Duality 犯人は、あなたです
哀餓え男
プロローグ
「犯人は、あなたです」
そう言いながら、集めた人たちの内、最も犯人に適した人物へと右手の人差し指を向けたのは、たまたま居合わせた探偵……と、言うことにしている私の雇い主。
名は、山田 太郎。
彼に犯人だと名指しされた男性は、周囲の人たちの視線に怯えるように狼狽しつつ「ち、違う。俺はやってない!」と、定型文を口にしました。
ええ、そうでしょうとも。
あなたはやっていません。
落ちればほぼ100%死んでしまうだろう思わせる、海面から突き出した岩々と、それらを撫でる荒波が一望できる崖の上に建てられた洋館。しかも嵐のせいで、麓の町へと続く唯一の吊り橋が落ちてしまって脱出不可能になったこの……使い古され過ぎて逆に新しいとも思えてしまうほどのクローズドサークルと化したここで起きた連続殺人事件の犯人ではありません。
「では、順を追って説明しましょう。あなたがいかに狡猾に、いかに残虐に彼らを殺害したかを」
彼は向けていた人差し指を、まるで「し~……」と、「静かに聞け」と言わんばかりに口元に移動させて、アリバイトリックと密室トリックを、さも犯人にでっち上げられた彼がやったかのように語り始めました。
巧妙に仕組まれたアリバイトリック。ネタが出尽くしたと言われて久しいとは思えないほど精緻で新鮮に感じる密室トリック。
それらを、まるで行われていたのを見ていたかのように語る姿は正に名探偵。
けれども、彼は漫画やアニメ、小説に映画。様々な媒体で生み出された名探偵たちと似ているようでどこか違います。
シャーロック・ホームズのように冷静沈着でもなく、エルキュール・ポワロのようにお洒落でもなく、明智小五郎のような変わり者でもなく、金田一耕助のように柔和な顔つきで飄々としているわけでもなく、ミス・マーブルのように詮索好きでもありません。
それが彼、山田太郎の一面。
そんな彼に状況証拠と言う名の外堀を埋められた男は、「しょ、証拠はあるのか? 俺がやったって証拠は!」と、物的証拠を求めました。
「もちろん、あります」
彼の答えはもちろんYES。
空々しく自慢げに興じる彼の推理ショーも、そろそろ佳境です。
次々と物的証拠を目の前で掲げて観客に見せつけ、そして出し終えて犯人だと名指しされた人が何も言えなくなると、彼はそれが当然だと言わんばかりのすまし顔で動機の解説に移行しました。
何々?
犯人の恋人が大学時代に騙される形で、殺害された人たちが所属していたヤリ……もとい、呑み……再度もとい、テニスサークルに入れられて、穢れのない乙女の私が口に出すのははばかられる様々な物を出し入れされたりしてオモチャにされた挙句自殺したので、その復讐のために犯行を決意した……ですか。
なんだか、そこら中に転がっていそうな話……失礼。無さそうで有りそうな話です。
しかもそれを、再びさも見てきたかのように彼が語るにつれて、犯人にされた人の顔は絶望で染まっていきました。
ここまでくれば、通常の媒体でならあとの展開は三通りほどしかありません。
一つ、犯人が感情を吐露して幕引き。
二つ、探偵役、もしくは殺し損ねた最後の目標に襲い掛かるも取り押さえられて幕引き。
そして三つ。自暴自棄になった犯人が懺悔スレスレの告白をして自害、からの幕引き。
他にも多々ありますが、他はこの三つのバリエーションだと私は思っているので割愛します。
今回、彼から犯人に指名され、すっかり「そうだ」と思い込まされてしまった人は、「そうさ、俺がやったんだ。彼女を弄んで殺したアイツらを、逆に弄んで殺してやったんだ!」と、言い終えるなり外、崖の方へ向かったので三つ目でしょう。
彼が、最も好む結末です。
そして、彼の口から出まかせによって犯人にでっち上げられた人は、止めようとする他の人たちの声を振り払うように崖から身を投げました。
ですが、私には見えました。
完全に崖の下へと消える瞬間、犯人役にされた人はたしかに、「いや、やっぱり俺じゃないよな?」と、問うような視線をこちらに向けたのが。
「ええ、そうですよ。あなたじゃありません」
崖の下へと消え去った人の疑問に答えたのは、私だけでした。
だって私は、あなたが無実だと知っているから。
彼が語ったような恨みを抱いていても不思議じゃないことは、あなたの周辺調査を聞かされたので知っています。
彼が披露したトリックの数々を実行するために下見をし、それに必要な道具類を買い込んだこともわかっています。
それでも、あなたはやっていません。
誰も殺していません。
罪など犯していません。
ただ、巻き込まれただけです。
なぜなら真犯人は、あなたを犯人に仕立て上げて自殺に追い込んだ彼。
探偵を騙る殺人鬼、山田太郎なのですから。
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