チョコレートは劇薬の味

朽木 堕葉

       ※

 中学生になってからというもの、いつだってこうだ。

 二月十四日。バレンタインを迎える数日前から、楠木 寛くすぎ ひろはいつも風邪で寝込んでしまう。さすがに二年目ともなると、呪術的な要因ではないか? と疑いたくなってくる。

 体温計の電子音が鳴り、確認する。三十七度五分。

「まあ、明日には学校に行けるか」

 バレンタインは終わっているけれど。胸中でそっとぼやいて、

ベッドのうえの読みかけの小説に手を伸ばしたとき、また電子音が鳴った。インターフォンだ。二度目が鳴り、重い腰を上げてモニターを見れば、男子学生が映っている。

 玄関のドアを開けるなり、おおかた予想通りの親友のにやけつらに、 ひろは辟易した眼差しを注いだ。

「どうしたんだよ」

「どうしたはないだろ~。お見舞いだよ。お見舞い・・・・

 去年と一昨年おととし同様、チョコレートの詰まった紙袋を掲げてみせる三谷 翔也みたに しょうや

「……まあ、上がれよ」

 気だるさを隠さず、寛は笑顔を張り付かせた親友を部屋に案内した。



「お前も災難だねえ。毎年さ」

 紙袋のなかから手作りチョコレートの包みを開け、苦笑気味にそれを頬張ほおばる翔也。

 これが嫌味だったら、それはそれで気兼ねなく追い返せて、助かるのだが。悪いやつじゃないのは、寛も理解していた。おまけにイケメンで、女子にモテるのだって、重々承知している。たまに鼻につくけれど。

「食うか?」

 気の毒そうにまたひとつのチョコレートの包みを開け、翔也が差し出してくる。決して敗北感からではなく、

「いや、喉が痛いからやめとく」

 苦い風邪薬を飲んで見せ、寛は拒むことにした。

「お前さ。むかしからなんつーか病弱だよな。遠足の日とか、運動会のときとかに限って」

 翔也は懐かしむ感じにからから笑う。かと思えば、

「……⁉ わるい、ちょっとトイレ借りんぞっ」

 急に青ざめた表情で、部屋を飛び出していった。

「どうしたんだ、アイツ……」

 しばし寛は呆然となっていたが、翔也が先ほど食べていたチョコレートに視線を当てると、食べ掛けのチョコレートの裏側から、紙切れが滑り落ちるのを目の当たりにした。

 拾い上げて、思わず目を丸くする。

『ヒロくんヒロくんヒロくんヒロくんヒ――』

 げっそりして戻って来た翔也に、誰にもらったチョコレートなのか尋ねてみると、

「え……? ああ、そのチョコか? お前ンとこのクラスの……カワイイけどなんか暗そうな女子いたじゃん。たぶん、その子だけど」

「……上山さん?」

 はっとして、寛は名前を呼んだ。

 上山 玲かみやま れい

 なにかと一緒の班になったり、委員会で顔を合わせたりするので、記憶には強く残っている。……いや、意識していた。

 彼女と話すときは、他愛ない話に華が咲く。あまり話せてはいないぶん、鮮明に思い出せる。

「……ひょっとして、俺がジェラシー喰らってこうなった?」

 翔也が呆れたような目で、寛を見詰めている。

「え?」

「いや、まあ、いいわ。……卒業までに、ちゃんとお前からコクれよ」

「え、いや……」

「あのコが本気すぎるから、俺がこうなってんだっつーの!」

「あっ、ああ――なんか、ごめん」

 寛は急に申し訳なくなった。翔也と、上山さんに。

「ホワイトデー……いや、風邪が治ったら真っ先に、話してみるよ」



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チョコレートは劇薬の味 朽木 堕葉 @koedanohappa

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