第55話 彼の進路希望の理由
「それじゃあ、ここに書かれている大学がどれも地方なのも偶然か?」
「…まあそうですね」
「レベルの話をするならここに書かれてる大学と同レベルの大学はこの辺りにもいくつかあると思うが。何か地元が駄目な理由でもあるのか?」
失礼ながら今年の担任はしつこいなと蓮は思った。これが三年生の担任としてはデフォルトなのか、この先生が例外なのかはわからないが、こんなに突っ込んで訊かれるとは思っていなかった。もしくは建前で話していることがバレているのだろうか。バレて問題がある訳でもないのだが、蓮は考えた結果、少しだけ本当のことを言うことにした。いや、言うことになってしまったと言った方が正しいかもしれない。
「……元々高校は付属だからとか関係なくて、両親の通っていた高校だったんで興味があって入っただけなんですよ。まだ未成年なんで
「…天川のご両親は亡くなられているんだったな……」
担任は沈痛な面持ちになる。が、蓮には特に気にした様子はない。
「ええ。けど大学は自由に選べるので。だから俺は大学を機にここから離れるつもりでいるんです」
さすがにここまで言えば、と蓮は思ったが、担任はさらに続ける。
「だが、今の保護者はご祖父母様だろう?天川は今一人暮らしとのことだが、確かこの近くにいらっしゃるよな?なら―――」
そして蓮にとって触れられたくないことにまで踏み込んできた。
蓮にとっては業腹だが、蓮の保護者として、唯一血の繋がりを持つ母方の祖父母の住所や連絡先が学校に提出されている。
「だからですよ。俺はあの人たちから離れたい」
担任の言葉を途中で遮り、蓮は表情を消して、平坦な声で言った。そして言った瞬間に後悔する。
「……何かあるのか?これまで三者面談にもいらっしゃったことはないと聞いてはいるが……」
蓮の言い方に担任は訝しむような視線を向ける。
「別に。何もないですよ」
蓮は苦い笑みを隠せない。
「……そうか。わかった。ただあまり一人で抱え込むなよ?天川は考え方もしっかりしていて大人っぽいと思う。けど、まだ高校生なんだ。そんなに急いで大人になる必要はないと先生は思う。だから…、いや、まあ、何が言いたいかって言うと、何か話したいことがあったらいつでもいいから話を聴かせてほしい」
蓮の態度や言葉から何かを感じたのかもしれない。担任は何とか自身の思いを伝えようと言葉を尽くそうとしたが、蓮の表情を見て、自分だけが熱くなっていると感じたようだ。そして、蓮が何も言うつもりがないとわかったのだろう。担任はそれ以上は深入りしようとしなかった。
「はい。ありがとうございます」
蓮は機械的にお礼を言った。これ以上のことを話すつもりなんて誰にもないから。
それから空気を変えるように担任は続けた。
「ただなぁ、今回の定期テストの結果だとこの辺りの大学はちょっと黄色信号って感じだぞ?大分点数下がってたからな。いったいどうした?何かあったか?それとも気が緩んだか?」
「いえ、気が緩んでるとかはないですけど、ちょっと色々あって」
「大丈夫か?」
担任は少しだけ身を乗り出し、蓮の顔を覗き込むようにして訊く。
「ええ。本当に問題とかそういうのじゃありませんから」
勉強会をして成績が下がったなんて言えないし、言う必要もない。ただ、なんだか可笑しい気持ちになってしまい、それが表情にも表れていた。担任もそんな蓮の表情から察するところがあったのだろう。元の体勢に戻った。
「わかった。ならいい。ただ受験は甘くないからな。天川の志望大学の受験生には天川くらいできるやつがごろごろいる。後悔しないようにしろよ?」
「ええ、わかってます。ありがとうございます」
「よし、じゃあ今日はこんなところかな。天川から何か聞きたいことはあるか?」
「いえ、ありません」
「そうか。あ、後、一応聞くが、二学期にある三者面談が進路の最終決定になるけど、今回も保護者は欠席になりそうか?」
「そうですね。今日みたいに先生と二人になると思います」
思います、と付けたが、蓮の中では確定だ。
「わかった。それじゃあ今回の調査票は仮として受け取っておく。そのときまでよく考えてほしい」
「考えても変わりませんよ?きっと」
「もちろん、そのままでも構わない。まあ高校側としては天川くらい成績のいい生徒をわざわざ外に出してしまうのは惜しいって考えて内部進学させたいってのがあるんだよ。内緒だぞ?」
担任が苦笑混じりに肩を竦めて言うので、蓮の口元にも笑みが浮かんだ。
「わかりました」
「じゃあこれでお終いだ。お疲れさん」
「はい、ありがとうございました」
蓮は立ち上がると、二三歩進んで立ち止まり、担任に振り返った。
「……先生」
「何だ?」
「こんなに色々訊かれるとは正直思ってませんでした。今までは他の大学で受けたい授業があるって言ったらそこで終わったんで」
「それは進路決定がまだ先だったからだろ。一、二年の進路希望は現実っていうよりもやっぱり希望って面がどうしても強いからな。けど三年は違う。他のクラスになったとしてもこれくらいは訊かれてたと思うぞ?」
「そういうものですか」
「ああ。だから天川ももう少し考えてみてくれ。まだ時間はあるから」
「はい……。失礼します」
今度こそ教室を出て行く蓮。その背中を担任は心配そうに見送るのだった。
教室を出た蓮は、美桜のもとへ急いだ。思いの外、面談に時間がかかってしまったためだ。それにちょっと精神的に疲れた。なぜだか無性に美桜と早く合流したい。
美桜が視界に入ったところで蓮の表情が綻ぶ。そこでは美桜が壁に向かって一人練習をしていた。集中しているなら自分が行ったら邪魔になってしまうだろうか、という考えが一瞬過るが、約束だとすぐにその考えを改めた。
「華賀さん、お待たせ」
ちょうど美桜のもとにボールがあるタイミングで声をかける蓮。その声にぱっと美桜が顔を向ける。
「天川君!全然待ってないよ」
「そっか。どうする?もう少し練習する?」
微笑む美桜を見て一安心した蓮は尋ねる。
「ううん。今日はもう終わりにする。ボール片づけてくるから少し待っててくれる?」
「わかった」
美桜はボールを体育倉庫に戻し、体育教師にお礼を言って戻ってきた。
「お待たせ」
「いや。それじゃあ帰ろうか?」
「うん」
そうして二人は学校を後にするのだった。
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