賢者が過ごす二千年後の魔法世界
チドリ正明
第1話 二千年前の今日
悪を統べる魔王グラディウスとの戦いは、およそ一月にも及ぶ熾烈な争いと化していた。
舞台は人間界と魔界の狭間に存在する開けた荒地。
既に周辺の地形は原型を留めておらず、既存の地図を全てゼロから作り直さなければいけないほどだった。
空は黒く染まり、邪悪なオーラが辺りを支配する。
ヤツの後方に控えていた仲間の木端魔族と雑魚モンスター共は、既に俺たちの戦いの余波に巻き込まれて息絶えている。
つまり、今この場にいるのは、ひょんなことから戦いに巻き込まれてしまった俺、ジェレミー・ラークと、悪を統べる魔王グラディウスの二者のみである。
ヤツは魔王なだけあって、体内に含有する魔力量も魔法の多彩さも、その威力や練度も、全てにおいて桁違いだった。人間界にこれほどの力を持つ者は確実に存在しないだろう。
俺だって巷では人類最強の魔法使いだとか何とか呼ばれてはいるが、今回の戦闘で何度もピンチに陥り、ヤツにこの身を滅ぼされかけている。
しかし、持ち前の機転を生かして有効打を与えていき、ついには最後の一撃で全てが終わるところまで勝負を進めることができた。
次がラストだ。
この一撃で人類の存続が決まる。
「はぁはぁはぁ……っ……互いに、もう限界が近いらしいな」
「そのようだ。ここまで吾輩と渡り合えた者は貴様が初めてである。最後は楽に死なせてやろうぞ」
息を荒げつつも俺が杖を片手で構え直すと、魔王グラディウスは落ち着いた様子で言葉を返してきた。
一見、余裕がありそうな態度だが俺にはわかる。
俺と同じく魔法を主体とした戦闘スタイルのヤツは、既に魔力が底をつきかけていて、全身には深い傷が刻み込まれている。自身に回復魔法を施す余裕もないくらいだ。
かくいう俺だって似たような状況だ。
今だって、大量出血によって震える全身と虚な視界を何とか根性で誤魔化している。
「さあ、全て終わりにしよう……インフェルノッ!」
俺は杖を握る右手に一段と強く力を込めると、体内に残された魔力のほぼ全てを用いて、今の自分が撃てる最大限の業火を創り上げた。
業火は俺の頭上で轟々と燃え盛り、辺り一帯の空気を震わせている。
「ぐぅっ……! まだそれほどの余力があったとは! だが、今回……吾輩とて魔族を統べる悪の魔王である! 人間風情に負けるわけにはいかんのだァッッ!」
俺に対抗するかのようにして、魔王グラディウスは全身に闇のオーラを纏わせると、両の掌から邪悪な漆黒を生み出した。
黒々しいイカズチを纏う闇の球体は、小さいながらも莫大な量の魔力を内に秘めており、俺が創り出した業火にも引けを取らないレベルだ。
「久しぶりに吾輩の血を滾らせてくれた貴様には感謝するぞ! あの世から人間共が滅びる様を眺めていろ! 喰らうがいいッッ!」
魔王グラディウスは両の掌を突き出して闇の球体を放出した。
同時に俺も業火を操りヤツ目掛けて放出する。
それからものの数秒後だった。
闇の球体が宙を舞い、炎の業火が燃え盛る。
両者は激しくぶつかり合い、その衝突から生まれる光と影が、周囲に神秘的かつ禍々しい不穏な輝きを放っていた。
衝突の余波は激しい爆発となり、それらは満身創痍の俺と対面する魔王グラディウスにも及んでおり、既にヤツは自身の闇と業火の炎に焼き尽くされているのか、仁王立ちしたままピクリとも動かなくなっていた。
もう生気は感じない。魔王グラディウスは衝突と同時に息絶えたらしい。
最後は呆気なかったが、勝利を手にした俺は膝から崩れ落ちて笑みをこぼしていた。
これで魔族に殺されてしまった人たちを弔うこともできる。ここまで俺を支えてくれた色々な人たちにも胸を張って誇れる。
「……逃げ、ないと……」
しかし、同時に目の前の激しい爆発によって、俺自身も命が助からない事実に気がついた。
この場にいては確実に死ぬ。どう足掻いても今の肉体で生き残れない。
早くこの場から距離を取らなければならない。だが、もう魔力はもう残っていない。
どうする……。
力を振り絞って防御魔法を張るか?
無理だ。そんな生半可なものでは一瞬にして身体ごと塵になってしまう。
それならテレポートを使って可能な限り距離を取るか?
助かる可能性としては防御魔法を張るよりは高いだろうが、それは俺が万全の状態だった場合に限られるので、それも無理だ。今の魔力量で移動できるのは、精々百メートル程度にしかならない。目の前の爆発による被害はそんなものでは済まないだろう。移動したとしても死ぬのは時間の問題だ。
どうする、どうする、どうする?
あれを使うか?
いや、でも……あれを使ったら助かりはするが次に目を覚ますのはいつになるかわからない。
「くそ……助かるにはそれしかないか」
俺はほんの僅かに残された魔力を全身に薄らと纏った。
そして、何度か深呼吸をして鼓動を鎮めていく。
やがて、全身をリラックスさせると、全身に纏う魔力量を徐々に増やしていき、最終的には今残っている全ての魔力を空にした。
「……
たった一言、口にした瞬間。
俺の全身には徐々に分厚い氷が纏い始めていく。
体の表面から芯に向かって急速に冷やされていき、もう全身の感覚なんてものは早々と失っている。
禁忌の魔法と呼ばれるこの魔法は、
自身を強制的に冷凍保存する魔法だ。
最大のメリットはその防御力の高さにある。
体温や代謝を下げて仮死状態になることで得られる身体的組織保存だけではなく、自身の魔力の全てとその先、目が覚めるまでの時間という概念の全てを捧げることで、絶対的な氷の防御で全身を守ることができるのだ。
デメリットは……いつ目が覚めるかわからないこと。
それが明日になるのか、それとも百年後になるのか、それは俺にもわからない。だからこそ、
外敵に晒されることは一切ないが、先の見えない孤独を強いられ、時を経て目が覚めても待っているのは、自分のことを誰も知らない世界しかない。
人間は誰かに忘れられたら死んだのも同然だ。
言っちゃあなんだが、俺は魔王を討伐するという人類にとって最大限の善行を果たしたばかりだ。
もしも、時間を操る神がいるのなら、どうか一年後には目を覚まさせてほしい。
そうすれば、まだまだ魔法を学ぶことができるし、平和になった世界で平穏な暮らしを送ることもできる。
もしも、それが無理なら、遥か先の未来で目を覚ましたい。
高度な発展を遂げた文明や進化した魔法をこの身で体感してみたいものだ。
「目が覚めたら……世界はどうなっているかな」
俺は深い闇に吸い込まれるようにして意識を奪われた。
まさか鉱石採取をしに来ただけで、魔王グラディウスと邂逅してしまい、結果的に世界を救うことになるとは思いもしなかった。
まあ、いずれは相見えるとは思っていたし、死なないだけ良しとするか……。
「……」
最後に見た光景は、頭上を通り抜ける爆風と、魔王が滅びたことで光を取り戻した、青く澄んだ空模様だった。
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