんなデイモンに、ただ謝罪するしかできない聖女。

 聖女に対して、デイモンの頭の中で限界の糸が切れた瞬間、デイモンはもともと衰弱していたこともあり、叫び疲れてそのまま意識を失ってしまった。

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