EPISODE 04:戦闘宙域

SCENE 29:接近

 突然の衝撃と轟音に、艦橋室で作業中だった生徒会の面々は、強い衝撃で床に投げ出されていた。


 体勢を直しながら、レイストフがルーカスへ呟く。


「……今のは」


 かろうじて机にしがみついていたルーカスが端末を素早く叩く。


「はい……どうやらマグナヴィアの外壁がしたようです」


 ルーカスの冷静な報告にラフィーが困惑の声を上げるが、ティアナの悲鳴のような報告にかき消される。


「ば、爆発って——」

「——マグナヴィアから約200万キロの地点に、高熱源反応!」


 レイストフが鋭く叫ぶ。


「確認しろ!」

「……ッ」


 ティアナが端末を叩き、解析にかかる。

 横では、顔を青くしたクロエがブルブルと震えている。


「数は三、サイズは約10メートル、質量不明、速度7000キロ毎秒……約5分後にマグナヴィアと接触コンタクトします!」

「……!」

「馬鹿な……」


 ティアナの報告に、レイストフが歯噛みし、ルーカスは狼狽した。


 異様な接近速度、マグナヴィアとの接触軌道、そして先ほどの爆発。

 それらの情報が、接近者の意思と正体を明確に伝えてくる。


 ラフィーが青ざめた声で呟く。


「まさか……学園を襲った連中の——」

「——仲間?」


 ティアナがラフィーの言葉を継ぐと、艦橋室から声が消え、探知機構の警告音だけが甲高く響いている。


 ダミアンが縋るように周囲を見渡す。


「きゅ、救助艇という可能性は……」

「攻撃してくる救助艇がいるかよ!」


 苛立ったラフィーに怒鳴りつけられ、ダミアンが言い返す元気もなく項垂れる。


「どーすんだ、会長!?」


 ラフィーがレイストフに言葉を投げる。


 その顔には怯えが浮かび、何かに縋ろうと必死であった。それは他のメンバーも同様であり、同種の視線をレイストフに向けていた。


「…………」


 視線を受け、レイストフが固く結んだ口を開きかけた時。二度目の衝撃と轟音がマグナヴィアを包んだ。


 今度の衝撃は先ほどより強く、全員が一瞬宙に浮き、椅子から床へ叩きつけられた。


 艦橋室の電灯が明滅し、船体が軋む音が地響きのように響き渡る。


 ダミアン、ティアナ、クロエの3人は頭をまともに打ち付けてしまい、気絶した。


 額から血を流したラフィーが、ゆるりと立ち上がる。


「ッ……船は!?」


 続いて立ち上がったルーカスが、痛む頭を抑えながら端末を叩く。


「……船体前部の最外船殻アウトシェルにレベル2の損傷。空気エアーの流出は無いようですが——」

「……全生徒の乗艦を確認しろ」


 ルーカスの言葉を遮り、同じく身体を痛めたらしいレイストフが肩を押さえながら言い放った。


裏宇宙航行機関レーンドライブエンジン点火。すぐに


 レイストフはそう告げると、端末をもの凄い速度で操作し始めた。

 ラフィーが素っ頓狂な声を上げる。


って……裏宇宙レーンにか!?」

「そうだ」


 こともなげに答えるレイストフに、ラフィーが顔を青くして叫ぶ。


「無茶だ!」

「何がだ」


 ラフィーの動揺には構わず、レイストフが制御盤を叩き始めた。


「プログラムだって出来てないんだろ!?」

「8割方出来ている。調整は今やる」

「でもよ……!」


 ラフィーの指摘に動じる様子もなく、レイストフが端末を叩き続ける。


 接近する3つの物体が何者であれ、マグナヴィアに害意を持っているのは確かだ。

 今、自分達に取れる選択肢は3つしかない。


 1つ目は、接近する敵に通信を送り投降する。


 成功すれば全員が助かる可能性が高いが、敵が投降を認めなかった場合、全員が死ぬ。


 2つ目は、通常航行で逃げ出す。


 これは一番容易に実行できる。生徒達の安全を無視すれば、無理矢理にでも発進可能だ。だが、現在敵が叩き出している速度から考えると、逃げきれない可能性が高い。


 3つ目が、裏宇宙に逃げ込むことだ。


 これは実行までの難易度が一番高いが、成功すれば逃げ切れる可能性が一番高い。探知機構の解析によれば、敵のサイズは10メートルほどだ。そのサイズで裏宇宙へ突入できる機能を持っていることはまずない。


 レイストフはいくつかの要素を検討した結果、3つ目が最も可能性が高いと判断したのだ。


 端末を操作していたルーカスが報告する。


「1072名の乗艦を確認。船渠に生命反応ナシ」

「——出入扉ハッチ封鎖。出航手順シークエンス開始」


 ルーカスの報告に、手を休めずにレイストフが指示を出す。

 裏宇宙への突入はどの座標でも良い訳ではない。


 周囲に巨大な質量——ローバス・イオタがあると裏宇宙への突入点ダイブポイントとが干渉してしまうため、この場では突入できない。ローバス・イオタからある程度の距離を取った状態で裏宇宙へ突入する必要があるのだ。


 ルーカスが眉根を寄せて報告する。


「駄目です。船内が混乱して指示が通りません」

「なら、艦橋室こちらでやる。遠隔操作リモートでやれ」

「了解しました」


 ルーカスとレイストフは阿吽の呼吸で作業を進めていく中、ラフィーは気絶した3人を部屋の脇へと移動させていた。


(……大丈夫なんだろうな、おい)


 3人共、一時的に気絶しているだけに見えるが、怪我の具合はわからない。


 強く頭を打ったのか、ダミアンは薄く血を流していた。

 

 ラフィーは自分の服の袖を千切ると、ダミアンの頭を圧迫するように巻きつけた。一時凌ぎにしかならないが、今は他に方法はない。


 おそらく、船内は怪我人で溢れかえっているだろう。医療科の生徒だけで間に合っているとは思えない。


「……クソッ」


 自分の無力さに、再度、ダミアンの口から悪態が突いて出た。


 そして再び、探知機構から甲高い通知音が鳴った直後、マグナヴィアを衝撃が襲った。


 マグナヴィア全体が軋むような不協和音が響き渡り、ラフィーは制御盤を覗き込んだ。


 接近する3つの物体が、マグナヴィアの4万キロの地点にまで迫っていた。


「嘘だろ……」


 まだ、ティアナの報告から5分どころか、半分も経っていないはずだった。


 敵が、加速している。


「——ッ!」


 ラフィーはレイストフとルーカスを見やるが、二人とも作業の真っ只中で、マグナヴィアが動き出す気配はない。


 敵がマグナヴィアに接触するまで、残り1分。


「……間に……合わない……」


 ラフィーは絶望と共に呟いた。

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