怪しい賭け

ついにこの日が来た。

前世より待ちに待ったこの日が。


目の前に広がる芝生。

カウントダウンを始めるゲート。


背に伝わる騎手の息づかい。


“行くよ、メープル”

うん。


いよいよ、私の舞台が幕を開ける。



と言いたいところだが、目の前の光景は真逆のものだった。


デビュー戦を圧勝し、最近は草競馬でこつこつ稼いでいた。

だが、今回アシュが向かったのは、パパに言われた

隣町の草競馬ではなく、町から離れた治安の悪い競馬場だった。

アシュは言った。こっちの方が稼げるから、と。


「おい、ガキ。こんなところへ何しにきたんだ。」

「私の馬を走らせに来たんです。」

「あの、ブチ馬か。」

「はい。」

「金は。」


出走するにはお金が要る。

勝てばもとは取れるが、負ければすっからかん。


「いくら、ですか。」

「10バークだ。」

円にすると、約10万円。この世界では年収100万あればまだ良い方とされる。

もちろん貧乏農場にそれだけの大金を支払う余裕はない。 

アシュが握っているのは1バーグ硬貨7枚。

3枚足りない。


「足りないなら、お嬢ちゃんがー」

チンピラの言葉を遮るように、アシュは振り返った。

「ねぇ、メープル。絶対勝てるんだよね。」

んんっ。

「ねぇ、おじさん。私と賭けをしない。」

えっ、ちょっと待っ。

「ガキが何を賭けるって。」


「負けたら、私の身体をあげる。」

何言ってんのアシュ。

「私これでも西の少数民族の出なの。5バークくらいの価値はあるわ。」

「へっ。悪くねぇ。」


どうしよう。こんなところに来るなんてパパに怒られるどころか、アシュまで危険な目に。

話を聞きつけたのかいつの間にかチンピラ達が群がってきて、アシュと私を取り囲んだ。


「ここに7バークある。持ち金全部よ。

私の馬が勝ったら、この10倍もらうわ。」

「バカだな、嬢ちゃんは。」

「こんな馬が勝てるわけねぇんだぜ。」

「さっさと失せろ。ガキの来るとこじゃねぇんだ。」


どんどん男達がアシュに詰め寄る。


「まぁ、いいだろうよ。負けたら身体をもらうだけだ。」

1人のリーダーらしき男のおかげで、私達は無事出走の切符を得たわけだが。


そもそも、大事なパパのお金をなんて事に使ってくれてんだ。アシュさんよ。


このレース、負けられないじゃないか。


私の脚にアシュの未来が掛かっている。

いや、それだけじゃない。

切り詰めて必死に貯めたお金を私に賭けてくれたパパ。見栄えを少しでも良くしようと朝からブラッシングをしてくれたミア。


絶対勝たなければならない。


私達は明後日の闇競馬で走ることになる。

パパはお産を控えた牛から目が離せないため、同じく2日後の草競馬に顔を出す予定だ。

でもウチの牧場から誰も出ない訳にはいかないので、アシュは出走表のメープルをマリアナと書きかえておいた。

用意周到なことだ。

度胸もたいしたものだ。



夜。

「安心してメープル。明後日、絶対勝つから。」

馬屋の藁に寝転がりながら騎手はそう励ました。

説得力ないよ。

というかそうせざるを得なくしたのはあなたですよね。

「実はね。作戦があるの。」

『大逃げ大作戦よ。』

アシュは私の目を見つめ、強く念じた。

勘の鋭いアシュは私が意思を読んでいることに薄々気づいていたらしい。

それが確証に至った経緯は、アシュのために黙っておくとする。


『メープル、あなたは“逃げ”にこだわっている。

まるで“差される”ことに怯えているような。

まあ、好きなんでしょ“逃げ”が。』

『爆速スキルは序盤に使って、他の奴らを置いてけぼりにする。』


どうやら、既にアシュはこのレースの見通しを立てているようだ。


優れた勘も、観察力も、ケタ違いなのは確かだ。


そう言えば、アシュにはスキルがあるのだろうか。

魔法を使っているところを見たことがない。

あるとしたら、鑑定とか予測系だろうか。



ー・ー・ーその頃、農場にて


「うまれたー!」

「ふーっ。」

「なかなかの難産だったなぁ。」

「助かったよ。ダンケル。」

「そう言えば、ゲルタ。お前のとこのメープルだっけ、今度草で走るんだったよな。」

「そうだが。」


「マリアナが走るのか。」

えっ。

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異世界に転生したら競走馬になりたい。 小赤メジェ @Udonsuki4

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