第3話 最初の犠牲者(?)

「あー、これはやっちゃってるなあ。」

 男子生徒を抱きかかえたまま右手を伸ばし、校舎めがけて無数の閃光を散らす少女の姿が、モニターに映っていた。

 防犯カメラの映像を確認しながら、今朝も会ったあの強面教師は頭を抱えていた。

「ごめんなさい、本当に、ごめんなさい。」

 明平の隣で何度も頭を下げるのは、トンでもレーザーを打った張本人だ。

「今のところ犠牲者はいないそうだ。――明日には理事会から処分の有無が発表されるだろう。アイツら、暇だからな。そういうところは早いんだ。」

 あれだけの破壊を引き起こしておいて犠牲者が出なかったのは、明平の強運のおかげだったのかもしれない。

 今にも泣きだしそうな暗い表情をする天降に、とっさに教師がフォローを入れる。

「まあ、あれだ、気に病むなよ、天降。お前は人助けをしたんだ。それは立派なことだぞ。」

 明平も黙ってはいられなかった。

「俺、すっごく感謝してるよ、天降さん。それはもう、ホントに。」

「そうですか。それなら、良かったです……」

 そう言ったものの、やはり彼女は落ち込んでいるようだった。


 翌日、彼ら二人が登校して真っ先に向かったのは、教室ではなくやはり職員室であった。

 その後案内されたのは広い会議室である。

 高級家具特有の独特なにおいの中に、教師と生徒たちが佇んでいた。

 昨日に引き続き、強面教師が厳粛な様子で書面を読み上げる。

「大変残念なことだが、君たち二人に処分が下った。」

 そのくらいのことは二人とも想定済みであった。学校を破壊したのだから、お咎めなしというわけにはいかないだろう。

「明平閃一、天降神子。以上の二人を……」


 二人は息をのんだ。


「北海道国立高校へ転入とする。」


 停学でもなく、退学でもなく、転入。

「え!?」

「どういうことですか!?」

 二人同時に驚きの声が上がる。

「落ち着け、最後まで聞いてくれ。――実はあの時、犠牲者が出ていたようだ。それが最大の理由だ。」

 「犠牲者」と聞いて罪悪感にさいなまれた天降の顔が、一気に青ざめる。

「本件での犠牲者は……」

 またしても二人は息をのんだ。

「ウーパールーパーだ。」

 ああ、かわいそうに。

「校長が大槻環境大臣から直々に賜ったものだった。そいつが消し炭になった。」

 レーザーで焼かれたのだろう。

 突然の訃報に涙ぐむ天降と、ただ困惑するばかりの明平。

 彼の強運といえど、さすがに動物を救うまでの力はなかったらしい。

 いやいや、何でウーパールーパーなんか贈るんだよ。普通カメとか金魚とか、無難なやつにするだろ。そもそも動物をプレゼントとか、意味わからねえよ。もっと他にあっただろ。何やってるんだよ、環境大臣。

 ――とでも言いたげな表情の彼である。

「確かに足場が崩れてきたのは学校側の過失であったが、それを差し引いても、あそこまでの火力を出すのは適切な判断ではなかったし、また男子生徒についても、予知能力があるにも関わらず早期に避難をしなかったのは怠慢である、というのが理事会の見解だ。」

 そういえば、彼は未来を予測できるという設定になっていたのだ。もう少し別の設定をしていれば、処分はいくらか軽くなったかもしれない。

「俺からも聞いておきたいんだが、どうしてあの時事故を予測して回避しなかったんだ?」

 自分の不注意で校舎がえぐれ、北に送られることになった時点で既に詰んでいるのだが、超能力が使えないことがバレてしまっては悪化の一途をたどるだけだ。

「ええと、ほら、その、女の子に話しかけられて、嬉しくなっちゃってですね、俺、中学とかでそういうの滅多に無かったもので、注意力が散漫になりまして……」

 これに関しては嘘ではない。まごうことなき悲しき真実なのだ。

「それは確かにそうだなあ、分かるぞ、その気持ち。先生もあの頃はそうだったなあ。若いって、いいよなあ。」

 腕を組み、窓の外を見ながら哀愁漂う表情で彼はしみじみとそう語った。

 こんなしょうもない理由でも、納得したらしい。

「――いや、それはそうと、この処分はおかしいですよ、先生!被害規模の大きさじゃなくて、一番の理由がウーパールーパーとか、話になりませんよ!」

「確かにそうだ。軽い処分じゃ向こうに顔向けできない、ってことでクソ田舎に飛ばされるだなんて、全くもって理不尽だ。」

 おい、今さらっと北海道の悪口言っただろ。

「だが」

 彼は続ける。

「社会とはそういうものだ。綻びが生まれたとき、時としてそれを埋めるのは理不尽だ。まあ、正しい方法で解決することだってあるけれど、大抵そんな風にはいかない。今回の問題も、俺やお前たちが理事会の老いぼれたちに抵抗したところで意味はないさ。」

「そうですか……」

「まあ、あれだ。こんなことばかりじゃお前たちが気の毒だから、ほら。」

 彼はそう言って太い腕を突き出し、岩のようにごつごつとした両手で、ビニール袋をそれぞれ二人に渡した。

「昼飯だ。このくらいのことしかできないがな。これで腹を満たして、ちょっとでも元気になってくれ。」

 袋の中には、500mlのウーロン茶のペットボトル一本とサンドイッチ三つが入っていた。

『ありがとうございます。』

 温まった二人の声が聞こえる。天降はまだ涙をにじませていた。

「いいってことよ。あ、そうそう、君たち明日出発だから。今日はもう帰って、荷物まとめておいて。」

 優しい強面教師は最後にそう言って会議室を出て行った。

(あれ、そういえばどうして北海道なんだ?いや、それより、明日出発!?)

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