第2話 悪役令嬢は目を覚ます

「いや、だからなんで!?」


叫びながらガバッとベッドから身を起こす。


「………え?」


自分の声に驚き、そして目の前の光景にまた驚いた。


「……え?え?」


目に映るのは上品なピンクオークル色の家具で整えられた部屋。

手に触れるのはふかふかのマットレスと掛け布団。

さらっと肩口から滑り落ちた髪の毛は金糸と言って差し支えないほど艶やかな金髪。


まったくもって意味がわからない。

ここはどこ?私は誰?レベルの意味不明感に冷や汗が出た。


とんでもないことが起こっている。

ただそれだけはひしひしと感じ、うるさく鼓動を刻む胸にぎゅっと手を押し当てた。


ひとまず、必要なのは現状を把握することだろう。


そろりとベッドから足を下ろし、足元に置いてあったスリッパを履いて無駄に毛足の長い絨毯の上を歩く。

部屋の入り口付近の壁に身支度の確認用なのか全身が映る姿見があった。


人は驚きが過ぎると言葉を無くすのだろうか。


「………」


どこからどう見ても美少女が鏡に映っている。


鮮やかな金髪にオーキッド色の瞳。

可愛いというよりは綺麗と評した方がしっくりくるだろう。

まだ成長途中なのか表情には少しのあどけなさが伺えるが、胸から腰にかけてはすでにある程度完成された美しさがあった。



姿見だと思ったがこれは肖像画だろうか。

そんな疑いを差し挟むレベルに現実味がない。


しかし試しに手を動かせば鏡の中の美少女も手を動かす。

鏡に近づいてその面に手を触れれば美少女も同じように触れる。


「………これ私!?」


黒髪黒眼はどこへ?

ありふれて特筆すべきところもあまりない平均的日本人の見慣れたあの顔は?


ふらっと体が傾き危うく倒れそうになったところをぐっと足に力を入れて踏ん張った。

腰が抜けそうだ。

驚きが限界を突破している。

正直かなり驚いているはずなのに、しかし鏡の中の美少女は少し目を見開いて品良く驚きを表しているだけだった。


心情が顔に出なさすぎる。


もはやどこから突っ込んでいいのか答えの出ない堂々巡りを脳内で繰り広げていると不意に寝室のドアが開いた。


「エレナお嬢様?」


顔を洗うための水を張った桶を手にした侍女のメアリだ。

ベッドにいるわけでもなくなぜか姿見の前に立っている私を不思議そうに見る。


「ああ、メアリ」


美少女の口から落ち着いた、それでいて鈴を転がすかのような声が出た。


自然と目の前の女性が自分の侍女のメアリであることが理解できている。

思えば自分が誰でどんな環境にいて今までどう過ごしていたのか、そういった基本的なことも頭の中にすっきり収まっていた。


そしてだからこそ気づいてしまう。

自分が誰であるかを。


そう、あの全く共感できなかった『黄昏の時にあなたを想う』の悪役令嬢。

エレナ・ウェルズ公爵令嬢がまさしく今目の前の鏡に映っている自分自身であることに。

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