第4話 友

 放課後。演習場の片隅で一人の生徒が『魔法の手紙』を広げてほほ笑んでいた。


『セクンド。学校はどう? もうじき選別の儀式だって聞いてるけど、どんな結果になったって一度は村に帰って来なさいよ!』

『お兄ちゃん、早く帰ってきてね! お父さんもお母さんもお兄ちゃんの帰りを待ってるから! ナジミお姉ちゃんも待ちきれなくて、他の男の人と結婚しちゃうかもしれないよ? でも、安心してね。その時は私がお兄ちゃんのお嫁さ―――』

『ちょ、シェスタ、ななな、なに言ってんのよ! あんたはセクンドの妹でしょ! あ~、コホン、セクンド! いーい? 待っててあげるんだから……だから、ちゃんと帰って来なさいよ! 別に、勇者じゃなくても、どんなクラスだろうと、それこそ平民だって私は構わないんだから! だから……』

『でも、勇者になったら私もお兄ちゃんのお嫁さんになれるよね? 勇者なら誰とでもだもんね?」

『こら、シェスタ―!』

 

 魔法の力で文字だけでなく、その手紙の送り主の姿形を記録して投影する魔法の手紙には、二人の女性が浮かんでいた。

 二人とも、格好は帝都の若者らしくなく、どこか質素な村娘のような容姿。だが、美しさと可愛らしさを溢れさせ、そんな二人の姿を映し出した手紙を、一人の生徒が愛おしそうに眺めていた。


「ふふふ……ナジミ……シェスタ……ごめん。今日もデイモンに勝てなかったよ」


 茶系の髪を靡かせて、郷愁漂う瞳で物思いにふけるように苦笑しているのはセクンド。

 帝国騎士養成学校におけるトップクラスの優等生。

 端正な顔立ちと座学においては学年トップ。男らしい体格のデイモンと違い、少し小柄。だが、その戦闘能力や魔法能力は同世代ではデイモンに次ぐ二位の実力を持ち、歴代の生徒たちの中でもトップクラスの実力と才能を持っており、将来はデイモンと同じようにクラスホルダーは確実、さらには勇者のクラスに選別されるのではないかというほど周囲から期待されている。

 しかし、それほどの才能あふれる生徒でありながらも、戦いではデイモンには一度も勝ったことはなかった。


「ぐわはははは、故郷の幼馴染と可愛い妹に励ましてもらってんのかぁ? 嫌だねぇ、根暗な凡人は」

「え? わっ、で、デイモン!」


 そんなセクンドの背後にコッソリ近づいたデイモンは、急に声をかけて驚かせて冷やかした。


「おめーの幼馴染の女の子だよな? なかなかの美人だな。オッパイもでけー! 妹もオッパイはちいせーけど、かわいーじゃねーか」

「デイモン」

「あ~、もう、睨むな睨むな! いくら俺が勇者になって色んな女とイチャイチャできる権限与えられても、人の女や家族に手ぇ出すほどゲスじゃねえからよ」

「ふふふ、そうだよね。お前にはもう色んな女性から予約されているだろうからね」


 笑いながらセクンドの隣に腰を下ろすデイモン。

 養成学校最強とナンバー2の二人。人から見たらライバル関係に見える二人。しかし、デイモンはそんな気はなく、セクンドは友人の一人の感覚。

 一方でセクンドもデイモンに対しては、目標でもあると同時に、自分にはない豪快さとその人柄にどこか気が合うように感じ、負の感情を持っているわけではなかった。


「ぐわははは、そうよそうよ! いやぁ、この間も地方の領主が美人な娘を連れて、せめて子種だけは授けて欲しいとよ。ぐわははは、種がいくらあっても足りねーぜぇ! ま、これも勇者の責務ってやつよぉ! 無償で分けてやると頷いてやった! ぐわはははは!」


 勇者のクラスホルダー。

 それは毎年世界全土で行われる選別の儀式において、誕生するのは5年から10年に一人とまで言われている。

 世界の盟主とまで言われている帝国ですら、もう20年も新たな勇者は誕生していない。

 だからこそ、もし勇者のクラスホルダーに選ばれたならば、その者は生涯における全てを保証される。

 無条件での軍の最高幹部の席。莫大なる恩賞。その他にも様々な特例や権限を与えられる。

 その一つが……


「勇者になれば、優秀な子を残すために妻も愛人も何人も持つことを許され、妊娠した女は家族も含めて生涯帝国から手厚い保護や援助を受けられる。まさに帝国公認ヤリまくりハーレム人生勝ち確よぉ! どいつもこいつも俺様が勇者になると思って、予約してきやがるから大変よぉ!」


 一人でも多くの優秀な子孫を残すためのものである。それが将来的に帝国の、人類の力となるのである。

 一方で、勇者の子種を得て子を成すことができた家は平民であれば生涯安泰であり、貴族であれば国内外含めて多大なる影響力を持つことができる。

 それゆえ、勇者候補最右翼として名高いデイモンには、出遅れないためにも早く唾をつけておかねばならぬと、選別の儀式を前に多くの女や王族貴族が群がったのである。



「……つーか、それはお前も同じじゃねーのか? 俺様は争奪戦だから、お前に流れる家も結構いるって聞いたぞ?」


「は、はははは、僕はそういうのは分からないし……それに、僕には……もう心に決めた人がいるからね。まだ、その人のこと以外は考えられないかな。彼女と、そして妹や父さん母さんを、村を守れる男になりたい……僕はそれだけでいいんだ」


「かー、小せぇ小せぇ、故郷の婚約者一人とイチャイコラだけで満足ってか? つまんね~な~、真面目くんは」


「おやおや、そう言いながらもそれは君だって同じだろう? 色んな女性や貴族に誘われても、頑なに手を出さないのは、帝都の酒場の――――」


「ばば、ばっかぁ! そんなんじゃねえよぉ! お、俺様はほら、一応校則でエロエロなことしたら停学とか退学とかってあるからよぉ、勇者になるまでは不祥事起こさねえように禁欲してんのよぉ! 解禁になったら毎日色んな女とヤリまくりよぉ!」


「でも、最初の相手は酒場の『リィーヤ』さんがいいんだよね? 平民とはいえ、帝都一番の美人って言われてるしね」


「ばばば、ばお、ばーろぉ、リィーヤさんはあれでそれでいや、まああれでそれでそうなって!」



 そこにはいつも自信満々でバカでスケベで豪快なデイモンではなく、照れて顔を真っ赤にする、少しヘタレな男がいた。

 それを冷やかすように笑うセクンド。


 そんな二人は、勇者や英雄やクラスホルダー関係なく、どこにでもいるただの思春期の青年にしか見えないものだった。


 

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