EPISODE 02:崩壊の大地

SCENE 09:混乱

『——こちら生徒会室。現在、ローバス・イオタの循環動力炉サイクルリアクターに異常が発生中です。全生徒は通常宇宙服ノーマルスーツを着用し、至急、昇降機エレベーター前に集合してください。これは訓練ではありません。繰り返します——』


 学生寮の旧式のベルがけたたましく鳴り響き、生徒会室の放送が繰り返し流される。


 夜の学生寮は、パニック状態に陥っていた。


「どけよ!」

「俺の通常宇宙服ノーマルスーツだろ!」

「俺んだよ!」

「ちょっと! 立ち止まらないでよ!」

「いいから行けっての!」


 通常宇宙服の取り間違いと諍い。

 立ち往生による通路の占領。

 事態の分からない焦り。

 思うように動けない苛立ち。


 それらが不幸な掛け算となって、歪に膨れ上がっていく。


 緊急時における冷静な避難行動。


 宇宙で暮らすことが常態化した子供達にとって——航宙士クラフターを目指す生徒達にとって、それは徹底して教え込まれていることであった。


 だが、彼らはまだ子供だった。

 ごく普通の、子供だった。


 降って沸いた異常事態下で、冷静な行動など、出来ようはずもなかった。

 

 アイリもまた、その混乱の最中にいた。


「——タンテ! マニ! いるの!?」


 アイリも人の波に揉まれながら、近くにいるはずの友人達に声をかける。


「な——何とか!」

「大丈夫だ!」


 姿は見えないが、少し離れた人の波の中からタンテ、マニの声が聞こえてきた。

 そのことに安堵し、声を張り上げて叫ぶ。


「——外で会いましょ!」

「了解!」

「お——オッケー!」


 少しして、2人からの返答を確認すると、アイリは人と人の僅かな隙間に身体をねじ込むようにして進んでいった。


 アイリは通常宇宙服を着ていなかったが、ここで立ち止まるのは危険と判断した。


 通常宇宙服は寮内だけでなく、学園層の各所に豊富な数が収納されている。

 まずはこの人の波から脱出し、どこか別の場所で装備する腹づもりだった。


 タンテとマニも、そう思い立ってくれていることを祈りつつ、歯を食いしばりながら進んでいく。


 普通に歩くだけなら1分とかからないであろう通路を、アイリは十分以上かけて、ようやく抜けることに成功した。


 寮の外では、抜け出した生徒達がバラバラと昇降機のある方面に向かっていた。


 通常宇宙服を装備している生徒もいれば、アイリと同じ理由なのか、私服やパジャマのまま走っている生徒もいる。


 蜂の巣を突いたような騒ぎの中、アイリは懸命に2人の姿を探した。


(タンテ……マニ……)


 マニは女子の中でも体が大きく、力もそこそこある。簡単に波に飲み込まれることはないだろう。


 だが、タンテは?

 女子らしい華奢な体つきの彼女は、人の波に抗えるだろうか。


 不安に飲まれそうになった時、アイリの背後から聞き慣れた声がかかった。


「アイリ!」

「無事か!」


 振り向くと、普段着のタンテとマニが、手を大きく振りながらこちらに駆けてきていた。


「2人とも……よかった」


 2人は、服と髪が少し乱れた様子があるだけで、目立った怪我なども見えない。

 安堵した表情のマニがアイリに駆け寄る。


「アイリ、怪我は?」

「ええ。タンテも——大丈夫そうね」


 タンテを改めて見やるも、やはり怪我はなさそうに見えた。


「ないない。へっちゃらよ!」


 ぶい、と指を立てて見せたタンテの様子に、アイリは思わず笑ってしまった。余計な心配だったようだ。


 周囲を見渡すと、生徒の数が段々と多くなってきていた。

 寮の詰まりが解消されて、外に出てきた生徒が増えたのだろう。


 2人もそれに気付き、顔を少しこわばらせた。


 学園層全体に配備された簡易宇宙服の数は確実に生徒数よりも上だが、人の中心地から順に減っていくため、通常宇宙服を求めて奔走する事態になりかねない。


 もし、その間に状況が悪化して、空気が漏れ始めたりなんかしたら——。


 脳裏に浮かんだ残酷な結末に、アイリは唾を飲んだ。

 タンテが、周囲を見ながら問いかける。


「早く通常宇宙服、調達しないと!」

「そうね……校舎の中は……あらかた取られちゃってる見たいね」


 開け放たれた校舎の中の荒れた様子から、アイリがそう推測する。


「……は?」


 マニが思案顔で呟く。


?」


 聞き返したタンテとは別にアイリが勘付く。

 3人の間で最近噂になっている場所スポットがあるのだ。


「確かにあそこなら、予備の通常宇宙服が置いてあるかもね」

「……ああ! 分かった!」


 思案顔で悩んでいたタンテも気づくや否や駆け出していった。


「ちょっと、危ないわよ!」

「タンテ! ったく……」


 タンテを追い、マニとアイリが続く。


 校門を出て、メインストリートを駆けていく生徒達の波から外れ、逆方向へと走っていく。


 頬で風を切る感覚。

 息を吐く喉の渇き。

 肺の痛み。


 そんな感覚は、アイリは子供の頃が思い出させた。


 何気ない道や山を走り回った、あの頃。

 その記憶の中にいるのは、2人の少年。


「——ッ」


 アイリは急激に現実に引き戻された。


 ——2人は、無事だろうか。


 レイストフはきっと、大丈夫だろう。


 先ほどの校内放送も、彼が指示したものに違いない。生徒達の避難誘導と自分の安全を両立し、行動していることだろう。


 心配なのは——。


(コウイチ……)


 不器用な少年の姿が脳裏に浮かび、アイリの心に影を落とした。

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