【第35話】‐ 色鳥取り ‐
──六號第四区のメインストリート。
Vスポーツの聖地としても知られるここスクランブル交差点には、そのゲームを一目見ようと次から次へと見物客が集まってきている。
交通規制は、舞台となる交差点への立ち入りを禁止するもので、しかしわざわざそんな囲いなど敷かずとも、街中に突如として現出したその雄大な緑の聖域は、あまりにも侵しがたい威容を放っていた。
ホログラムと
巨大な〝大樹〟であった。
「……なんだ、こりゃあ……」
商業ビルの八階層目にあるテラスに足を踏み入れたと同時、波止場はそのあまりにもデカすぎる〝ゲーム盤〟をさらに見上げて、驚愕も露わにそう呟いていた。
昼間にはストリートバスケが行われていた交差点に、どっしりとした太い幹と根を下ろしたその大樹は、周囲のビル群の側面に枝葉を這わせるように空へ空へと伸び育っており、ビルの屋上にまで及ぶ緑の樹冠はまさに自然が創り上げた
吹きさらしのテラスに入り込んだ葉っぱを一枚手に取り、その濃密な緑の香りに波止場は圧倒された。
これがただのゲームのためだけに用意されたモノだなんて、と。
「──む、貴様様は……」
テラスの
「……ん、むにゃ。ミライの彼氏こーほ……どうやって?」
「君たちはあの二人の──
あぁ、あれで送ってもらったんだ。一時休戦ってことで」
波止場が背後を指すと、今しがた通ってきたポータルの歪みが塞がるところだった。
大通りに集った溢れんばかりの観客に加え、一〇数万人を超える視聴者が配信を見守るこの状況では、白装束に仮面という出で立ちは些か目立ちすぎる。
衆人環視に晒されることを嫌ったDDは、飛行船に残って事の成り行きを見届けるつもりのようだ。
しかし両者の間で交わされた取引の話は一旦保留となったものの、波止場の立場は当初よりも厄介な状況になったと言えるだろう。
このゲームが終われば、櫃辻は最重要機密なんちゃらとかいう罪状によって先の諜報行為を取り締まられることになる。
波止場はその仲立ちの任をなかば強制され引き受けた、というわけだった。
(……ったく。これじゃあ何のために櫃辻ちゃんの許を離れたか解らない……)
どうしてこう上手くいかないんだ。
波止場は自らの不運っぷりに嫌になる。
櫃辻を連れて逃げることも考えたが、今はこれ以上最悪な事態にならないことを祈るのみだ。
「それで、櫃辻ちゃんは?」
「……ん、むにゃ。苦戦ちゅう」
むーとんが簡潔に戦況を述べたところで、波止場の視界を一羽の小鳥が横切った。
それは赤色のワイヤーフレームで象られたホログラムの小鳥で、それもすぐあとから追いついた少女の手が触れた瞬間──
糸くずのようにほつれて消え去った。
「──ガッチャ! 一〇ポイントゲット!」
櫃辻だった。
大樹の枝を蹴って宙に飛び出した櫃辻は、〝ターゲット〟を確保するや否や綿花のエアバッグを踏んで、すぐに次の標的を目がけて新緑の森へと帰っていく。
狩人の接近に気付いた色とりどりの小鳥たちが、その果実のような色彩を見せびらかすように止まり木から飛び立った。
赤、青、白、緑、紫──
それぞれの色彩が、自らの翼を以て街灯りに照らされた木々の合間を飛翔する。
それらの光景を眺め、
ツキウサギはアーカイブに新規登録されたゲームの名を呟いた。
「パンドラゲーム──『色鳥取り』ですか。悪くないセンスです」
「本来の名称は『バードキャッチ』だ。
「……ん、むにゃ。むーとん命名……」
「です、だと思いました。この脳筋には遊び心を理解する能がありませんから」
「『舌切り雀』という童話を知っているか? 知らぬなら貴様で実演してやってもいい」
「こんなときに喧嘩はやめてくれ。なんでそんな仲悪いんだよ、君ら……」
片や額に青筋を浮かべ抜刀する騎士系バニー、
片やそれをフラミンゴのような構えで迎え討たんとする和装系バニー。
流石にその両者の間に割って入る勇気はなく、波止場は彼女らを素通りしてテラスの縁からゲームの舞台に視線を巡らせる。
──『色鳥取り』のルールは、見ているだけでもある程度は推察できた。
赤やら青やらの光を伴うホログラムの鳥たちには、それぞれの色ごとに得点や役割が割り振られている。
例えば赤なら一〇ポイント、
青なら二〇ポイントといった具合に。
そして緑の小鳥はコンボボーナス。
続く数秒間において獲得ポイントが倍増する。
獲得した小鳥たちは触れた傍から糸状に分解され、大樹の両端に吊るされた鳥かごの中に回収される。
得点はその鳥かごの上部に投影されたボードに逐一カウントされていく。
現在の得点は、
櫃辻の側に「三八〇ポイント」。
渡鳥の側に「三〇〇ポイント」──
(……あれ? 櫃辻ちゃんが勝ってる?)
僅差ではあるものの、得点ボードには接戦とも言うべき奮闘の記録が残っていた。
だがすぐに波止場は、
むーとんが「苦戦している」と言った意味を理解する。
遠目に見た櫃辻に、観戦するこちらに気付いた様子はない。
高層ビルにも勝る巨大な大樹の枝葉を縫って飛び回る小鳥たちに対し、櫃辻は二本の腕と脚、そしてEPを駆使した立ち回りで一羽一羽着実に獲得していた。
「──ふぅ」
いま止まり木に膝を屈め、汗を拭う彼女は肩で息をしていて、その顔には疲労の色が滲んでいる。
それでも不敵な笑みを崩さないのは、配信者の意地というやつだろうか。
その一方で、
その少し高みにある木陰に静かに佇んでいる少女は、渡鳥だった。
彼女は、櫃辻が再びポイントの獲得に動き出しても慌てることなく、
人一人分ほどの歩幅しかない枝の上を、
足元も碌に見ずに、
緑豊かな遊歩道を散歩するような面持ちで進み──
偶々傍を通り抜けようとした青い小鳥が、彼女の指先に触れて、ほつれた。
「……!」
渡鳥の得点ボードに一気に六〇ポイントが入る。
緑、赤、青と続くコンボボーナスだ。
汗一つ滲んでいない涼しげな容貌には、訪れる総てを迎え入れるような柔らかな微笑みを浮かべている。
だが、その表情の奥に潜む魔性を波止場はすでに知っていた。
悠々と構えているのは、どうせ勝機は彼女の許に自らやって来ると確信しているからだ。
《#
すると、
木漏れ日の代わりに月明りが降り注ぐ樹冠から、一羽の美しい小鳥が下りてくるのが見えた。
やはり訪れた吉兆を見上げ、弓なりの笑みが幼女神の相貌を歪めた。
色とりどりの小鳥たちの中で唯一の色を持つ、黄色の小鳥。
その得点は一度に〝一〇〇ポイント〟という大盤振る舞いだ。
そしてさらに黄色の小鳥に与えられたもう一つの役割は、それが獲得された時点で〝即座にゲームを終了する〟という──終わりを告げるためのホイッスルでもあった。
幸運を担う一羽の小鳥を巡って二つの視線が月明りの下に交差し、ゲームは決着へと向かう。
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