ホットチョコレート・アンド・ジェントルハーツ

いいの すけこ

チョコレート・フロア

 ショーケースに飾られたチョコレートギフトは綺麗で、可愛くて、おしゃれで。

 売り場には趣向を凝らしたチョコレートが、洗練されたデザインの箱や缶ケースに収まって並んでいる。見るからに美味しそうで、華やかで、あちらこちらに目移りしてしまう。

「んんん、こっちの『リュビ』ってやつと、『エメロード』ってやつ、どっちにしよう……」

 ショーケースにかじりつきながら、南波さんが唸る。目線の先にある二つのチョコレートを見比べて悩みに悩む南波さんは、すでに三つほど購入済みの紙袋を下げていた。

「あ、同じようでちょっとだけ中身が違いますね。ハートのチョコが赤いのか、緑のか」

「そうなのよ、澄花ちゃん。缶のデザインも、味も違うんだよー。去年『リュビ』を買いそびれて悔しかったから今年は絶対買おうと思ってたけど、好みで言ったら絶対に今年の新作『エメロード』の方だからあああ」

 商品名まで素敵に響くチョコを前に長考する南波さんを、店員さんはにこにこと見守ってくれていた。これだけ魅力的な商品が並んでいるのだから、悩み抜くお客さんだって少なくないのだろう。

「こんなにたくさんあると、悩んじゃいますね」

 結局、緑のハートが詰められたチョコを選んだ南波さんは、満足そうに息を吐いた。四つ目の紙袋をひっさげて、人混みを颯爽と歩く。


「私、こんな大きなバレンタインチョコ売り場来たの初めてです。ここまで大規模な会場もあるんですね」

 私と南波さんは、老舗デパートの催事場に来ていた。

 二月の初め、もうすぐバレンタインデー。

 寒さ厳しい季節でも、このフロアは暖房のせいか人々の熱気のせいなのか、ちょっと暑いくらいだった。買い物客はみんな南波さんみたいに真剣に、けれど楽しそうに、一年に一度の特別なギフトを探している。

「もはやバレンタインは、チョコレートの見本市、お菓子の祭典だからね!」

 売り場に並ぶ、とりどりのチョコレート。いかにも高級そうな、一粒から並ぶ宝石みたいなチョコとか。シンプルで定番だけど、やっぱり惹かれるトリュフや生チョコの詰め合わせとか。可愛らしい動物の形をしたのとか、親しみあるキャラクターのとか。

 確かにこれだけの種類のチョコレートやお菓子類が一堂に会する機会は、なかなかないかもしれない。

「十四日に旦那の遺影に供えたら、あとは全部私が美味しくいただくからね。いやあ、楽しみ楽しみ」

「自分用に買う人、結構多いですもんね」

 口紅の形をしたチョコレートとか、化粧品を入れるようなポーチに詰まったチョコとかは、ちょっと男の人向けのギフトではない気がする。男の人だって贈られるのを期待するんじゃなくて、自分で食べたいものを買う人もいるみたいだし。

「私は友チョコ交換する約束してますし、うちでは当日ケーキ買いに行ったりしますし、もう何でもありって感じです」


「……愛の告白にチョコレート贈るのだって、もちろんアリよ?」

 南波さんはにやりと笑う。

 たまたま、大きめのハート型チョコレートが視界に入った。真っ赤なパウダーがかかった鮮やかな色彩のハートは、誰かが秘めた情熱を暴き出したような存在感で。

「はーいお客さん、立ち止まらないで下さーい」

 思わず足を止めた私の背を軽く押して、南波さんが促す。私は人の流れに乗りながら、南波さんに言い返した。

「南波さんが、変なこと言うから」

「変ってことはないでしょ。思いっきり好き勝手楽しんでる私が言うのもなんだけど、バレンタインってそもそもそういうイベントだし」

「そう、なんですけど」

 だけどそんなことを言われたら、意識せずにはいられなくなってしまう。

 私がバレンタインにチョコを贈るのは、友達と、お父さんと、あと。

(新淵さんにも、渡すつもりだけど)

 今までだってお菓子を作ったり買ったりして、贈ったり一緒に食べたりした。それはお礼とか感謝の気持ちもあったし、二人で美味しいお菓子と時間を共有するのが楽しかったから。

 それに私の想いなんて、ほぼ伝わっているようなものだし。

 バレンタインの贈り物は、それ以上の想いと期待を込めるつもり?


「……私も大概デリカシーのない人間だわね、ごめんね」

 黙り込んでしまった私に、南波さんはすぐに謝ってくれた。私は小さく首を振る。

「私もちょっと、考えこんじゃっただけです」

 すぐ考え込む私と率直な南波さんはどうしたって性格が違うから、時々互いに足らなかったり突っ込みすぎたりしてしまう。けれど人と人との関わりってそういうものだよねと、私も随分学んだ気がする。

 銀の月眼鏡店に、足を踏み入れてから。

「あっ、ねえ、澄花ちゃんアイス食べない? ベルギーチョコレートのお店が、イートインスペースでチョコソフト出してるんだよ」

「アイス、食べたいです!」

 私と南波さんは小さな子どもみたいにはしゃぎながら、イートインスペースへと向かう。

 新淵さんと出逢わなければ。

 こんなに素敵な、お姉さんみたいな、年上の友達とだって出逢えていなかったかもしれない。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る