女子高生S・Mの怪談
小狐ミナト@ダンキャン〜10月発売!
プロローグ
「
朝の教室、日直だった
その応援歌をかき消すような軋むロープの音がギィギィと50キロ程度の体を宙に浮かべて揺らしてた。
古い校舎の吊り下げ式の蛍光灯。そこに引っ掛けられたロープ。机や椅子が教室の中央に倒れている。液体が吊り下がった上履きから垂れ、倒れた椅子を汚していた。
一本のロープで宙に浮いている少女は目を閉じまるで眠っているようだった。神子森咲子が「麻奈美」と呟く。返事はない。少女はただゆっくりと揺れるだけだ。
突然、少女がぐわっと真っ赤に充血した目を見開き、口を大きく開ける。
「きゃ——!」
悲鳴をあげて目を伏せて動けなくなる。それが霊的なものなのかどうかはわからないが、咲子の目は明らかに「悪霊」であると理解する。恐ろしくて、恐ろしくて顔を上げられない。必死で叫び助けを求める。
「助けて! 助けて!」
腰が抜けて動けない中必死で這って教室の外に出ようとして、あるものが視界に移った。丸くて血みどろに染まった覚えのある形。咲子もバッグにくっつけている可愛いグッズだった。
少女の足元には小さな鳥のぬいぐるみが落ちていたのだ。形がぐにゃりと変形し、まるで死のその瞬間まで彼女が握っていたようにも思えた。
悲鳴を聞いたのか、数分後には廊下に大人たちが集まり、腰を抜かしていた少女を保護。そして、冷たくなって揺れていた少女を救急隊と警察が地面へと下ろした。
「第一発見者の生徒への事情聴取は」
「ひどいショック状態で何も」
「保護者への連絡! 生徒たちを校舎へ近づけるな!」
「近くの防犯カメラと校舎への出入りを確認しろ!」
雑踏の中、神子森咲子はうっすらと残っていた意識を飛ばした。
***
奥平麻奈美とは小学校の頃からの幼馴染で親友だった。どこへいくにもいつも一緒で、明るく優しい彼女はいつだって私の手をひいてくれていた。
私が幼い頃から霊媒体質で悩んでいたことを打ち明けた時、彼女は怖がるでも気色悪がるでもなく「すごい」と言ってくれた。
「私、怖い話大好きだからそういうの憧れる! 幽霊見えるなんてすごくない?」
その言葉に私はどれだけ救われただろうか。
それからことあるごとに怖い話を見つけてきては2人でよく話していた。オカルト好きで霊感なしの彼女と、幽霊が見える私。さまざまな怪談話を検証したり、時には心霊スポットに行ったり……。とは言っても、危ない橋は絶対に渡らない。私たちはあくまでも女子高生が楽しむ範囲で怪談を楽しんでいた。
「ねぇ、咲子。私に幽霊ついてる?」
「憑いてないよ」
「そっか、よかったぁ〜。憑いてたら教えてね?」
「なんでそんなこと聞くのよ?」
「だって、呪い殺されたら怖いじゃない?」
「大丈夫、本当にヤバい心霊スポット行かない限り普通に生きてたらそんなことないって。視える私が保証してあげる」
「よかったぁ〜」
ぼんやり、麻奈美の足元が揺らいだ気がしたけれど私はそれを伝えなかった。だから、彼女は死んでしまったのかもしれない。あれが原因だった? いや、死を
もたらすような隠り世のものはあんなに小さなはずはない。
違う、私のせいじゃない。でも、でも……。
襲ってくる後悔と覆しようのない事実が心を蝕んでいく。けれど、麻奈美は怒っていた。見開いた目も口も苦しそうで何かを伝えようとしていた。ずっとそばにいたはずなのに私は、視える側の人間のはずだったのに、何もできなかったのだ。
ふと、時計が目に入る。机の上に置いてあるデジタル時計は22時34分を表示している。彼女が、麻奈美が生きていれば電話がかかってきて、怪談話をねだられている時間だ。スマホを手に取ってスリープを解除する。
メッセージアプリを開いて麻奈美との会話画面を見る。既読はついていない。彼女が死ぬ前の晩に通話した1時間とその後のおやすみの言葉で終わっている。
「麻奈美」
ぐっと喉の奥が熱くなってヒリヒリと痛む瞼に涙が染みた。
「また、お話したいなぁ……私、怖くても嫌でも怪談話いくらでもするのに、どうして」
スクロールしていた時、バナーに触れてとあるサイトが表示された。スマホで簡単に投稿、誰でも公開と大きく書かれたログイン画面。
ネット小説の投稿サイトだった。気になってスクロールしてみるとジャンルは多岐に渡るようだった。ファンタジー、恋愛、コメディ。投稿数数万件、書籍化実績ありの文字。
「ホラー……ホラー」
ホラージャンル、タップしてみると投稿作品がずらりと並んでいた。本格的な怪談ものから、映画でよくみるようなパニック系やサスペンス系と思われるものもあった。
「麻奈美……怪談まだ聞きたいのかな」
彼女のメッセージを見ていたら表示された広告バナー、運命的なものを感じずにはいられなかった。
けれど、幽霊がネット上に存在しているという話を私は聞いたことがない。ふと見回してみても麻奈美の幽霊らしき姿も見えない。
そう、あれからあの首吊り死体の表情が変わったように見えて以来麻奈美は私の前に姿を現していないのだ。
「わかった、麻奈美。怪談好きだったもんね」
メールアドレスを入力して、会員登録をする。認証メールが届いてすぐにログインすると、私は「新規投稿」のボタンをタップした。
こうして、私は亡くなった親友のために「女子高生S・Mの怪談」を公開することとなったのだ。
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