【第26話】フィフティ・フィフティ

『金貨すくい』はその名の通り、

 金貨を掬ってその総量を競う──それだけのゲームだ。


 問題は、軽い、などという言葉ではおよそ説明のつかない〝負の質量〟を持った金貨が、水瓶の底で燦然と輝く金貨の山に紛れ込んでいる、ということだ。


 金貨の総数は全部で一〇〇枚。

 正と負の金貨は、それぞれきっかり五〇枚ずつ。


 金貨の意匠には表裏の違いこそあれど、その見た目から真贋の区別をつけるのは間違いなく不可能だった。


 なら直接触れたらどうか、と水面に手を差し入れたところで──


(……これは、参ったな……)


 波止場は水瓶に手を浸したまま、苦笑いに頬を引きらせた。


 水中で触れた金貨に手触りの違いはなく、また〝正の質量〟も〝負の質量〟も、指先に伝わる感覚上の重みは全くの同じだった。

 

 仮にミクロの差があったとして、それは人間の感覚器で量れるものではないし、その差を量る〝チート〟の持ち合わせもない。


 ここでようやく波止場はこのゲームの本質を理解する。

 

 知略も技術も介入する余地の見込めない、運否天賦うんぷてんぷに身を委ねる他ない神頼みのゲーム。


 要するに、運ゲーだ。


 この水瓶の中には、自分の側に秤を傾かせようと載せた金貨が、相手の勝利を掩護するオウンゴールになってしまった、なんて可能性が半々の確率で潜んでいる。


 なら──


(……まずは様子見でいい。

 運に頼らない一手目、それが唯一のアドバンテージになる)


 波止場は予め狙いをつけていた二枚の金貨だけを、水瓶から引き揚げた。


「その二枚を選んだのには、何か理由がありますの?」


「……俺は正直、運には自信がなくてね。だから俺はこの二枚で〝パス〟をする」


 波止場が意図的に選んだ二枚というのが、ツキウサギがデモンストレーションで使用した金貨だった。


 それは彼女の手によってシャッフルされてしまったが、一枚一枚の真贋はともかくとして、その二枚の総量がプラマイゼロになることは見て知っているのだ。


 なら、その二枚を一セットとして取り上げてしまえばいい。

 このゲーム唯一のパスの手段だ。


 波止場の見立て通り、二枚の金貨を量りに載せても、天秤は水平を保っていた。


「まずは、〇点、ってとこかな」


 天秤の上部には両者の得点を示す目盛りが付いている。

 

 波止場と渡鳥、それぞれの側に一〇目盛りずつ。目盛りを指す針はまだゼロ地点を指しているが、その針がどちらか片方に一〇目盛り分傾いた時点で、勝敗が決するというわけだ。


 そして運ゲーに対する波止場の解答は、失点を最小に抑えつつ相手の自滅を待つ、というなんとも消極的な戦術だった。


 一〇点先取を待たずとも、手番が五巡すればそこでゲームは終了する。


 なら下手にリスクを冒すよりも、相手が勝手に失点してくれるのを期待する方がマシだ、と波止場は考えていた。


 一巡目を無得点で終えた波止場に対し、渡鳥はあと五回も失点の危険がある。

 

 無論、彼女が得点を重ねた場合はこちらが焦ることにはなるが、真贋の見極めが不可能となった今、運否天賦に賭けるリスクは彼女の方が高い。


 本当であれば予め真贋見極めた二枚の金貨の手触りから、今後の鑑定の見極め材料としようとも思っていたのだが、そっちの目論見は外れてしまった。


 まずは渡鳥が次に掴むであろう金貨が、


 正か負か、


 そこが注目どころだ。


「プラマイゼロ。なかなか面白いことをしますのね。じゃあ、わたくしも──」


「……は?」


 しかし、渡鳥が取った行動は波止場の想像とはあまりにかけ離れた行為で。


「とりあえず、これくらい──っと」


 ジャラジャラ、と──渡鳥は水瓶から掬い上げた金貨を自分の秤に零していった。


 その数なんと一〇枚だ。


 一見すると豪胆な博打にも思えるが、確率の上では真贋の割合はまだ半々。

 多く取ったからといってプラスマイナスの和がどちらかに傾きすぎることはない。


 だがそれは、あくまで確率が均等に働いた場合は、の話であって……

 

 波止場を驚かせたのは、

 一〇の金貨を載せてなお天秤がという幸運だ。


「んはは。正と負の金貨が丁度五枚ずつ……なんて運のいい」

 

 ……はたして〝運〟なのだろうか?

 

 少なくとも、渡鳥は無作為に金貨を手のひらに掬い取ったように見えた。

 それでいて、半々の確率の山からさらにフィフティ・フィフティの成果を掴み取った。その確率は決して半々なんかじゃない。


 それがイカサマでないのなら、運がよかった、以外の言葉で言い表せないのも事実だが、もしもそれが意図して引き起こされたのだとしたら……


「ほら、次はあなたの番ですわよ」


 渡鳥は自分が引き当てた幸運には一切の関心を寄せることなく、どこか慈愛に満ちた笑みを湛えて、濡れた手をハンカチで拭いている。


 先攻後攻を決めるとき、渡鳥は「どちらでもいい」と言って波止場に決定権を委ねていた。それなら、と波止場は先の見極めのためにも喜んで先攻を選んだわけだが、そのときの彼女も今と同じような余裕の表情を浮かべていたのを思い出す。


 まず思い浮かんだのが、EPと呼ばれるチートの存在だ。

 

 もしもそれが使われているのだとすれば、早急にそれの正体を知る必要があった。

 でなければ対処のしようもない。


(……まだ二巡目だし、焦る必要はない。

 どのみち俺がやるべきことは一つだ……)

 

そう思い、波止場は水瓶から金貨を一枚だけ獲って秤に載せた。


「ふん、そちらは運がないようだ」

 

 天秤は渡鳥の側に一目盛り分、傾いていた。


 ──〝負の質量〟を掴まされたのだ。

 

 それでもまだ一目盛り。

 大した失点でもない。


 そう静観するつもりでいた波止場だったが、次に渡鳥がさらに一〇枚の金貨を秤に載せるのを見ると、流石に色を失った。


「……嘘でしょ。またプラマイゼロ……」

「違いますわ。波止場君だけ、一点マイナス」


 こうもミラクルを連発されては、もうイカサマを疑うより他ない。


 彼女がこれまでに手にした金貨は二〇枚。

 そして秤に載せた正負の割合もまた半々。

 

 そんな偶然があるだろうか。あるとすれば、それは──



 〝この六號にはね、そういう人がいるんだよ〟



 ふと頭をよぎったのは、ついさっき櫃辻から聞いたばかりの噂話だった。

 櫃辻がまるで都市伝説かのように語っていた──〝神がかり的に運がイイ人〟の噂だ。


 ……まさか、彼女がそうなのか?


 波止場は手に取った金貨を秤に載せた。

 今度は五枚。

 

 波止場は確かめたくなったのだ。

 この水瓶の中で確率を引っ掻き回している、魔物の正体を。

 

 実際のところ、波止場の予感は正しかった。

 相対している少女に対する疑惑も、常識の埒外にある何者かがゲームに介入しているという直感も。

 

 ただ、彼に思い違いがあったとすればそれは、この場に存在している〝魔物〟は一体ではなかった、という話だった。

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