第9話 落選・寝取られ・追放
絶望。
奈落。
地獄。
悪夢。
そう、これは夢だと思った。夢だと信じたかった。
酒場の裏口近くの部屋は、いつも誘われていたけど入らなかった部屋。
そこに入るのは、勇者になってからだと心に決めていた。
その部屋から自分の初恋の女と、自分の友人の声が聞こえてきた。
いや、二人だけじゃない。
「もう、セクンド先輩~、いつまでヤッてるんですか~?」
「セクっち~私たちももう一回お願い~」
つい数日前までデイモンに群がっていた後輩や同級生の女生徒たちの声まで聞こえてきた。
「はあ、はあ、もう、たまらない……僕は、決してこういう男じゃなかったのに、一体どうして……」
興奮したように息を途切れさせながら呟くのはセクンド。
「僕には心に決めた人が……だけど、コレも勇者の責務だって……この国にいる一人でも多くの女性に子種を分け与えるのが勇者の責務だからって……嗚呼、どうして僕は、デイモンの、んむっ?! ん、ん」
「もうやめて、その話は……んちゅ、そんないけない勇者のお口はキスで塞いじゃうよ? もう全部忘れさせて……仕方ないよ。だって、彼は勇者になれなかった。それどころかクラスホルダーでもない平民……そうなったらもう流石にお父さんも許してくれない……お母さんの治療も……ううん、なんでもない。ん♥ だからもういいの……いっぱいいっぱいして、忘れさせて♥」
「そうですよ。私もガッカリです。デイモン先輩が本当に平民だったなんて……でも、いいんです! セクンド先輩に見初められた以上は、もう私は勇者様専用の女になるんです~♥」
「だからもっと抱いて、セクっち。いいえ、勇者様! 私たちを好きなだけ抱いて、子供を作って、そしてこの国を繁栄させるの!」
僅かながらに戸惑うセクンドに一斉に飛び掛かる女たち。裸で絡み合い、僅かな迷いすらも許さないと勇者であるセクンドに濃厚に迫る。
そして、セクンドの迷いも理性もこの瞬間に崩壊した。
「うおおお、もう構うもんか! そう、僕は勇者だ! 勇者である以上、これは責務だ! 全員僕の、僕が、僕がぁ! デイモンが手を出さなかったんだし、これは略奪でも何でもない! みんなの初めては僕がもらったんんだから、君たちは最初から僕の女なんだ! だから何も気にする必要なんてないんだ! いくぞぉ、勇者の子種を一人残らず―――――」
次の瞬間、路地裏でデイモンは吐いた。
「うお、え、えお、お、おえ、が、ええ……」
最愛が他の女たちと一緒に、自分以外の男と交わって喘いで甘い声を上げていた。
そして、そのことを悦んでいた。
「あがあがああああああああああ、ああ、ああああああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
その瞬間、今までの人生の全ての思い出が脳裏を駆け巡った。
全てが粉々に砕け散り、もはや怒りすらこみ上げないほど心が折れてしまった。
「っ、な、なんだ!」
「きゃ、いや、誰、覗き!」
「もう、誰よ! あ……」
「ちょ、へんた、い、あれ?」
デイモンの声を聴き、部屋から慌てて顔を出すセクンドやリィーヤたち。
当然全員が衣服を身に纏っていない。
そして皆が、路地裏の地べたで這いつくばって嘔吐するデイモンの姿を見て眉を潜め……
「デイモン……ッ、こんなところで何を……まだ投獄されていたはず……神聖なる勇者の責務を覗き見て、そんなところでコソコソと何をやっているんだ! まさか、僕に逆恨みでもしようと脱獄を!?」
「デイモン君……」
「デイモン先輩……うわっ、きたな……」
「デイっち……なんだ、かっこわるい……」
そして、デイモンに誰も優しい声なんてかけなかった。
「おい、何だよ今の声は! 裏口から……うわ、お前は……」
「誰かいるのか? お前、そこで何をしている!」
「勇者様、何かありました! お前は……」
そして、デイモンの声を聞いて、酒場の主人や客や大通りにいた平民たち、そして勇者の護衛のために控えていたのか、騎士たちまで現れて一斉にデイモンを取り囲んだ。
「デイモン……ッ……君は」
本来ならその全てを軽く蹴散らせるデイモン。
「セクンド……リィーヤさん……あ、う、あ……あぁ」
しかし、絶望して心が砕けた今のデイモンは廃人のようになってしまっていた。
「デイモン……あ……ァァ……君は……ぼ、僕は……ッ……僕は……」
そのあまりにも哀れな姿に、我を忘れて性欲に溺れたセクンドは胸が僅かに痛んだ。
「脱獄なんぞしおって……さらには勇者様に何をしようとしたのだ!」
「まったく、20年だぞ? 20年ぶりに誕生した勇者様の責務を邪魔するとは不届き者め!」
「相当期待されてたガキだったみたいだが、勇者様への嫉妬でバカなことをして」
「来い。平民なのか、魔族の血を引いているか分からんが、もう極刑は免れんぞ?」
騎士たちに無理やり掴み起こされるデイモン。
その姿はまさに犯罪者の取り押さえ。
さらに……
「クソガキが、俺の娘が勇者様に子種をもらってるところを邪魔すんじゃねえ! くそ、ただの平民やら魔族の血筋だったとはよぉ……この偽物が! へへへ、勇者様どうか気にせずリィーヤを孕ませてくだせえ」
駆けつけてきた酒場の主で、リィーヤの父はデイモンを睨みつけて唾を吐き捨てる。
いつもニコニコして手揉みしていた男の一変した掌返しの姿に、デイモンはもう言葉も出ない。
騎士たちがデイモンを引きずる。
そして、路地裏から表通りに引きずり出されたデイモンを待ち受けていたのは……
「おい、あの悪ガキだ! クラスホルダーでも何でもなかった偽物のあのガキだ!」
「聖女様に危害を加えようとし、さらには騎士団やブシン大将軍相手にとんでもねえことした奴が、まさか勇者様にまで!」
「あの野郎、自分が何をしようとしたか分かってんのか! 勇者様に嫉妬して暴れてよぉ!」
「前々から彼はエラそうだっと思ってたんだけど、まさか偽物だったなんてガッカリだわ」
「この偽物野郎ッ!」
ついこの間まで、街の声は全てデイモンを敬う声だった。
しかし、今は違う。
「「「「「偽物! 偽物! 偽物! 偽物! 偽物! 偽物! 偽物!」」」」」
全ての者たちがデイモンを否定した。
「デイモン……ッ……」
衣服を整えて部屋から駆け出すセクンド。
そして、帝都の民たちから一斉に浴びる非難の声と、それを受けながらもグッタリして顔も上げられないデイモンの姿を見て、セクンドは……
「ま、待て!」
「「「「?????」」」」
セクンドは声を上げ、民衆を制する。
「待て、仮にも僕の友人だったんだ。それに、今は混乱しているだけだろうから……極刑までは……」
「勇者様、し、しかし……」
「どのみちもう彼は平民……何の力も権限も、これから先の行く末もない。だからせめて……もう二度とこの地に来ないことを条件に、せめて―――」
僅かながらに残っていたセクンドの情け。
投獄や処刑ともなれば、後味が悪いと思ったのか、せめてもう二度と現れないことを条件に……
「勇者の権限において命ずる。彼を帝国から追放しよう」
デイモンを追放することとした。
「勇者様……し、しかし、そのようなことは、陛下やブシン大将軍の―――」
「勇者の決定です。だから、これ以上彼に手を出すことは許さない」
その時、もうデイモンはセクンドやリィーヤの顔も見れなかった。
セクンドの同情。哀れみ。慈悲。それとも罪悪感なのか。
いずれにせよ……
「デイモン。せめてもの情けだ。これからも続く勇者の責務とはいえ、少しだけ僕も溺れていた……」
「………………」
「言っておくが、バカな気は起こしてはダメだよ? 僕に何かあれば、君は帝国、いやそれだけではなく連合加盟国をも敵に回すことになってしまう。そうなっては流石に僕でも庇いきれない……」
「……ッ、あ、あ……」
「これでさよならだ、デイモン……」
ただただ苦しくて、復讐する気持ちすら湧かないほど心が折れ、後はもう何も分からず耳を塞いで……
「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
ただ、発狂しながらその場から帝都から脇目もふらずに逃げ出した。
そしてその数日後、デイモンの目の前に聖女が現れて土下座をした。
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