仔馬の生還と犯罪の匂い

あの後、タレちゃんを連れ戻し、ボーッと草を食べていた母を歩かせるのには苦労した。

そしてなんとか牧場に戻ってきた。

その頃には陽はすっかり傾いていた。


野次馬だろうか、放牧地が騒々しい。

柵を抜けたとき、


「メープルちゃん!」


人混みから離れてうつむいていたミアがこちらに気付いた。

その声を聞いて、誰かと話し込んでいたパパも小走りでやってきた。


ドスッと私の胸に抱きついたと思うと、

わぁーん、と堰を切ったように泣き始めた。


「どこ、行ってたの。しんぱい、してたんだよ。」

しゃくりあげながら、ビシバシ殴られた。


(ごめんね、本当にごめんね。)

心のなかで謝ることしかできない。

か弱い拳を受けながら、己がミアにしてしまったことを悔やんだ。


「ミア、もうやめなさい。メープルが可哀想だぞ。」


ムスッとして、ミアは手を下ろした。



「ゲルタさん、これは…。」

後からやってきた身なりの良い人が声をかけた。その他数名も困惑したような表情をしている。


「話は後にしてくれ。誰か獣医を呼んでくれ、子牛と仔馬がケガしてる。」

「はい。」


ケガ?すると、前脚がズキリと痛むのを感じた。ミアが触ったらしい。

「水のめがみさま、このこを元気にして。」


切り傷がどんどん塞がり、身体の内側から力が湧いてくる感じがした。

ミアの触れたところが淡白く光っていた。


(ミア、そんなこともできたの!)

今のって回復魔法だよね。

というかこの子、才能あるんじゃない。

将来有望だ。


「ふぅー。」

白い光が消えるなり、ミアは地面に座り込んだ。

魔力を使い切ってしまったらしい。

けれど、なんて優しい子なんだろう。

(ありがとう、ミア。)


「どうした、ミア。しんどいのか。」

「ううん。なんでもない!」


子供の元気はどこから湧いてくるのか。

威勢よく返事をすると、私達を馬房へ連れ帰った。歩く姿はどこか嬉しそうだった。

子供の切り替えは早いものだ。

と元高校生がしみじみと感じていた。 


ー・ー・ー・ー


しばらくして、馬房にマッドドクターこと獣医がやってきて、大丈夫だろうけど一応とか言って、また血を抜いてきた。


私は崖から落ちた時についた浅い傷だけだったので、消毒と治癒魔法をかけられた。

しかし、完全に傷が塞がることはなく、血が止まる程度だった。ミアのはすっかり元どおりになっていたのに。


一方、タレちゃんはオオカミに引きずられただけでなく、首元を噛まれていたらしく、病院で一週間ほど療養すると聞いた。


そして、あの牧場での物々しさは、ある犯罪が関係していることも分かった。


パパたちの話はこうだ。

最近、牧場を狙った仔馬の窃盗事件が多発していた。特に、良血馬が被害に遭っていた。

だから、ヨセフーリア、この世界のG1馬の子供である私が狙われたと思われたらしい。


結局は子牛もさらわれ、オオカミの足跡が残っていたため、事件とは関係ないと判明した。


だが私達がさらわれたのは事実であり、そのオオカミも近年里への出現で問題視されていたのもあり、警察だけでなく、猟友会も来ていたらしい。

だから人がたくさんいたのか。 


にしても…。良血馬を標的にした犯罪。目的は転売か。実に恐ろしい。パパも気が気でなかっただろう。

さらったのがオオカミだと分かっても、それは売り物ではなく、獲物という扱いを受けていることになる。さらに、絶望しただろう。


最後は全員生きて帰って来れたので良かったが、ミアの父ゲルタは不思議に思ったことがあった。


なぜまだ1歳の子牛、仔馬があの魔法の使えるシルバーハイウルフから逃れられたのか。


まさか…と視線を移した先は、草を垂らしながらねるマリアナだった。さすが母は強いものだなと感心した。


そして、魔力に敏感なゲルタは、ミアとメープルの雰囲気が変わっているのに気付いていた。

 

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