【第24話】渡鳥と二刀


 渡鳥ととり財閥といえば、

 六號はおろかこのパンドラ中に名を轟かせる名君だ。

 

 この街で〝フクロウ〟の社章ロゴマークを見ない日はない、と言っていいほどに多岐に渡る事業に手を出している彼らだが、パンドラを創設するに至っては多大なる援助を施した実績と、六號という未開の開拓地を瞬く間に企業都市へと発展させ、その後も各所に深く根差した絶大なる影響力を思えば、六號における覇者、という地位もさもありなん。


 EPによる可能性の拡張を謳い、真っ先にその基盤を作り上げたのも彼らだ。世間的にはEP開発事業の最大手──『アウルテック社』としての顔の方が有名かもしれない。

 

 そんな大企業のご令嬢ともなれば、庶民にとっては高嶺の花。

 面と向かうのも恐れ多いと萎縮して然るべきなのだろうが、今の波止場がそんな一般情勢に明るいはずもなく。


「……ごめん。俺そこら辺の知名度とかって全然把握してなくてさ。よく知らないんだ」


「あら、そうでしたの? 初めましての人と初めましてするのって、なんだか新鮮ですわ」


 波止場の無知に気を悪くするでもなく、むしろ渡鳥は客人の興味を惹くようなモノは他にはないか、と思案顔でプロフィールを連ね始めた。


「他には、そうですわね──六花晴嵐ろっかせいらん女学院に通う花の一六歳。誕生日は一〇月一〇日の天秤座。好きなものはゲームとニトが用意してくれるおやつ。趣味は庭の手入れとボードゲームの一人回しとティータイム。美容の秘訣は一日二回はたっぷりと睡眠をとってじっくりユメを堪能すること。学業や能力について語っても詮無いことですし、他に殿方が興味のありそうなことと言えば──あっ、わたくしが今日穿いてる下着は黒の──」


「──お、お嬢様ッ⁉」


 太ももを浅く覆う程度の丈しかないスカートの裾を、あろうことかさらに捲り上げようとする渡鳥お嬢様。これには黙然と背後に付き添っていたバニーガールも声を荒らげ、不埒者の視線を断絶するような風切り音が波止場の眼前を擦過した。


「破廉恥な真似はお控えください、渡鳥お嬢様! ここには野郎もいるんですよ⁉」

「くふっ、冗談ですわ。彼の反応があまりにも薄かったものだから、つい」


 いたずらに波止場の動揺を誘いたかったのだとすれば、その効果はてきめんだ。


 目にも留まらぬ音速の抜刀。騎士風のバニーガールが抜き放った銀の切っ先は波止場の鼻先を掠め、スカートの中に秘めたる黒のなんちゃらといった刺激的なワードが頭から吹き飛ぶほどの戦慄に、波止場は今まさに身震いしている真っ最中なのだから。


 前言撤回。

 この子は決していい子なんかじゃない。

 特にこの騎士バニーは、ヤバい。


「御免なさい。このニトはわたくしの用心棒みたいなものですの。ほら、挨拶を」


「……私は、渡鳥お嬢様に仕える《NAV.bit》──二刀ウサギと申します」


 渋々、といった態度を隠すことなく、二刀ウサギはもう一方の鞘の意匠を撫でて、


「ところで貴様様、右の手をこちらに出していただいてもよろしいか? 先ほどお嬢様に袖を引かれる際、貴様様の人差し指と中指とがお嬢様の繊細な手に触れるのを目にしたもので……都合二本ほど指を頂戴したいのですがええありがとうございます──」


「は、指? ちょっ……!」


 金色の髪と八の字に垂れたウサ耳、そして二刀の煌めきが同時に揺らめいた。


(……この騎士バニー、抜刀までがノータイムすぎる!)


 ガキン、と歯車に異物が噛んだような音が炸裂したのはそのときだ。


 波止場の眼前で斬り結ぶように宙にもたげた対の刀剣、そのクロスした部分に下駄を噛ます格好で、ツキウサギが両者の間に割り込んでいたのだ。


「んはっ、失礼。丁度いい位置に足置きがあったもので」


「……Muミュー‐2001──貴様、ツキウサギか?」

「おや、私のことを知ってるとは。自己紹介の手間が省けて助かります」

「買い手がつかずリコールばかり繰り返していた不良ウサギが、今更殊勝なことだな」


 不良ウサギ。

 それは波止場にとって初耳だったが、まあ、彼女のやや屈折した性格や普段の行動言動を思えば概ね想像もつく。

 今更返品しようとは露ほども考えなかったが。


「いい加減、降りたらどうだ? 私の剣に泥がつく」

「です。そのいきり勃った棒切れを納めてくれればすぐにでも」


 しかしどうやらこの二人のバニーガール、相性は最悪な様子。なぜか一触即発の約二名は一旦放っておいて、波止場はこの隙にと渡鳥の方に顔を向ける。


「えっと、俺は波止場皐月。さっきは助けてくれた、んだよね。一応お礼は言っとく」

「偶々ですわ。でもまさか、同じ景色を見られる相手と巡り合えるとは思ってもみませんでしたわ。そんな殿方、今までにおりませんでしたもの」

「……あの、フリーズ現象のこと?」


 ええ、と目を細めて微笑する渡鳥に、不吉めいた予感を覚えたのは気のせいだろうか。


「そういえば櫃辻ちゃんを置いてきたままだ。悪いんだけど、そろそろ戻らないと」

「ああ、お連れの方ですわね。心配しなくても、彼らに用があるのはあくまでわたくしたち。無辜むこの民に危害を加えるような真似はしないはずですわ」

「でも、向こうが心配してるかも。連絡くらいはしとかないと──」

「繋がりませんわよ」


 今まさに通話アプリを開こうとしていた手が、「えっ」という困惑と共に止まる。

 ネット回線の接続を示すアイコンに、バツ印がついていたからだ。


「ここは外界から隔絶された拡張空間。わたくしの許可しないモノは出入りできない仕様になってますの。声も、回線も、そして人だって」


 嫌な予感に波止場が振り返ると──ない。先ほどカフェの厨房からこのガーデンへと至ったはずの扉が、忽然と姿を消していたのだ。

 これでは一人帰ることもままならない。


「なに、事が済めばすぐに帰して差し上げますわ。どうせこの素敵な巡り合わせも、数刻ののちには分かたれるが運命さだめ──」

 

 再び歩き出した彼女の先には開けた空間があり、その整地された場所の中央には円形のガーデンテーブルが置かれていた。お茶会の場としても相応しい和やかな安息地、そこに一足先に足を踏み入れた渡鳥は、悠然と波止場を振り返って開演の言葉を口遊んだ。


「さ、始めましょう」


 このときまで波止場はすっかり失念していた。

 偶然にも二人の男女がひと所に揃った意味。それは決して偶然などではなかったのだ。


「総て雑事は捨て置いて、あなたとわたくしだけのゲームの時間を──」

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