SCENE 08:算出

 突然の衝撃により、生徒会室の各所に置かれていた雑誌や電子機器類が崩れ落ちた。


 だが、衝撃は一度では終わらず、激しい揺れとなって校舎を襲った。


「——な、何だ何だぁ!?」


 ダミアンが椅子から転げ落ち、声を上げた。


「ッ……!」

「何ですの!?」

「おいおいおい……!」


 レイストフ、ティアナ、ラフィーが、激しい振動に耐えるべく手近な机や棚にしがみつく。


「——ッ!」

「……ぐッ」


 クロエなどは、恐怖の余り声にならない悲鳴をあげ、ルーカスも振動に耐えるべく姿勢を低くしている。


 この時代、人工衛星サテライト型の天蓋都市ドームポリスで暮らす人間が大半で、惑星で起こる『地震』を経験している人間は少ない。


 プレート運動や力学を知識として知ってはいても、自分達の立つ地面が激しく揺れ動くというのは、彼らにとっては未知の恐怖だった。


 実際、生徒自治会のメンバーは勿論、共同スペースのある校舎一階の方からも、居残っていたであろう生徒達の悲鳴が聞こえてくる。


 最初の衝撃から1分ほど経過した後、揺れは徐々に収まっていき——やがて静まった。


 だが、すぐに立ち上がれる者はいなかった。


 十数秒後、レイストフが立ち上がり、口早に声をかけた。


「——怪我をした者は?」


 その問いかけに生徒自治会室の各所から、情けない声や泣きそうな声で『無事』である返答が返ってくる。


「一体、何なんですの……?」


 ティアナが顔を青くしながら立ち上がる。

 ダミアンが声を震わせながら叫ぶ。


「ぼ、僕知ってるぞ! 地震だ!」

「宇宙だっての!」


 ダミアンの発言に手早くツッコミを入れたラフィーだったが、その顔色は青白い。


 地震じゃないことは知っているが、何が起きたかは分からない、そんな表情だ。


 そんな中、レイストフの行動は早かった。


 揺れが収まると同時に席に取り付くと、端末の画面を切り替え、ローバス・イオタの環境情報を呼び出した。


 ローバス・イオタ内部の空調システムや外壁の状態など、複数の情報ウインドウが次々と立ち上がる。


 無数の情報ウインドウの羅列を目にし——レイストフは困惑の表情を浮かべた。


「……こ……れは」


 基本的に感情を声や表情に出すことの少ないレイストフが、余裕がないほどに狼狽えた。


「何か、分かったのか?」


 ラフィーが縋るように駆け寄り、レイストフの端末を覗き込み——同じく凍りついた。


「これって……」


 レイストフの端末に表示された情報ウインドウの、が異常値を示す警告色レッドカラーに染まっていた。


 周辺重力場。外壁温度。空調システム。


 ローバス・イオタの運営における基幹システムほぼ全てに異常動作が起きている。

 そして、その中でも特に異常な数値を表している情報ウインドウがあった。


「……循環反応炉サイクルリアクターの出力が、上がり続けてる……」


 循環反応炉サイクルリアクター

 正式名称は『対粒子循環反応動力炉レーンパーティクル・サイクルリアクター』。


 粒子同士の対消滅と対生成のエネルギー循環を利用した動力機関であり、異次元空間である裏宇宙レーンへの航行を可能にするための仕組みでもある。


 有害な物質を出さず、極めてクリーンな動力源として世界に普及しており、ローバス・イオタもその例に漏れず、旧型の循環反応炉が採用されている。


 星の海へと進出した人類の叡智の結晶と言えるだろう。


 その循環反応炉の出力が、を示し、今も尚上昇を続けているのだった。


 ラフィーの呟きは、その異常性故に、混乱の中にあった生徒自治会のメンバー達の耳にも入った。


「今、なんて言った!?」


 そして泡を食った様子のダミアン、顔を青くしたティアナやクロエも遅れて覗き込み、その画面の数値に、息を呑んだ。


「こ、これは……」

「う……ウソ……」


 ティアナが顔を青ざめさせ、クロエは青を通り越して顔を白くさせた。


「…………」


 レイストフは周囲の混乱には構わず、演算ウインドウを表示すると、数値を打ち込み始めた。


 目の前で加速度的に上昇していく出力数値を見ながら、ダミアンがまるで犯人を弾劾するように指を差し、叫んだ。


「こ、こんな出力、安全装置セーフティが働くはずだ!」


 ダミアンの指摘は最もだった。

 こういった事態に防ぐため、循環反応炉には幾重にもに及ぶ安全装置が設けられている。


 だが、目の前の数値は止まる気配がない。


「け、計測器の故障とかじゃ……」


 クロエが希望に縋るように呟くが、苛立ったようにラフィーが叫ぶ。


「じゃあ、さっきの振動は何だよ!?」

「——ッ」


 ラフィーの叫びに、クロエが怯えたように後ずさった。ティアナがクロエを庇うようにラフィーの前に立つ。


「あなたね!」

「何だよ!」

「……全校に避難指示を出せ」


 2人が睨み合う中、レイストフがポツリと呟いた。ダミアンがあたふたしながら尋ねる。


「だ、だが、そんな勝手に……教官達に指示を仰いだ方が——」


 珍しくマトモなダミアンの言葉を遮り、ルーカスが鋭く告げた。


「——先程から、中央制御室と繋がりません」

「え……?」


 ルーカスは『通信断絶ディスコネクション』と表示された通信システムの画面をメンバーに見せた。


 中央制御室はその名の通り、ローバス・イオタの基幹システムを制御する部屋であり、教官達の常駐している部屋でもある。


 そこへの回線には、直通回線が用意されており、非常時に使用される堅固な有線回線。


 ——その直通回線が、断絶している。


 その異常さが、今回の事態の深刻さを暗に示していた。


「それに、指示を仰いでいる暇はない」


 レイストフがルーカスから引き継ぎ、とあるウインドウを表示させた。ウインドウには、刻々と減り続けるが表示されていた。


「……循環反応炉のまで、1時間も無い」


 循環反応炉の臨界。

 それはローバス・イオタの消滅を——子供達の死を意味していた。

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