〜レタス漂流記〜

「パパ〜。」

ミアがおばさんの後ろから飛び出してきた。


「ありがとうございました。」

パパは足に抱きつくミアを撫でながら、頭を下げた。


「いい〜のよ、気ぃ使わなくたって。

一人で大変やろ、またいつでも頼って。」

「ほいでな、これこれ。今日採れたてのレタス。ミアちゃんとお食べ。」

「いつもすみません。」


一見すると、よくあるような光景だが、異常が一つある。


〈〈レタスがデカい!!〉〉


おばさんが片手で担いできたレタスは、スーパーで売っていたハンドボールくらいのものとは次元が違う。

ミア1人がすっぽり収まりそうな葉が何重にも巻かれている。


「では。」「さよーならー。」

ミアはペコリと頭をさげる。


浮く荷台もないのに、バランスボール並レタスをどう運ぶつもりだろう。


そう言えば2人は水魔法が使えると言っていたな。ミアのはまだ見た事がないけれど。

斬撃とか氷の攻撃魔法とかするのかな。

それ以前にパパは杖無し無詠唱で水を出せていたが、それはかなりすごいことなのではないのか。


いったいどんな技を見せてくれるか、好奇心のなすままに目を見開いた。


パパが右手をレタスの上にのばす。


目を閉じて。


(プカッ……)



……浮いた?

あのレタスが?


巨大レタスが水に浮いている。

水をスライムみたいに操り、レタスを乗せた水塊がすーっと地面を滑ってゆく。


パパは手を下ろし、ミアをおんぶしようとしゃがんだ。


頭で制御しているのだろうか。

ミアを背負いながらレタスと私を引き連れて歩き始めた。


(どんぶらこどんぶらこと流れていきました。)


まさにあの光景だ。

だが、不思議なことにレタスに対して水の厚さが無い。普通だとあのサイズの重さなら沈んでいるはずだ。

しかし、見た限りレタスは確かに浮いていて、地面に擦ってはいない。


あいにく、浮力の問題は大の苦手だったから嫌気がさして、考えるのをやめた。


おそらくだが、パパは水の密度を上げているのだろう。杖、詠唱もなしに、そこまで器用なことをやってのけるとは、尊敬する。


私の中では賢者並だと思うが、この世界ではどのレベルなのだろうか。




ー・ー・ー


農場に戻ると陽は山に沈みかけていた。


ここは魔法が使えること、生物が多様なこと以外、地球とよく変わらないようだった。


太陽も月も観察できた。

こちらは周りが牧草地ばかりであるからか、星空が本当に綺麗だ。ウマになって目が良くなったからか、人間の頃よりも星の光がぼやけす、より明るく見える。

ここ数日、毎晩空を見上げてはつい感傷に浸ってしまっていた。


馬房に入り、しばらく母と草を食んでいるうちに夜のとばりが降りてきた。



マリアナは食べてすぐ睡魔に襲われているようだった。今度は水桶に頭を突っ込んでいた。案の定、すぐにプハァーと顔を上げ、誤魔化すように辺りを見回す仕草をした。


バレバレなんだけど。


向かいの寝ていた牛も目を覚まして、まじまじとこちらを見ていた。


お茶目なママは何もないですよー、と言わんばかりに隣にいた私の毛繕いを始めた。


馬房の横のミアたちの家にはまだ煌々と灯りがついていた。ミアはもうおやすみと言って帰ったから、今頃は夢の中なのだろう。あの灯りはきっとパパが作業でもしているに違いない。


家の上にはオリオン座が浮かんでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る