第22話(?)

 アズサは一人っ子だった。

 愛し合う両親のもとに生まれ、なにを制限されることもなく伸び伸びと育った。

 両親は互いを愛しすぎていて、たまにアズサのことが見えていないのではないかと思うこともあったけれど、娘への愛情は確かに感じていたので思春期であってもさほど気にすることなく大きくなった。

 大学を卒業して、専門性を生かした職についた。新人の頃は少し大変だったけれど、仕事に慣れてしまえば大変さは一気に減少した。難しい仕事もあったし、失敗したことも、遅れを取り戻そうと深夜まで残業したこともあった。どれも思い出深い経験だったし、やり切った時の達成感や評価される喜びを味わいながら日々を過ごしていた。けれどどうしてか。時間が経つほどに、経験を積めば積むほどに、そんな日常が次第に色褪せていくのを感じていた。


 そんな時に、彼女と出会った。

 在宅勤務になってからは外に出ることが劇的に減っていたので、仕事終わりの金曜の夜、気の向くままに散策していた時だった。

 最初の印象は、傷ついた野生動物、だった。

 剣呑な目つきでアズサを見る彼女に対して、とっさに身構えた。暗闇の中であっても、鈍く光るその目がひどく不気味に映ったのを覚えている。

 結局、危害を加えられることはなさそうだとわかり、そしてすぐにその存在に興味を抱いた。極論を言ってしまえば、アズサは退屈していたのだ。今まで出会ったことのないタイプの人が目の前にいれば、ちょっかいを出さずにはいられなかった。すっかりと酔いが回っていたということもあって、勝手に寝袋を使うという暴挙に出てしまったことは後で反省したけれど。

 目が覚めた時、見知らぬ背中が目の前にあって驚いた。

 橋脚に寄り添うようにして寝ていたアズサを、なにかから守るように座っているその後ろ姿が、どうしてか夜通し主人を守った忠犬のように見えて、そんな想像をした自分を少しおかしく感じた。

 きっと、その時だったのだと思う。番犬のように静かに佇む彼女に情が湧いたのは。その丸まった背中を、傷ついた瞳を庇護したいと思ってしまった。それがすべての始まりだった。

 ネットでよく見かける野生動物の保護活動のように、多少強引に家に上げて面倒を見た。見た目から受ける印象より、彼女は大人しく、そして純粋だった。

 ファミレスから出て、暗闇に溶けるように去っていく背中を見守る。その後ろ姿にどうしようもなく胸が締め付けられて、ああ見捨てられないなと、そう思った。

 抱き枕云々の発言は、自分でもどうかと思ったけれど、結局いい形で収まったのでよしとしておく。最初に提案した時の、彼女の怯えたような目つきはちょっと癖になりそうだったというのはここだけの秘密だ。


 それからいろいろあって、楽しく日々を過ごして、少し関係が変わって、それでもまだ一緒にいる。

 不思議だなと思う。あの金曜の夜、いつものように家に籠っていたら、こんな未来は訪れなかっただろう。一つの行動で大きく結果が変わってしまうなんて、面白い人生だなと思った。日々を同じように生きるよりも、外に出て、新しいものに触れていたい。彼女と一緒にそうするのもいいし、自分だけでそうするのでもいい。そうして最後に、彼女の元に帰ってこれたら最高だなと、アズサはそう思った。


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荒んだ目をしたあなた 三笹 @san_zazasa

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