【第27話】神がかり的ラッキーガールと不運なロストマン
「……最悪だ」
それは無意識のうちに吐き出された悪態だった。
波止場が載せた五枚の金貨は、
そのどれもが〝負の質量〟を以て、
渡鳥の側に目盛りを五つ傾けていたのだ。
「これで合わせて六点分。わたくしに勝利を恵んで下さるなんて、随分と紳士的ですのね」
「……意地悪だな、君は。これもEPってやつの仕業か?」
「う~ん、そうとも言えますし、そうじゃないとも言えますわ。これは拡張されたものであると同時に、わたくしのニューロンに深く刻まれた不変のコード。
あえて言うなら、そう──〝幸運〟ですわ」
正直、波止場には勝ち筋こそ見えてはいなかったが、早々に勝ちを諦めるつもりもなかった。目盛りは波止場の自滅によって渡鳥の勝利に六目盛り分傾いてはいたものの、まだ挽回は可能な範囲だと思えたからだ。
まだ終わってない──
否、もう結果は見えているのだと、渡鳥は嘆息する。
「別に意地悪するつもりはありませんのよ? でも、必然とこうなってしまう」
水瓶に手を差し入れて、物憂げな顔で指先を水面下に遊ばせる渡鳥。
おもむろに水面から引き揚げた彼女の手には、きっかり金貨が四枚ある。
渡鳥が勝利するために必要な〝正の質量〟は金貨四枚分。
その一致に、まさか、と目を見開いた波止場の視線を誘うように、ゆったりと手を運んだ渡鳥は、そのまま言葉を紡ぐ傍らに金貨を一枚、
また一枚と秤に落としていった。
「だからね。知略を巡らせた攻防も、
接戦を興じる駆け引きも、
運否天賦に賭ける一か八かの逆転劇も──
そんなドラマを期待していたのだとしたら、御免なさい」
渡鳥は天秤の傾きなどには目もくれず、金貨を落とし切って空いた手をくるりと
対して波止場は、
そのあまりにも呆気なさすぎる結末から目が離せないでいた。
「……ミラクルだ」
金貨は波止場の秤に八枚、
渡鳥の秤に二四枚。
正と負を合わせてなお絶妙なバランスを保っていた天秤が、必要最低限の重りを追加しただけで、なぜ渡鳥の側に傾き切っているなどと信じられただろうか。
目盛りの針はいま確かに一〇目盛り分──
渡鳥の勝利を指し示していた。
「わたくし、運がいいんですの。それも神がかり的なほどに」
誇るでもなく、
昂揚するでもなく、
ただありのままの事実として告げる渡鳥。
それが意味するところは即ち、
波止場の敗北であった。
「波止場くんはさっき、わたくしが何を求めるのかと聞きましたわよね。でもそれは、実はわたくしにもよく解ってないんですの」
未だゲームの余韻が抜けきらない波止場とは違って、渡鳥の心はすでに終わったことから離れていて、遠くの景色を望むような眼差しで
「昔から望めばなんでも手に入ったし、望まなくともわたくしの周りには最善最良の結果だけが集まってくる。お父様はわたくしが〝世界に愛されているから〟だと仰っていたけれど、その期待から外れたことは一度だってない。
……でも、満たされ続けているからってそれが幸福とは限らないものよね。ニトと出逢ってしばらくして、ふと気付いたんですの。
彼女に願ってまで叶えたい〝希望〟が、わたくしには一つもないことに」
渡鳥はテーブルに両肘をついて、正面に組んだ手の甲に顎を乗せる格好で波止場をじっと見つめている。
愛らしくも慈しみに富んだ幼女神の相貌は、敗者の傷を優しく
「誰もが恋焦がれてやまない〝ユメ〟というモノを、わたくしは一度も思い描いたことがない。それって、とっても不幸なことだと思いませんこと?」
「それは……」
波止場は返答に
なぜなら彼もまた、自分が空虚な存在であると理解していたからだ。
夢や理想を追い求める情熱は、過去と共に忘却の彼方に置き去りにされている。
それでもなお、少女は
「だから、あなたのユメをわたくしに頂戴?」
「……俺の──ユメ?」
「そう。あなたのユメでわたくしの渇きを満たして欲しいの」
それが渡鳥の答えだった。
ゲームの前に波止場が問いかけた疑問への、答え。
そして敗者との語らいを終えた今、彼女の目に映っているのはその身に眠るチップだけ。パンドラゲームの勝者にのみ与えられる希望という名のトロフィーは、敗者からの徴収でのみ叶えられるのだ。
総てはそのための過程であり、退屈な手続きにすぎない。
「だからニト──わたくしの希望を、彼の許から切り離して頂戴」
「イエス、マイレディ。パンドラゲームの盟約に従い──波止場皐月様より〝ユメ〟を徴収致します──」
主の下知によって鞘から抜き放たれた二刀の刀剣は、音速の煌めきと共に速やかに波止場の胴体を引き裂いて、その内から〝黄金の匣〟を暴き出した。
自覚なきまま胸に秘めたるユメの形を波止場が知ることなく、ノータイムで訪れた唐突な強奪を前には、
待ってくれ、と言う暇すらなかった。
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